#12 体験主義作家

 皆も一度ぐらい経験があるだろう。映画の中盤までワクワクしていたのに、クライマックスが酷すぎて一気に萎えたり、小説の佳境で誤字に気付いて現実に引き戻された経験が。

 俺は今、それに近い現象を味わっている。


「どう?」


 いや、どうと言われても……。


「羽衣さん、これの著者ってどなたですか?」


 俺は今、羽衣さんが持ってきた、著者不明の短編小説を読まされている。

 男の家に一人で押しかけてまですることなのだろうか。


「そんなことどうでもいいから、感想は?」

「えっと……文章は洗練されてますね。普段そこまで読まないんでアレですけど、プロっぽい文章です」

「ふむ……」


 え? なにそのリアクション。怖いんだけど。なんでちょっと誇らしげなの?


「ただ、全体的に文章が固いかなって」

「というと?」


 あんまり深掘りしないでくれ。夏休みの宿題で、読書感想文を後回しにしてたタイプなんだ。


「えっとですね、コメディ寄りの作品にしては文章が真面目すぎるというか、遊びが感じられないというか」

「へぇ……」


 だからそのリアクションは何だよ。俺そんなにまずいこと言ったか?


「でも一概に悪いこととは言い切れないと思います。多分」

「他は? ストーリーとか、キャラ設定とか」


 そこは察してくれよ。いきなり文章について語った時点でわかるだろ? 内容に触れたくないって。


「何と言いますか……男女差が激しいと言いますか」


 そう、俺が引っかかったのはまさにここなんだ。文章力との落差に、作者が複数人いるのかと思ったよ。


「どういうこと?」

「女性は妙なリアルさ、嫌なリアルさがあるんですよ。俺は女性の知人そんなにいないからアレですけど、この作品は多分、女性を知り尽くした人が書いてるんだろなって思いました」


 序盤は女性キャラメインだったから、リアル志向の作品だと思ったよ。それぐらいリアルな描写が多かった。


「男もリアルにしたつもりだけど……」


 リアル? アレが? 比較的頭が悪いタイプの男子小学生が量産されてたぞ。主人公の父親とか、五十代の会社員とは思えないヤバさだったぞ。

 というか全員同一人物に見えたし、どの台詞が誰の台詞かまるでわからんかった。

 ん? 今、羽衣さんが変な事を言った気がするんだが。


「男は子供って言いますけど、そこまでじゃないですよ? むしろ女性と比べると、感情よりも合理性を重んじる傾向があるというか」


 まあ別に、理知的だから大人だとか、感情的だから子供だとか、そういうことを言う気はないけども。


「え? 男って何歳になっても〝ちんちん〟で笑うんじゃないの?」


 真顔で何を言ってるんだお前は。いや、間違ってはないけどさ。


「女性は恋バナやオシャレの話しかしないと思ってる男がいたら、どう思います?」

「童貞だと思う。女に夢見すぎ」

「つまりそういうことです」

「どういうこと?」


 なんで分からないんだよ。


「まあ、要するに男女のキャラ設定に格差がありすぎて、ストーリーまで滅茶苦茶になってるんですよね。リアル志向のシリアス作品にギャグ作品のキャラとか、ファンタジー寄りのキャラが出て来るみたいな感じの」

「現代日本が舞台で、ラノベ風のゆるい雰囲気をイメージしたんだけど」


 嘘だろ? 現代日本はわかるけど、ラノベでこんなリアルな女性キャラたくさん出て来るか? さすがに夢がないぞ。


「てっきりリアル調かと……ん? イメージした?」

「うん。私が書いた」


 なるほど、感想が欲しかったのか。それはわかるが、なんだそのVサインと誇らしげな顔は。変な人だけど、妙に可愛いんだよな、この人。変な人だけど。


「へぇ、意外な趣味ですね。しかも製本化とは本格的な……」

「趣味は生産的であるべきだから」


 そうか? その意見もわからないわけじゃないが、俺は暇つぶしであるべきだと思う。趣味にまで生産性を求めたら、気が休まらないじゃないか。


「何と言いますか、意識が高いんですね」

「へぇ」


 なぜファイティングポーズをとる? 別に煽ったわけじゃないぞ?


「なんか趣味って楽しければいいって感じですから、羽衣さんは凄いなぁって」


 この人、真顔で殴ってきそうだからフォロー入れとかないとな。いや、さすがにタイマンなら勝てると思うけど、勝ったほうが不幸になるに決まってる。つまり喧嘩にならないように立ち回るのが正解。


「でもキャラとかストーリー滅茶苦茶なんでしょ?」


 あ、拗ねてるわこいつ。可愛いな、クソ。


「えっと、女性キャラって多分、色々な女性を研究とか観察したんですよね?」

「うん。サンプルが多いから、かなりリアルにできたと思う」

「それなら一般的な小説にしたほうがいいのでは? 文章力凄いですし、文学方面に行った方が……」


 ラノベも文学だとは思うが、奇妙なことに〝文章が洗練されすぎてはいけない〟という縛りがあるような気がする。

 その辺がライト要素なんだろうな。活字慣れしていない読み手のために、あえて簡潔な文章にするっていう。


「文章力とか表現力でゴリ押そうと思ってる」

「多分、そういうの求めてる人って普通の小説を読むと思うんですよ」

「でも、だからこそ……」


 こいつ強いな、我が。何言っても食い下がるモードに入ってるだろ、これ。だからこその意味もよくわからんし。

 なんでそこまでラノベにこだわるんだ? 言っちゃ悪いが向いてないぞ。


「私は、需要に逆らってフィジカルで評価されたい」


 え、何その縛りプレイ。


「ラノベは判でついたかのように、似たような物ばかり」

「……要するに、独創的な物が評価されないということですか?」


 コクコクと凄い勢いで頷く羽衣さん。


「俺はそこまでラノベ読まないんで分かりませんけど、確かにSNSの広告で似たようなのばっか流れてきますよね」

「正直なところ、私もそんなに読んでない」


 え? 読んでないの? 読まずに文句言ってんの?


「私は今の創作業界をひっくり返したいと思ってる」

「えっと、とりあえず読むところから始めません? そんなに酷くないかもしれませんよ?」


 良く知らんけど許せないってタチ悪くない? メロスかい?


「低レベルだと分かってるし、そんなの読む暇があったら書きたい」


 いや、お前の作品も大概だぞ。洗練された駄文だぞ。


「でも、その結果がコレですよね? 色々破綻してる……」

「……」


 無言の圧力をやめてくれ。正直な感想を述べろと言ったのはアンタだろ。


「別に似たような作品書く必要はないと思いますけど、とりあえず読んでみないことには、ひっくり返すも何もないでしょう?」

「一理あるけど、あんな低レベルな物を読むのが辛い」

「過去に何かあったんですか?」


 そんなに読んでないってことは、逆に言えば何冊か読んだということだ。きっと引きが悪かったのだろう。


「各レーベルの新人賞で最優秀のヤツを一通り買ったけど、漏れなくゴミだった」


 評価厳しくない? 新人賞の受賞作なんか読んだことないけど、結構な倍率なんじゃないのか? ゴミは落選してるんじゃないのか?


「今度貸してあげるから、感想文よろしく」


 冗談がキツイ。多忙というわけでもないが、暇を持て余してるわけでもないぞ。ラノベ読む時間があったらゲームするなり昼寝するなりしたいんだが。


「羽衣さんが駄作っていうなら、きっと本当に駄作なんですよ。駄作読むのはちょっと……」


 我ながら上手くないか? 媚びを売りつつ拒否るというウルトラC。


「でも私の作品は全部読んでくれた」


 そりゃまあ短編だし、読まないと何されるか分からんし。


「羽衣さんの文章は読みやすいっていうか、読ませる文章ですからね」


 嘘はついてない。ストーリーが無茶苦茶なだけで、文章自体は素晴らしい。

 まさに読ませる文章、読ませる駄文。


「アナタは見る目がある。どこぞの編集者より」


 この人まさかアレか? 応募したけど落選した感じか?


「今の時代、面白い物が売れるわけじゃないですからね、配信とかラノベとかって」


 まあ、俺は消費者側だから別に悩むことは無いけど。


「さすが中岡君。真理に到達してるね」


 アンタの言う真理、浅くない? 別にこれくらい、わりとほぼ全ての人間が到達していると思うのだが。


「えっと、要するに羽衣さんは、需要と供給にフィジカルで立ち向かいたいんですね?」

「そう。アナタは賢いね」


 あの、撫でないでもらっていいですか? 京さんといい、アナタといい、俺を子供扱いしすぎでは?


「……」


 困惑する俺をジト目で見つめる羽衣さん。なんだその表情は。俺の表情だ、返せ。


「やっぱりラノベは間違ってる」


 何を見てそう思ったんだよ。


「美少女に撫でられてそんな顔するキャラを見たことがない。皆ドギマギする」


 美は否定しないけど、少女って歳か?

 なんてツッコミは口が裂けても言えないので、別の観点からツッコミを入れてみようか。


「まあ、そこは誇張表現というか」


 いや、そもそも男キャラが撫でられる側をあんまり見ないんだけどさ。


「そもそも休日に女の子が遊びに来て、その塩対応はない。ラノベだったら緊張で固くなってるよ」


 そりゃ初対面で五人も押しかけてきたからな。今更、緊張もクソもないよ。


「そのシチュエーションって多分、恋愛的なドギマギですよね? 俺は羽衣さんと進展することがないって、分かってますからね」


 両片思いとかだったら、リアルでも緊張するんじゃないかな。いや、二十代なら淡々としてるもんかな?


「そうだね……。ん? 待って」


 何か考え込む羽衣さん。


「そういえば、金賞とった作品の主人公が中岡君みたいだったよ」


 え? 俺ってラノベ主人公なの? いや、俺みたいな主人公もいるかもしれんが、金賞向けではないだろ。


「塩対応な男主人公が、徐々に落ちていく作品だったと思う。文章と展開が気持ち悪くて、細かいところは覚えてないけど」


 めっちゃボロクソ言うやん、金賞ぞ?


「独創的とまでは言わないですけど、どっちかといえば珍しい方じゃないです? 女主人公なら腐る程ありそうですけど」

「ん、決めた」


 なんだろう、嫌な予感がする。


「その本を実践してみる」

「え、ああ、頑張ってください」

「頑張る。覚悟してて」


 ああ、やっぱり俺がモルモット役か。分かってたからこそ、他人事みたいな言い方したんだけどな。


「丁度ライバル役の飛鳥さんもいるしね。これからは飛鳥さんとのデートのレポート提出して」


 デートなんてする気ないです。さらに言えば、君ら二人と恋愛ごっこする気なんて毛頭ないです。


「じゃあアナタのデータをまとめるね。正直に答えないと痛いよ」

「え、尋問されるんですか? 俺」


 それから小一時間、墓まで持っていく予定だったことまで、根掘り葉掘り聞かれたことは言うまでもないだろう。

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