#32 デレ期突入
「美羽は中々面白い発想をするな」
「ははは、飛鳥さんこそ……あら、もうこんな時間ですか」
飛鳥さんと影山さんの会話は一時間ほど続いただろうか。
俺のDNAを採取して人数分のクローンを作るという、倫理に真っ向から喧嘩を売る案が出た辺りで、影山さんが会話を打ち切る。
不毛な会話をやめるタイミング、もっとあったと思うんだけどな。GPSを俺の体内に埋め込む話辺りから、流れがおかしくなってきてたし。
「中岡君、一つ一つ順番に処理していくわよ」
「え? ああ、はい」
一時間ぶりに話を振られたので一瞬、反応が遅れた。
一つ一つ処理? あの会話の流れから出てきてほしくない言葉なんだけど。
一夫多妻制の国に移住して、俺の体内にGPSと盗聴器と自爆装置埋め込み、他の女性から忌み嫌われる顔に整形して、人数分のクローンを作るのか?
もっと色々ヤバイこと言ってた気もするけど、脳が理解を拒んでいてあんまり覚えていない。
「まず初めに……昨日は悪かったわね」
「え……」
昨日? 昨日ってなんだっけ? いや、昨日の意味は知ってるよ。
「無理矢理誘っておいて断られたら逆ギレして、悪かったわね」
「ん? いえ、別にそんな……」
ああ、昨日ってそういう。
たしかに見限られた感じがして少し心にきたけど、別に改めて謝るようなことじゃないと思うんだけど。
っていうかキレてたんだな、やっぱり。
「自分でもおかしいことはわかってるわ。こんな時間に呼び出すなんて」
自覚あったんですね。早朝に集合することを前日の夜に告げるのはヤバイって。
恋人とか親友でも拒否する時間だよ。
「アンタが……中岡君が拒否ってくるなんて思ってなかったの」
なんでだよ、最も親しくない相手だぞ。
「えっと、それはどういう……」
「中岡君はその……人の誘い断れないタイプかなって」
否定はできない。
子供の頃なんて酷かったよ。当時は友情の証明だと思って、嬉々として友達のワガママを受け入れてたけどさ、今にして思うと都合良く使われてたんだなって感じる。
なめられてたんだなぁ……当時の俺。小学生、中学生の頃を思い返すと泣きそうになるよ。
明らかにおかしいもん。カモだと思われてたんだよ、俺は。だって俺のワガママが通ったことねえもん、一方的な忠誠だったもん。
「中岡君?」
「進次郎君?」
昔を思い返してダメージを受ける俺を心配そうにのぞき込む二人。いかんいかん、この二人に心配をかけてはいけない。
この二人、いや、この五人は違うんだ、卒業してから一切連絡を取ってない親友モドキのクソ共とは違うんだ。大親友みたいな感じで常に一緒にいたのに、クラス替えした途端に別のヤツにべったりだったクソ野郎とは違うんだ。
「断れないってのは……どういう……何を見てそう思ったんです?」
「え? 皆との接し方見てたらそうとしか思えないけど……」
「優しさが溢れてるんだよ、キミは」
『なに当たり前のことを聞いてんだ?』と言いたげな顔で答える二人。正直ピンとこないが、俺は安堵した。
アイツら……子供時代にツルんでいたヤツらのような、人を舐め腐った雰囲気がまるで感じられない。本心から、俺を高く評価しているような気がする。過大評価ではあるが、都合の良い男と思われていないだけで俺は満足だ。
「溢れてるかどうかは知りませんが……優しさと受け取ってもらえて嬉しいですよ」
「……? そうかい?」
俺の言いたいことは飛鳥さんに伝わっていないらしい。
伝わらなくていいよ、こんな感情。友情という言葉に踊らされていたことに気付いてしまったショックなんて、共感するだけ損だ。
「えっと、次に進んでいい?」
「どうぞ」
俺の様子がおかしいことに戸惑いながらも、話を進めようとする影山さん。
なんか申し訳ないな、変に気を遣わせてしまって。
「せっかく来てくれたのに、冷たい態度をとったことも謝るわ」
それはそう。一度断ったことに対する恨みが感じられて、辛かったよ。
この人は減点方式なのかなって思ったよ。
「本当に感謝しているのよ、来てくれて」
「……わかってます」
二度寝のおかげか、飛鳥さんのおかげか知らないけど、今となってはわかる。口に出すのが恥ずかしかっただけで、本心では感謝してくれていたんだってな。
お礼の言葉がないことにムッとなっていた俺のほうがおかしいんだよ。口下手な人間のことなんて、誰よりも知っているくせに。
「本当に怒っているよ、置いていかれて」
「そうですか」
「おい、冷たくするなよ。私を求めたくせに」
「求めてないです」
頼むから口を挟まないでほしい。慰めてくれたことについては感謝するけど、今は引っ込んでいてほしい。
影山さんの話は長くなりそうだから、無駄に長引かせないでほしい。
ギャーギャーわめく飛鳥さんを雑に撫でまわしつつ、影山さんにアイコンタクトを送る。次に話に行っていいぞと。
「心配して来てくれたのに、引き離して悪かったわ」
それは本当にそう、マジでそう。
何分走るかもわかってない状態で、短距離走のようなペースで先行された時の絶望感ったら、ないよ。ハンター試験が始まったかと思ったもん。
「明日筋肉痛確定ですよ」
「ごめん……」
冗談のつもりだったのだが、深刻に受け止める影山さん。いや、筋肉痛は不可避だろうけど、別に謝罪せんでも……。
「でも、どうしても試したかったのよ……」
「何をです?」
俺の適正か? 陸上選手としての適性を試したかったのか? 俺にできるのは荷物運びが限界だぞ。あとは靴磨きとかコース整備とか。
「心配してるってのが、どこまで本気なのか知りたかったのよ」
「ああ、そういう……」
なるほどな、本当に身を案じているなら無理してでも並走するもんな。
合理的っちゃ合理的なんだけど、あんまり良い気分はしないな。遠回しに信頼してないって宣告されてるみたいで。
「どうせすぐに諦めると思ってたんだけど、予想以上に頑張るから……」
「ペースを落とすに落とせなかったわけですね」
「い、意地悪する気はなかったのよ? ただ……」
「ただ?」
「その……嬉しくなっちゃって……」
なんだよ、その可愛い理由は。文句を言うに言えないよ。
ある程度の予想はしてたけど、予想以上だわ。こういう素直じゃないタイプの人が素直になった時、破壊力が高いんだよ。
「進次郎君? 手が止まってるぞ?」
飛鳥さんが、頭を撫でる手が止まったことに対して不満を述べる。
嫉妬のような感情も込められている気がするけど、何も言わずにワシャワシャしてやる。なんか知らんけど、犬を飼いたくなってきたな。
「前回もろくにお礼言わなかったし……本当に最低だって思ってるわ」
「そんなこと……」
なんていうか、アレだな。彼女にとって不名誉なことかもしれんけど、どことなく俺に似てるな。
言っておくけど、いや、言わないけど、その性格は損だぞ。相手がとっくの昔に忘れたことや、そもそも気にも留めていないであろうことを延々と悩むのは損だぞ。
「アンタの上に乗ったことも謝る……ごめん」
「上? ああ、気にしないでください」
そういえば乗られたな。これに関しては別に……むしろ気持ち良かったし。
「アンタなら重くないって言ってくれると思って……」
誰でも言うよ、そりゃ。そこで重いって言う男いないだろ。よっぽど重けりゃ言うだろうけどさ。
「自分をブスだって言えば可愛いって言ってくれるし、太ってるって言えば細いって言ってくれるし……甘えてた、ごめん」
「……別に機嫌取ってるわけじゃなくて、事実を述べてるだけですよ?」
割られることを恐れた魔法の鏡じゃないんだから、卑下した内容が事実なら俺は無言を貫くよ。
「そういうとこ! そういうところよ!」
なにがだろう。どういうところだろう。
気のせいかな、ここ最近同じ言葉を何度も聞いてる気がする。流行ってんの? その言い回し。
「おい、上に乗ったってどういうことだ。エッチなことしたのか? 私がいない間に浮気したのか? ねんごろなのか?」
「してません」
「嘘をつけなんて言った覚えはないぞ」
「ついてません」
一旦帰した方がよくない? この万年思春期のアラサーを。
話が一生進ま……いててっ! くるぶしを殴るな!
「薄情者が白状するまでやめんぞ」
「全然うまく……ちょ、マジでやめ……」
誤解が解けるまで、執拗なくるぶし責めが続いた。
解けた後も、満足するまで椅子にされたことは言うまでもないだろう。
俺にできる唯一の抵抗は、定期的に「重い」と呟いてやることぐらいだった。
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