#10 後天性孫

「またシャツとパンツ借りるよ」


 当然のように家まで来て、当然のようにシャワーを借り、当然のように下着を拝借する天馬さん。年上だけど怒ってもいいよな?

 前回は突発的なお泊りだったから、下着を借りるというのもまあ、わからないでもない。でも、今回はわかりきっていたことだろ? 持参するなり、自分の家に帰るなりしろよと。


「前に置いていったヤツ洗濯しておきましたから、それを使ってください」

「嫌だ」


 なんでだよ! 捨てちまうぞ!


「徐々に私物を増やしていくつもりなんだよ」


 余命宣告の次に恐ろしい宣告を受ける。

 なぜそんな目論みを抱いているのかわからんし、増やすにしても下着からいくか?


「っていうか、そんなブカブカのシャツでかなどめさんの家に行く気ですか?」

「アピールだよ、アピール」


 なんのだよ。そのアピールをうけて、京さんはどう動けばいいんだよ。


「ツッコむ気力も失せましたよ。とりあえず何か食べますか?」


 賞味期限切れが近いパンを適当に手渡してやる。


「いや、茜ん家に行くんだし、やめとくよ」

「どういうことです?」

「聞いてないの? 試食の手伝いだよ」


 試食というのは、あの試食だろうか?


「よくわかんないですけど、料理の練習か何かですか? 味見役的な」

「そっ。さすが理解力Aクラス」


 Aクラスの意味はわからないが、とりあえず褒めてくれてるらしい。


「でも昼まで六時間くらいありますよ? 作る時間とか考えたら、もっとですかね」

「いや、できるだけ空腹にしとかないとさ、色んな意味で後悔するよ」


 色々な意味? 量が多いということだろうか。


「キミは男の子だから、たくさん食べさせられると思うよ」

「そりゃまあ、皆さんよりはいけるでしょうけど」

「んで、私もこの体格だから、めちゃくちゃ食べさせられる」


 ん? それはおかしくないか?


「逆じゃないですか?」

「いいや。茜は私を子供扱いしてるからな、めちゃくちゃ食べさせてくる」


 そりゃ見た目に限れば十歳くらい下だろうけど、実際は七歳くらい天馬さんの方が上だろう。尊厳破壊というやつか?


「おばあちゃんだからな、めっちゃ食べさせてくるよ」


 たしか夢咲さんが言ってたな。『茜はおばあちゃん』みたいなことを。確かに、おばあちゃんって孫にやたらと食べさせてくるよな。


「確かにおっとりしてそうですけど、そこまでキャラ寄せんでも」

「寄せてるつもりはないんだろうけど、おばあちゃんっ子だから、自然とそうなるのかもしれん」


 そういうものか?


「ま、とりあえずシャワー浴びてきなよ。キミも汗かいたろ」

「……覗かないでくださいよ?」

「キミに嫌われることはしないよ」


 基準が全然わからない。下着を置いて帰ったり、勝手に借りるのはいいのか? 無理矢理、家にあがるのはいいのか?

 モヤモヤしつつもシャワーを済ませて部屋に戻ると、天馬さんが俺のベッドで爆睡していた。


「そうだよな。あんな頭おかしい時間からジョギングさせられたら、こうなるわな」


 まだまだ時間もあるし、俺も寝るとするか。

 天馬さんを起こさないように、そっと抱きかかえて床に転がし、しばしの眠りにつく。

 その後、正座をさせられたのは言うまでもないことだろう。




「なんで手を繋いでんの?」


 集合場所について早々、影山さんから冷たい視線を受ける。やめてくれよ、女子大生の冷たい目は心にくる。


「仲良しさんやねぇ」


 かなどめさん、温かい眼差しはやめてくれ。心にくる。


「親子みたいで可愛いねぇ」


 その解釈はもっとやめてくれ。天馬さん的にも辛いだろう。


「恋人と言ってくれ!」


 その返しはおかしい。


「っていうか、飛鳥さん。なんですか? その明らかにサイズ合ってない服は」

「よくぞ聞いてくれた。彼シャツだ! ちなみに彼パンツも履いてるぞ!」


 俺が感じた、大人としての魅力ってなんだったんだろう。見た目とのギャップで、相対的によく見えてただけなんかね。


「飛鳥さんって男の趣味が悪いんですね」


 なんで影山さんはここまで敵意むき出しなの? あと、男の趣味よりも頭が悪いんだと思うよ。


「男は顔じゃないんだよ」

「遠回しに、顔が良くないって言ってませんか? それ」


 自覚してるけど、わざわざ指摘されるのは気分が悪い。


「私は可愛いと思っとるよ~」

「ちょ、京さん?」


 なんやこの子。めっちゃ人の顔をペタペタ触ってくるやん。田舎の女性って、こんなに距離感近いもんなの? 俺って今まで損してたの?


「茜さん、汚いから触っちゃダメですよ」


 俺、影山さんに何かしたかな? この人らが口を開くたびに傷つくんだけど、俺。

 そんな、俺だけが傷つく茶番を京さんが打ち切る。


「ほんじゃあ、お買い物しましょうかぁ」




 京さんって案外、魔性の女かもしれん。ちょっと荷物持ちしただけで「さすが男の子やねぇ」とか「イケメンさんやねぇ」とか褒めてくれたし、頼んでもないのに撫でてくれた。

 俺がチョロいのか知らないが、いつもより力が出た気がするよ。


「進次郎君、私は重い女じゃないから見逃すけど、浮気はほどほどにな」


 尻をつねるな、痛いから。


「じゃあ、適当にくつろいでてねぇ」


 くつろげるはずがない。生まれてこのかた、女性の家なんて来たことが無かったんだぞ。

 ああ、良い匂い……と言いたいところだけど、ちょっと違う。安心感が凄い。そう、まさにおばあちゃん家。

 今時の家なのに、なぜかノスタルジーを感じる。ああ、孫だよ。俺、孫だよ。後天性孫だよ。


「飛鳥さん、誰と付き合ってもアナタの勝手ですけど、目の前でベタベタしないでくれますか?」


 俺もそう思うよ。ナチュラルに人の胡坐の上に座らんでくれ。


「責任取ってもらってるんだよ」


 なんのだ。


「責任!?」


 なんだ、その反応。なにを想像した。


「進次郎君のせいで体中痛くてね」


 なんの話だ。いや、わかった。床に寝転がした件だな。


「影山さん、違うんですよ」

「ケダモノ! 最低!」


 うわ、話聞いてくれねぇ。


「早起きとジョギングで疲れてんのにさ、寝かせてくれなかったんだよ」


 やめろ、誤解が生まれる言い方をするな。既成事実というか、外堀埋めにいってるだろ、完全に。


「アンタ……弱ってる女性に……」

「ベッド一つしかないから、床で寝かせただけですよ」


 これはこれで酷い気もするけど、ベッドの優先権は俺にあるだろ? 俺は一切悪くない。


「飛鳥さん! なんでこんな冴えない男なんかに固執するんですか!」


 お前だって地味だろうが! ちょっと可愛いからって……。


「進次郎君はこう見えて、良い男だよ。寝てる女の子を床に転がすけど」


 前半の文だけでいいんだよ。補足情報いらんよ。良い男要素、皆無じゃん。


「だからって……もっと慎重に出会いを……」

「美羽もそのうちわかるよ」

「何がです?」

「年齢による焦りだよ。いい相手ができたら、絶対に逃してなるものかって気持ちになるんだよ」


 わからない方がいい感情だな。影山さんが独身のままアラサーになること確定みたいな言い方しちゃダメだよ。


「私は別に……友達がいればそれで……」


 わかる、わかるぞ。


「同じ事を言ってたやつらが皆裏切っていったよ」


 それもわかる、わかるぞ。中学や高校で友情最強論抱えてたやつらが、成人式に赤ん坊を連れてきたからな。養う力ないくせに、結婚どころか子供て……。


「二十七歳ってそんなに焦るもんですか?」


 あまり聞いてやるな。


「美羽達は、その気になれば男の一人や二人、捕まえられるだろうけどな。私はこんなだから」


 二人はまずいだろう。そして、その胸をいじるジェスチャーやめろ。

 面倒だがフォローを入れておくか。


「逆に考えましょうよ。体目当ての最低な男が寄ってこないって」 


 我ながら雑なフォローだ。でも、この人にはこれくらいが丁度いいんだ。


「……でも、最低な男に捕まってるじゃない、今」


 何だこいつは。邪魔をするな。そして、捕まってるのは俺の方だ。


「美羽は警戒しすぎだよ。進次郎君は草食っていうか、もはや草だから安心しなよ」

「雑草なのは認めますけど、雑草で手を切ることもあるんですよ?」


 え? 喧嘩売られてる? あと、その言い回しは別に上手くないぞ。ちょっと腹立ったからカウンター入れとくか。


「そういえば影山さん。ダイエット中なのに試食ってどうなんですか?」

「うるさい」

「すんません……」


 ダメだ、俺は打たれ弱すぎる。ちょっと言い返されただけで、気分が落ち込む。


「ジョギングしてまで試食手伝ってるんだからな、美羽は立派だよ」

「別に試食のためじゃ……」


 反感買いそうだから言わんけど、そもそも影山さんダイエット必要なくない? 細いとまでは言わんけど、太ってるようには見えんぞ。

 口をはさんでもいいことないし、料理が運ばれてくるまでの間、二人の会話にでも耳を傾けてようか。


「進次郎君は細い方が好きかい?」


 俺に話を振るな、傍観者でいさせてくれ。


「普通が一番ですかね」


 とりあえず適当に無難な回答をしておこう。間違いないだろ。


「つまり私ってことだろ?」


 間違いだったわ。

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