#87 良心の呵責

 飛鳥さんと親父さんの言い争いは平行線、言い方を考えればラチがあかないという状況だ。なのでと言ったら変な話だが、あの二人には近所の喫茶店で徹底にやり合ってもらい、俺とお袋さんで話し合いを進めることになった。

 人のお袋さんと二人っきりで話すのは緊張するっちゃ緊張するが、飛鳥さんと雰囲気が似ているので若干気楽だ。あくまでも若干ね。内心ではビクビクよ。


「固くならないでくれよ、笑っちゃうからさ」

「は、ははは」


 なんでわかるんだ? 顔には出していないつもりなんだが、年の劫ってヤツか?

 ……年の劫ねぇ。見た目だけで言えば、高めに見積もっても三十代前半にしか見えないんだが、実際は五十歳超えてるよな。仮に二十三歳で飛鳥さんを出産したとしても、五十歳だもんな。高校卒業後、すぐに子供を産んだとしても四十五歳か四十六歳だろ? いずれにせよ、見えないな。バーのママさんといい、茜さんの母親といい、この町は美魔女が生まれやすいのか? 俺のオカンは順当に老けてるのに。


「飛鳥から聞いてると思うけど、あの子は恋人なんかと無縁の人生だったんだよ。普通は女子高に通ってても彼氏の一人や二人できるもんだが、共学でこれだぜ? それこそ驚愕だよ、ハハハ」

「は、ははは……」


 これ結構共感してもらえると思うんだけど、目上の人のギャグって正直迷惑だと思わん? 満面の苦笑いをするしかないもんな。

 っていうか、この歳まで彼女無しの俺の前でそういうことを言わないでほしい。大学の三回生でありながら、彼女無しだぜ? 普通は気軽に話せる女友達ぐらいいるはずだろ? ゼロなんだよ、男友達でさえ数人なんだよ。用が無くても気軽に連絡できるって意味じゃ、坂本一人なんだよ。その坂本でさえ今は危ういんだよ、目の前で茜さんとイチャイチャしちゃったし。


「もう少し立派な体に産んであげてりゃなぁ……あの子にゃ本当に申し訳なく思ってるんだよ」


 なんで年配の方って、反応に困る話を平然とするんだろう。目下側の立場に立って発言してほしいもんだ。


「五体満足で美人に産んだ時点で役目は果たしてますよ」


 俺を見ろよ、この平凡な肉体と平凡な頭脳、そして頼りねぇブサイク面。せめて平凡な顔に産んでくれよ、なんでそこはランクダウンさせるんだよ。


「ハハハ、飛鳥が美人だって? 二十七歳であんなガキっぽい顔だぞ?」

「童顔は童顔ですけど、中世的な美形じゃないですか」


 最初、男だと勘違いしていたことは言わないでおこう。この人なら笑ってくれると思うけど、内心では良く思わないだろうし。


「でもなぁ、まんま私を若くしたような感じじゃん?」

「だからこそでしょう」


 この親子が隣に並べば、初見でも血縁者だってわかるよ。まあ親子じゃなくて、姉妹とか姉弟のほうの血縁者だけど。


「んー、でも旦那君ぐらいしか女として見てくれなかったぜ?」

「あれ? さっき確か、学生時代はモテたみたいなことを」

「そこまでは言ってないさ。男の子が部屋に来たってだけの話だよ」


 本当に非モテの家系なんだな。この人らが気付いてないだけで、この二人に好意を持ってる男もいたと思うんだけどなぁ。


「仲が良かった男友達も皆、気付いたら彼女持ちになってたよ。胸がないってだけで惨めな気持ちになるなんて、酷い世界だよな」

「それも個性だと思うんですけどね」


 貧乳好きの男って結構いると思うんだけど、三十年前は違ったのかな? もしかして貧乳好きって、アニメオタク特有のものなのか?


「んなこと言うけどさ、グラビアアイドルだって巨乳ばっかだろ?」

「それはまあ……」

「それってさ、男の大半は胸の大きさに惹かれるってことだろ?」


 言われてみりゃそうだな。貧乳好きと巨乳好きが半々なら、貧乳のグラビアアイドルがもっといるはずだよな。さらにいうと貧乳好きを自称してるヤツも、海とかプールに行ったら、巨乳の女性を目で追うもんな。いや、そんなことより、なんで友達の母親とこんな話してんの? こういうのって男子大学生の集まりでする話だろ。


「そういう傾向はあるかもしれませんけど、女性の魅力ってのは体だけじゃ……」

「それは綺麗事さ。性格や心が大事だと豪語するヤツに限って、顔と体ばっかり見てんだよ。可愛い女の子が好きって言う女がたまにいるけど、そういうヤツほど男好きなんだぜ? あざとくて嫌になるよなぁ」


 後半はよくわからんけど、前半部分はわかる気がする。顔を重視しない人って、異性関係で痛い目に遭った人ぐらいなもんだろ。悪女に騙されたとか、ヒモ男に搾り取られたとか。


「慎太郎君だって、風夏ちゃんみたいな子が好きだろ? 女の私から見ても、ありゃあ上玉だ」


 表現が完全に山賊のそれなんだよな。いや、それよりも……。


「進次郎です……」

「あっ、中岡慎太郎じゃないんだ。ややこしいな、キミの名前」


 気持ちはわかる。面と向かって〝ややこしい〟って言える精神はわからんけど。


「はは、飽きるほど言われてきましたよ」


 高校生ぐらいから言われ続けてきたわ、それ。名前の由来は間違いなく中岡慎太郎だから否定もできんし。

 なんで子供の名前で遊ぶんかねぇ。これもある意味キラキラネームだろ。


「まっ、飛鳥だってあだ名がチャゲだし……」


 やめろ、笑わせんな。俺も思ったことあるけどさ!


「まっ、あの事件以降はチャゲから、シャ……」

「やめましょう、それは」


 いい年こいて不謹慎な話しないでくれ、いや、マジで。


「まっ、んなことよりだな……。もうヤったのか?」

「直球すぎません?」


 普通聞くか? そんなこと。


「だって気になるだろ? あの飛鳥と同棲してんだから、よっぽど好みなんだろ? そうでなきゃ精神が持たないはずだ」


 娘をなんだと思ってるんだよ。変人ではあるけど、精神に異常をきたすほどじゃないっての。


「当初は気軽に遊べる女友達ぐらいの認識でしたが、まあ……」

「んなことは聞いてないんだ、ヤったのか? ヤってないのか?」


 ワクワクしながら聞くことかよ。人の情事って安易に触れちゃいけない部分だと思うんだけど、もしかして俺がおかしいのかな? 最近自分を疑うことが多くなってきたよ、周囲が変人ばっかりだからさ。


「シングルベッドで同衾ぐらいは……」

「ひゅー! 友達以上じゃん!」


 なんやこの五十路女性。飛鳥さんよりハッチャけてるやん。


「キスは? キスぐらいしてるよな?」

「いえ……せいぜい間接キスぐらいで……」

「ピュアだなぁ。そこまでプラトニックだと成人っていうか聖人だろぉ」


 うーん……成人は一ヶ月以内に男女の関係、体の関係になるのが普通なのか? この年代の人ら特有の価値観だと思うんだけど。


「お風呂は? さすがにもう一緒に入ったりしてるだろ?」

「いえ……」

「おいおいおい、さっさとそういう関係にならないと、タイミング逃しちまうぞ? 一人称を〝僕〟から〝俺〟にするタイミングを逃したヤツみたいになんぞ?」


 たとえ話が的確過ぎる。確かにそういう人、結構いそうだけども。


「飛鳥なんてチョロい女なんだから、抱きしめてケツでも揉んでやれば簡単にそういう流れになるよ。帰りにコンビニでゴムを買っていきな」

「どういう倫理観なんですか……」


 いや、待てよ、言われてみればあの人……書店の手伝いの時にちょっと褒めただけで、その日のうちにゴムを買って、俺の家に転がり込んできたよな。まあ、結局ヤらずに、飛鳥さんを床に転がしたけど。


「飛鳥は押せば落ちる。いいな?」

「押せば落ちるってのは前々からわかってましたけど、でも……」

「でももクソもないよ、早く落としちまえ。慎太郎君の義務だ」


 だから進次郎君だっての。いや、それより義務ってなんだよ。権利はあるかもしれんけど、義理と義務はねえだろ。


「別に友達のままでいても……」

「いいけど、飛鳥は独身確定になるぞ? それでもいいなら好きにしな」


 我が子の独身を確定させんな。そしてそれを材料にして、俺に重たい責任を背負わせるな。重すぎて腰痛になるわ。


「別の男を見つければいいじゃないですか」

「バカ野郎、慎太郎君で固定されてんだよ」


 固定されてるのは名前だよ。早く情報を書き換えてくれ。


「いいか、よく聞けよ女たらし」


 誰が女たらしだよ、それが話を聞いてもらう側の態度か。


「飛鳥みてぇな女は、一人に惚れたらそれっきりなんだよ」


 現代にそんなピュアな人いないだろ、さすがに。


「何を根拠に……」

「私だよ」


 なんという説得力。きっと旦那さんにアプローチかけ続けたんだろうな。

 じわじわと追い詰められてるな。良心の呵責に苛まされそうなんだけど。


「それにアイツはもう二十七だ。さっさと子供作らねぇと、危険な歳だ」

「げ、現代の医学なら……」

「甘いぞ慎太郎、医学が発展しようとリスクが高いことに変わりはないんだよ」


 本格的に良心を揺さぶってくるな。子孫繁栄を引き合いに出されると、フった時の罪悪感が凄くなるんだけど。


「それに若いうちに子供作らねぇと苦労するぜ? 三十五歳で子供作ったら、子供が独り立ちする頃には還暦手前だ」


 あー、考えたことなかったな。若いうちに作ったほうが苦労すると思ってたけど、歳をくってたらそれはそれで苦労すんのか。


「キミだってそうだぞ? 人間ってのは、いつなんどきチンチンが使い物にならなくなるか、わかったもんじゃないんだからな」

「……はい」


 おかしいな、話し合いをしにきたのに、気付いたら脅迫されてるんだが?

 旦那さんとの馴れ初めは知らないけど、お袋さん側が強引に迫ったということは想像に難くないな。俺も同じ道をたどるのかなぁ、たどるんだろなぁ。

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