#27 孫or男の子
茜さんの家について早々、羽衣さんと横並びで正座をさせられている。厳密に言うなら、正座は自主的だが、足を崩すという選択肢を取れるほどの度胸はない。
机を挟んで茜さんが座っている。言うまでもないが、目も据わっている。
一応客人なのでお茶を出してもらったが、この場合は飲んだほうがいいのか、飲まないほうがいいのか。
「そんなに固くならんと、楽にしてええんよ?」
元凶が何を言うか。
いや、違う。元凶は、隣で縮こまっている小動物だ。こいつが全ての元凶だ。
「……」
おい、何か喋れよ。責任取ってくれよ。そんなキャラじゃないだろ、あんたは。押し黙ってないで、この状況を打開してくれ。
「進ちゃん」
「はいっ!」
俺? 俺に話を振ってくんの? 地蔵でいさせてくれよ。得意なんだよ、将来の夢なんだよ。小学生の時に作文で「大きくなったら地蔵になりたいです」って書くぐらい、地蔵なんだよ、俺は。職業適性検査でも「アナタは地蔵です。それ以上でも以下でもありません」って出たよ。だから羽衣さんに話を振ってくれ。
などと架空の記憶に逃げたところで、現実は決して好転などしない。茜さんは容赦なく俺に話しかける。
「デート楽しかったよぉ」
「お、俺も楽しかったです」
「ありがとうねぇ」
「いえ……勿体ないお言葉で……」
あかん。前フリや。絶対に前フリや。学会における「素人質問で恐縮ですが」的なアレだよ。アレと同じで「今からお前を殺す」っていう前フリだよ。
「デートのお誘いなんて初めてやったからねぇ……当日までデートのことで頭がいっぱいやったんよぉ」
「お、俺もです」
「進ちゃんが気に入りそうな服を着て行こうとね、気合入れたんよ」
「……とてもお似合いです……」
あかんって。少しでも落下ダメージを増やすために、着々と高く積み上げていってるって。ジェットコースターのタメの部分が永遠に続く感じだよ。
「思えば進ちゃんから連絡貰ったのも初めてやったねぇ……私はたまに世間話とか他愛のないメッセージ送ってたんやけどねぇ」
すみません……正直、返信が面倒だからやめてほしいと思ってました……。話を終わらせようとスタンプを送っても、当然のように続けてくるから困ってました……。
「女性に連絡するという経験がなくてですね……」
「そうなんやねぇ……実験でもない限り、送らんのやねぇ」
地震の初期微動がきたよ! 主要動クラスの初期微動がきたよ!
救いを求め横の地蔵をチラ見するが、喋る気配がまるでない。ダメだこいつ。ずっと、うつむいてるもの。腹立つくらい押し黙ってるもの。
「実験のために『可愛い』って言ってくれたんやね」
「いや、それは本心からです」
「本当に?」
「本当です」
この人、全てを実験に結び付けて攻撃してくるつもりか?
というか、俺から責めるのおかしくない? そこの研究者気取りから責めようよ。
「実験のためにゲームセンターに連れて行ってくれたんよね?」
「いや……若者を意識したコーデだったんで……ゲーセンとかハンバーガーとか若者向けのところに行こうと思いまして……」
「……」
胃が痛い……。
何一つ嘘はついていないんだが……状況が良くなっている気がしない……。
「未智ちゃん」
満足したわけではないだろうが、俺への攻撃を中断し、羽衣さんに怒りの矛先を向ける。これで、ようやく一息つけるかもな。
「なんの実験をしとったん?」
「ごめんなさい……」
目を合わせようともせず、うつむいたまま謝罪する羽衣さんは、容姿の兼ね合いもあって、まるで小学生のようだ。
「別に怒ってないんよ。質問してるだけなんよ」
怖いって。その言い方、一番怖いって。
なんだろうな、この感じ。怒られている人の横にいるのって、こんなに気まずいもんなんだな。波及事故だろ、これ。
押し黙ったまま泣きべそをかくこと二十分。ようやく羽衣さんが口を開く。
普段の淡々とした雰囲気は一切なく、たどたどしい説明もとい釈明が行われた。
責任転嫁が不可能だと悟ったのか、嘘をつく気力もないのか知らないが、俺が口を挟む余地がないほど正確な自供だった。
改めて過程を聞くにつれて、「別に俺悪くなくね?」という気持ちが強まっていったが、それを口にする勇気はなかった。余計なことを言って、再び矛先が向いても困るし。
「なるほどねぇ……未智ちゃんも頑張ってるんやねぇ」
茜さんがしみじみと呟く。
俺としては羽衣さんに同情の余地などないように見えるが、事情を聞いた茜さんは普段通りの聖人モードに移行し始めた。いや、ニ十分も待ってくれた時点で聖人なんだけどさ。
「頑張り屋さんなのはええことよ」
「うん……」
「でもね、人を傷つけちゃいかんのよ」
「うん……」
公園で泣き出した時から思ってたけど、この人本当に羽衣さんか? 俺が大きな声出した時から様子がおかしいぞ。
察するに、怒られることに慣れていないんだろうな。そりゃそうだよな。すぐに土下座するヤツと一緒で、「こんなヤツ相手にしても仕方ねぇ」って見放されるタイプだもん。『怒られてるうちが花』を地で行くタイプだもん。
「私がショック受けるって考えんかったん?」
「バレなければ幸せなまま、終わると思ってた……」
幸せかは知らんが、わざわざバラす必要なんてなかったもんな。なんでバラしたんだろ。うっかりに『なんで』はないのかもしれんけど、それでも「なんで?」って聞きたいよ。
「本当に嬉しかったんよ……デートなんてドラマの世界の話だと思っとったから」
どんな価値観だよ。経験の有無はさておき、現実味あるだろ普通に。
「それにね、未智ちゃん。賃貸で大声出すのはあかんよ」
そうだぞ! わざわざご丁寧に窓まで開けて叫びやがって! 閉め切ってても、深夜に動画見ただけで壁ドンされるほど壁薄いんだぞ!
「進ちゃんが住むところ無くなっちゃうかもしれんのよ?」
冗談抜きで、そうだぞ! 郵便受けに『お前の存在が女を不幸にする』って張り紙されてんだぞ! 令和の女衒扱いされてんだぞ! ゴミ出しさえ人目を盗んでやらにゃならんのだぞ!
「それに暴力もあかんよ。いくら女の子でも」
そうだぞ! 「女に暴力を振るうなんて最低」って考えは間違ってるんだよ! 自動車免許の試験じゃないけど、「人に暴力を振るうなんて最低」が正しいんだよ!
この辺の価値観ってなんでアップデートされないんだろうな。ちょっと考えればおかしいって気付きそうなもんだけど。
「暴力なんてふるってない……」
そっぽを向いて否定する羽衣さん。否定っていうか虚偽だろ、これ。
茜さんの態度が柔和になったためか、いつもの調子を取り戻し始めたようだ。もう一回泣けばいいのに。
「蹴ったでしょ?」
「蹴りといっても、体重乗せてないし……カカトでかちあげただけだし……」
お前よく言えたな。「暴力なんてふるってない」って。カカトって硬いんだぞ。
「立派な暴力なんよ、未智ちゃん」
「こんなのが暴力だったら、漫才のツッコミなんて傷害罪になるし……」
なんだよ、そのトンでも理論。音だけなら漫才のツッコミのほうが凄いかもしれんけど、痛みは断然こっちだぞ。
大体な、合意の上でのツッコミと、不条理な不意打ちの蹴りを同列に扱うのがおかしいんだよ。
「……未智ちゃん」
小学生以下の言い訳を重ねる羽衣さんに業を煮やしたのか、例の笑顔で凄む。気のせいかしらんけど、空間が歪んでる気がするよ。
あまりの迫力に、こっちが泣きそうだよ。余波を感じるよ。
「ごめんなさい」
本当に怒られるのが怖いんだな。俺も怖いけどさ。
「暴力は本当にあかんからね。特に大事なところなんやから」
「でも使い道ないし……そもそもこれぐらいでダメになるなら、初めからダメだし」
「未智ちゃん?」
「ごめんなさい」
俺に謝れ、色んな意味で。使い道にするぞテメェ。
「進ちゃんも進ちゃんよ」
「え……」
え? この流れで俺を責めるの?
「女の子を傷つけるような実験に協力しちゃあかんよ」
「それはすみません……」
「痛いのはわかるんよ。でも、男の子でしょ? そこは意地を見せてほしいねぇ」
なんかその……極めて理不尽な何かを感じます……。
「私を傷つけるの平気だったん?」
「いえ、そんなことは……」
「自分の痛みのほうが上やったん? 私なんかより」
「そういうわけじゃないんですけど……」
待ってくれ。俺の身になってくれ。
誰でも俺と同じ選択肢を取ってたよ、絶対。茜さんだって、俺と同じ立場だったら同じ事をしてたって。
「進ちゃんがワサビ唐揚げを食べてくれたときね、本当に嬉しかったんよ。かっこいいなって、男の子やなって」
「はい……」
そんなに大きなイベントだったかな、あれ。影山さんのパンモロと牛乳まみれの飛鳥さんしか印象にないんだけど。あと、ワサビ唐揚げを食べた飛鳥さんの断末魔。
「孫やと思ってた子が、一人の男の子になったんよ」
「はい……はい?」
え? 何言ってんのコイツ? 俺が回想に浸ってる間に話飛んだ? ページめくりすぎた?
「それやのに、こんな小さな女の子に蹴られたくらいで屈服して……」
「いや、本当に痛かったんですよ」
そもそもな、小さな女の子つっても女子大生だぞ?
「女の子は寒くてもオシャレのためなら短いスカートを履くし、大事な日は風邪でも女の子の日でも我慢するんよ」
我慢しなくていいよ。もっと体を大事にしようよ。っていうか自分のための我慢なんだから、この件と比較に出すのおかしいって。
「そんな情けないところ見せられたら、また孫になってもらうしかなくなるんよ」
孫だった時期なんてないし、孫にするって言葉の意味もわからん。
俺だけかな? 話についていけてないの。
羽衣さんの自作小説を読んだときと同じ状況だよ。完全に振り回されてる。
「甘えん坊さんな進ちゃんも好きなんやけどねぇ。男の子になるために背伸びする進ちゃんも好きなんよ」
なんか流れ変わってない? 長期連載の漫画並みに、妙な展開になってきてるよ。
なんらかの武道大会開かれちゃうの? 実は凄い血筋だったと判明したりするの?
「私の母性本能ならぬ祖母本能も、乙女心も刺激したんやからね。どっちに進化しようとも本気でいかせてもらうよ。よろしく頼むよぉ」
祖母本能もわからんし、乙女心をいつ刺激したかもわからんし、分岐進化のレール敷かれる意味もわからん。
今の状況も、行き着く先も、なにもかもわからん。先程までしょぼくれてた羽衣さんが怒りの形相を向けている理由もわからん。
わからないことだらけの中で唯一わかったのは、茜さんが何かに対して本気を出そうとしているということだけだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
とりあえず、よろしく返しをしておいた。俺に出来るのはこれが精一杯だ。
何をお願いしたのか全くわからんけど、茜さんが嬉しそうだから、これで正解のはずだよ。羽衣さんは知らん。元凶なんだから勝手にキレてろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます