#13 そうだ 街へ行こう
最後に一人で休日を過ごしたのはいつだろうか。
出不精ゆえに、休日は基本的に近所のコンビニかスーパーぐらいしか行かない。
人と会うとしたら、男友達と飲みに行くときぐらいだが、それさえ月に一回あるかどうか。基本的には一人寂しく、ネカマ姫プレイというのが俺の休日。
それがなんだ、ここ最近は例の五人が俺を休ませまいとローテーションを組んで呼び出してくるのだ。
「進次郎君、疲れてんの?」
心配そうに俺の顔を覗き込むギャルこと夢咲さん。
察しが良いな。そうだよ、疲れてるよ、キミらのせいで。
「元々、ひきこもり気味でしたからね」
反感を買わない程度に皮肉を言ってやることにした。最初の方こそ顔色を伺い続けていたが、そこまで下手に出る必要はないと判明した。
むしろ、へりくだりすぎると逆効果らしい。奴隷にするとか言ってたくせにな、そこまで高圧的でもないんだよね。
「そっか、でも幸せっしょ?」
夢咲さんが腕を絡めてニマニマしてくる。女性の体ってのは本当に柔らかいな、男性の体と触れ合う機会がないから比較はできんが。
「そりゃまあ、男ですから……」
俺が女性と触れることがあるとしたら、レジでお釣りを受け取る時ぐらいだ。田舎ゆえに満員電車に乗ることもないし、あったとしても痴漢冤罪の恐怖が勝る。
「進次郎君が羨ましいよ。私だってイケメン五人に迫られたいし」
なんだろう、言い返せそうで言い返せないこの感じ。
「とりあえず離れてくれません?」
「なんで? 冷房利いてるからいいじゃん」
「暑いわけじゃなくてですね、場所が……」
そうだよ、この密着も俺の自宅なら望むところだよ。
変人でも美人なら気を許すのが男なんだよ、単純なんだよ。いつも、天馬さんを冷たくあしらってるけど、本当は喜んでるんだよ。調子乗らせたくないから、絶対に隠し通すけど。
「電車でいちゃつくカップルなんてフツーじゃん」
いや、確かに多いけどさ、まともなカップル見たことあるか?
電車でイチャイチャするカップルって大体が頭悪そうだったり、容姿が悪い人らだったりするだろ? ああ、俺らもそうだわ。頭が悪いギャルと容姿が悪い男だわ。
「そもそも、すいてるのに隣に座らなくても」
「好いてるからじゃん」
なんだろう、同音異義語ですれ違った気がする。
「大体、夏場に俺とくっついて気持ち悪くないんですか?」
冷房で汗がひいたとはいえ、さっきまで汗をかいていた事実にかわりない。知らんけど、女性ってにおいに敏感じゃないのか?
「なんで気持ち悪いん? 進次郎君、別に太ってるわけじゃないし、ブサメンでもないし」
確かに体系は普通だが、どっちかといえばブサメンだろ。フツメンとブサメンの中間ぐらい、希望的観測で若干フツメン寄りってのが自己評価なんだが。
「気を遣わないでくださいよ、俺なんて……」
「卑屈すぎん? ウケんだけど」
「アナタにゃ分からないですよ、容姿に恵まれない人間の気持ちなんて」
中学を出るころには諦めもついてきて、容姿のコンプレックスなんてどうでもよくなっていた。なのに、この五人のせいで復活しちまったよ。女性は恋をすると綺麗になるってのがよくわかる。俺もイケメンになりてぇよ、恋はしてないけど。
「平均より上ならいいじゃん。ゼータク言わないの」
ごもっともなんだけど、上位陣に言われると腹立つな。
「そりゃ、平均より上ならいいですけど……下じゃないですか」
休日に遠出させられてるストレスのせいか、いつも以上に卑屈になってしまう。そもそも、なんで電車に乗ってんだろ。行先を聞いてないんだけど。
「茜が言ってたよ? 『進ちゃんはイケメンさん』って」
「それは荷物持ちを頑張ったことに対してだと思いますよ」
俺の記憶が正しければ、たしかに言われた気がする。けど、そんなの間に受けたりせんよ。お世辞よお世辞。
「まあ内面の話だとは思うけど、外見も『可愛い』って言ってたよ?」
「それは頼りなくて可愛いみたいな、慈しみに近いアレでは?」
多分だけど、俺のことを孫扱いしてると思うんだよ。一歳上なだけなのに。
「それはあると思うけど、もうちょい自信持ちなって」
そう言って、更に強く腕を抱きしめてくる。オタクに優しいギャルって実在したんだな。
(耐えろ、俺のジュニア……)
童貞の俺としては密着の時点で刺激が強いのに、そんなに胸を押し付けられては生理現象が起きてしまう。それだけはまずい。
不本意ではあるが、母親や祖母の顔を思い浮かべて、必死に萎えさせようと努力する。そんな俺の努力を踏みにじるかのように、俺の手を太ももで挟んでくる。
「ゆ、夢咲さん。こんなところでダメですって」
なるべく小声で注意する。ただでさえ他の客がチラチラ見てきてるんだから、やめてほしい。やめてほしくないけどやめてほしい。
「じゃあ自分を卑下するの禁止ね」
「わかりました、わかりましたから」
公衆の面前だから了承したが、本来これは逆効果じゃないか?
卑下するとご褒美が貰えるとなれば、卑下したくなるだろう。
「で、結局どこに何をしに行くんです?」
太ももと胸の感触を惜しみながら目的地を聞く。一昔前なら切符を買う段階でわかるのだが、皮肉にもICカードのせいで行先を知らないまま電車に乗せられている。
「電車乗るって言ったら都会デートっしょ」
そういうものだろうか。もはやデートって単語にも慣れてきたので、そこは突っ込まないとして、なんで俺と行くんだ? 羽衣さん辺りと行った方が楽しいだろう。
「あの、俺そんなにお金ないですよ?」
「いらない、いらない。電車賃もあげたっしょ?」
あげたというか押し付けられたというか。借りを作りたくないし、無理矢理連れ出されたとはいえ千円ぐらい自腹でいいのだが。
「今までの飯もそうですけど、男に奢らせたりしないんですね」
正直ファーストコンタクトの時点で、金蔓にされることを覚悟していた。だって奴隷だぜ? カツアゲならまだマシな方で、ストレス発散用のサンドバッグも覚悟してたよ。実際は、二人っきりで飯を食いに行ったり、家に泊まりに来たりと、リア充の仲間入りしたんだが。
「嫌いなんだよね、乞食する女。パパ活だっけ? キモくない?」
「借金とかやむを得ない事情があるなら、まあいいんじゃないですか?」
まあ一握りだと思うけどな、そんなヤツ。
「同じ女として恥ずかしいんだけど」
さっき相当恥ずかしいことしてたような気もするんだが。
「それにしたって電車賃ぐらい、自分で払いますよ」
こんな話をされた以上、お金を出してもらうわけにはいかないだろう。押し付けられた千円を返そうと、財布に手を伸ばす。
「また手を挟むよ? 股に……んふふ」
俺の腕を掴みながら、世界一幸福な脅迫をする夢咲さん。いや、うまくないぞ。
「でも、お金のやりとりってあんまり……」
「え? 散々ネカマで貢がせてたくせに」
ネカマ姫プレイは知らない相手だからこそ……いや、それはそれでヤバいな。騙される方が悪い……ってのも最低だな。
「ぐうの音も出ません……」
「電車賃浮いたの気になるなら、飛鳥さんにプレゼントでも買ってあげなよ」
別にいいんだけど、プレゼントする義理あるかな? 前々から思ってたけど、この人って俺と天馬さんをくっつけようとしてない?
「アラサー女性を千円で喜ばせられますかね」
「アラサーだからこそだよ。男慣れしてないアラサーは、なんでも喜ぶよ」
めっちゃいうやん、この人。天馬さんのヒエラルキーがわからなくなってきたよ。
「ほら、もうすぐ着くよ」
あ、ここで降りるのか。ここって……ああ、陽キャ御用達の街ね。絶対、連れて行く相手を間違ってるよ。
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