#18 外堀中破

 ショッピングモールのせいで商店街が潰れるという話をよく耳にするが、本当なのだろうか? いや、俺も昨日までは信じてたんだけどさ、たった数時間で考えが変わりそうだよ。


「アンタ。なかなか可愛い顔してるわねぇ」

「いやいや、お姉さんこそ」

「あら、お姉さんだなんて」


 上腕二頭筋のあたりを軽く叩かれる。お姉さん……ではなく、オバ様、いや、マダムに。


「人参、もう一袋貰っちゃおうかしら」

「お兄ちゃん、私もお姉さんって呼んでくれたら、もっと買ったげる」

「兄ちゃん、こっちもこっちも」


 おそらく、最後にお姉さんと呼ばれたのは四半世紀ほど前なのだろう。

 俺に、お姉さん呼びされたいオバ……マダム達が、売り上げへの貢献と引き換えに群がってくる。まあ、半分ぐらいノリなんだろうけどさ、なんとも複雑な気分だ。

 っていうか売り上げとかどうでもいい。俺の店じゃないし、金一封出るわけでもないし。


「モテモテだなぁ、進次郎君」


 天馬さんがニヤついた表情で、オバ……マダム達の相手をしながら、俺をからかってくる。オバ……マダム……ああ、面倒だな、オバムでいいや、オバムで。オバムにモテたって仕方ねぇっての。


「お兄ちゃん、大根一本オマケして! 美人ボーナスお願い!」

「アタシも! 美魔女割びまじょわりお願い!」


 なんだこいつら。面白いな。

 俺に権限があれば、サービスしてたかもしれん。

 それはさておき……。


(本当に経営難なのか? めっちゃ賑わってね?)


 わけあって、寂れた商店街の寂れた八百屋を手伝っているのだが、聞いてた話と違うぞ。客は駅前のショッピングモールに流れたって聞いてたんだが、旅行客に群がる乞食みたいに客が来てる件。


「進次郎君、私のこともお姉さんって呼んでいいんだぞ?」


 ニヤニヤするな、誰が呼ぶか。お前なんて一生、天馬さんだわ。

 ん? そういえば……。


「……飛鳥さん」

「ほぇ?」


 不意打ちが見事に決まり、間抜けヅラを晒す天馬さん。一本取れたな。

 貴重な休日に、ボランティア第二弾を企画した仕返しだ。


「やるじゃないの、アンタ」


 何を褒めたたえているのか知らないが、オバムがぺちぺちと背中を叩いてくる。


「し、進次郎君、今なんて」


 オバムのペチペチ音で正気に戻ったらしく、名前呼びをアンコールしてくる。欲しがりさんめ。


「飛鳥さん」

「なっ……」


 おお、照れてる照れてる。まあ、俺も恥ずかしいんだけどさ。

 できることなら苗字呼びを貫きたかったけど、風夏さんと街デートした時に、下の名前で呼べって命令されたからな。奴隷ってのは、つれぇよな。


「ハイハイ! お疲れ! アンタら休憩してきな!」


 奥でのんびりしていた店主の奥さんが、何の前触れもなく休憩を促してきた。

 たまには休暇が欲しいからボランティアを募ったんじゃないのか? まだ一時間かそこらしか経ってないぞ。

 休めるなら、文句を垂れる理由なんてないんだけどさ。


「ほら、行きますよ。飛鳥さん」


 例のポーズ、帽子を深く被る仕草のまま硬直している飛鳥さんを、奥までエスコートする。たかが背中とはいえ、女性を気軽に触るなんて、一ヶ月前の俺じゃ考えられないな。


「進次郎君? なんでいきなり……」

「下の名前で呼べって、風夏さんに言われてるんですよ」

「……へぇ」


 あれ? また地雷踏んだか? 声が明らかにワントーン落ちたんだけど。

 ああ、なるほど。乙女心を解さない俺でもわかったよ。

 自分だけ特別だと思ってたんだな。お可愛い人。


「怒らないでくださいよ、飛鳥さん」

「なっ」


 宥めるように、そっと飛鳥さんの手を握る。

 風夏さんとも手を繋いだし、飛鳥さんともやっておかないとな。いや、前にも繋いだと思うけど、俺からやるってのが大事なんだよ。

 店主のオッサンが、新聞を読むフリしながらこっちを見てるのが気になるけど、気付かないフリしておこう。微笑ましい物を見るような目をしてる気がするけど、気付かないフリをしておこう。


「それにしても、町の人に好かれてるんですね。飛鳥さんって」

「ま、まぁな。キミも精進したまえ、ははは……」


 下の名前で呼ばれたせいか、急に手を握られたせいか、いつもより歯切れが悪い。

 恋愛に関してあんなに攻め攻めだった飛鳥さんが、ここまで押しに弱いとは思わなんだ。ボクサーが足を蹴られるようなもんか?


「し、しかしだな。キミもやり手だなぁ。商店街のお姉様方と打ち解けるんだから」


 お姉様? ああ、オバムね。打ち解けたというより、心の扉をバールでこじ開けられたというか。

 アレは向こうが上手いんだよ。こっちが一つ喋れば、向こうは勝手に三つ喋ってくれる。石膏像相手でも、一生喋り続けられるんじゃないか?


「今日一日でコミュ障が治った気がしますよ」


 荒療治にも程があるけどな。

 でも、意外と楽しかったよ。接客なんて絶対に気疲れすると思ってたけど、地域特有の温かみみたいなの感じたし。田舎も悪くないんかね。


「このまま、美羽とも打ち解けてほしいもんだね」


 影山さんか……。

 俺は仲良くしたいんだけどな、向こうがずっと警戒してるんだよな。

 ジョギングに誘われたときは距離が縮まったと思ったんだけど、実際はそうでもないみたいだし、なんならその後のイベントで好感度ダダ下がりだよ。


(でも、俺悪くねぇよな?)


 牛乳で間接キスって完全に影山さんの自責だよな。強いて言うなら、ワサビをアホみたいに練り込んだ京さんのせいだけど。

 ジタバタしてパンツ見えたのも、完全に影山さんの自責だわ。あれ、これもワサビ練り込んだ京さんのせいでは。あと、カマをかけてきた飛鳥さん。せっかく人が見て見ぬフリしてたのによ。




 休憩後は、一時間ほど手伝ったのちに、前回の書店、魚屋と、次々に軽い手伝いをしてまわった。

 この人、どこ行ってもチヤホヤされてたな。何者なんだ?

 ちなみにここまで無給。

 収穫といえば、前回のお礼も兼ねて、書店で売れ残った本を貰ったぐらいか。売れ残りって、全て返品するもんじゃないのか?


「よく頑張ったね。今日はここが最後だよ」


 今日は……。

 ツッコむだけ無駄か。この人の顔の広さからいって、まだまだ手伝える店はあるだろうし。

 それにしても……。


「碁会所なんてあったんですね」


 とっくの昔に滅んだかと思ってたよ。今時、囲碁ぐらいスマホやPCでできるし。

 おそらく、地元民同士の交流が主目的なのだろう。ボドゲカフェに近い感覚なのかね? 行ったことないけど。


「ここは大した仕事ないから、気楽にやっていいよ」

「むしろ、どんな仕事が?」

「んー……対局相手がいない人の相手かな」


 碁会所のボランティアなんて、そんなもんよな。正規雇用でも、そんなに仕事なさそうだし。


「囲碁、あんまり知らないんですけど」

「五目並べでも大丈夫さ。どうせすぐに客が来るし」


 そんなに賑わってんだな。看板のボロさを見るに、儲かってなさそうだけど。


「ちわー!」


 よほど入り浸っているのか、軽快な挨拶と共に碁会所の中に入る飛鳥さん。

 今の挨拶で、店内の視線が入り口に集中しているだろうと考えると、後に続きたくない。続くけどさ。


「おっ、飛鳥ちゃん! 男連れかい!」


 入り口付近で将棋を指していたオッサンが、飛鳥さんにウザ絡みする。

 それに続くかのように、他のオッサンやお爺さん達も飛鳥さんに声をかける。

 本当に顔が広いんだな。飛鳥さんの竹を割ったような性格って、こういう人達との付き合いで形成されていったのか?


(将棋もあるのか)


 碁会所って、囲碁しかできないと思ってたよ。さすがの俺も、将棋ぐらいは指せるよ。なんならチェスも指せるし、麻雀だって打てる。囲碁と花札は、あんまり知らないけど。


「飛鳥ちゃん、よく来たねぇ」


 店主だろうか。穏やかそうなお爺さんが飛鳥さんを出迎える。

 言っちゃ悪いが、孫にしか見えんな。


「彼氏さんも、よう来た」


 彼氏か……なんとなく、そう思っただけだよな?

 よもや、彼氏ができたと言いふらしてたわけじゃあるまいな? なぁ、商店街の人気者の飛鳥ちゃんよぉ?


「彼氏じゃないですけど、本日はよろしくお願いいたします」


 キッチリと否定しておかないとな。田舎の情報網は侮れんし。

 もっと辺鄙なド田舎だと、クラスメイトの父親の職業とか、車種を知ってて当たり前とか、なんとか。さすがにガセだよな?


「恥ずかしがらんでええよ。飛鳥ちゃんが可哀想じゃないか」

「そうだぞー!」

「彼氏ー!」


 ダメだ、聞いちゃくれねぇ。オッサン達も便乗してヤジ飛ばしてくるし。対局に集中しろ、回転率を下げるな。


「本当に彼氏じゃ……」

「今は仕事ないし、二人で遊んできなさい」


 聞く耳を持たず、空いてる席を指差す。碁会所じゃなくて誤解所だろ、これ。

 まあいいか。俺は地元民と交流ないし、誤解を受けたって。


「将棋でいいですか?」

「ああ、キミがやりたいヤツでいいよ。理解ある彼女だからな」

「そりゃどうも」


 適当に聞き流して駒を並べる。二戦目以降ならともかく、一戦目くらいは最初から駒を配置してくれてるものじゃないのか?


「進次郎君、勝った方が決めないかい?」

「何をです?」

「洋風と和風、どっちにするかだよ」


 ハンバーグの話だろうか?

 いや、わかってる。結婚式の話だろ? さすがにわかるよ。


「どうでもいいです」


 心の底から、どうでもいい。

 挙げる予定ないし、挙げるとしてもこだわりがない。


「おいおいおい! 結婚式は、女の子にとっちゃ大事なイベントなんだぞ!」

「そうだぞー!」

「彼女を大事にしろー!」


 やっぱり結婚式か。攻め攻めモードの飛鳥さんは安直だな。

 そして外野がうるさい。目の前の対局に集中しろ。


「それとも、ハネムーンをどこにするか決めるか?」

「先を見すぎですよ」


 将棋だけにしてくれ、先を見るのは。

 何がハネムーンだよ。初手は交際からだろ。もっとも、初手で詰んでるけどな。


「酔いつぶれた私を家まで連れ込んだくせに」

「おー!」

「やるじゃねえか!」

「責任取れー!」


 四面楚歌とは、このことか。この絵面、四字熟語辞典の挿絵に使えるよ。

 段々、腹が立ってきたな。

 もうね、容赦なくコテンパンにしてやりましたよ。将棋盤がトラウマになるぐらい、徹底的に負かせてやりましたよ。

 将棋に関しては一日の長があるんだよ。とあるゲームのミニゲームで、散々やるハメになったからな。

 で、結果として、飛鳥さんが泣きだして、周りのオッサンから責任を取れコールをされたよ。

 どうやら初めから詰んでたらしい。

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