第37話 原初の《顕現》

 みことも、光もその瞬間言葉を失った。

 


 自分たちの攻撃が、自分たちの全力が敵を止めることにすらつながらなかったのだから。

 彼らはS級で、日本の最強戦力の中に入る人間たちだった。

 

 それなりの敵は一撃で葬れるし、そもそもここまで攻撃の効かない相手は流起友野以外には見たことすらなかった。


 

 だから、彼らの感情は恐怖よりも気の抜けたものだった。

 足元の地面が崩壊して、光は宙を飛んで、みことは飛んでくる物体に《地震》を付与して木っ端微塵に砕き切る。

 


 二人が、自分の喪を守ることに徹した先で見えたのは唯一、S級ではないのに狙われていた、進へ大口を開ける竜であった。


 


 叫ぶにしろ、助けるにしろ、諦めるにしろ、そもそもそう認識するまでの時間が圧倒的に足りなかった。

 盤上をたった一騎で縦横無尽に駆け巡る、最強のキングの駒が《錬金術師》を殺す。


 

 その瞬間だった、気のせいだっただろうか。

 二人の目には進の口が無機質に動いた気がしたのだ。

 


 何かにまるで縋っているかのように。

 それは、目の前への恐怖ではなく何かもっと深くに言っているようで。

 

 世界の奥底に向かって言葉を発しているようで。


 


 止まったような時間の中で、それは《顕現》した。




《行間》


 


 初めから、やり直そう。


 いいや、それができるのは《セカンド》だけだ。

 どうしてもこの《オリジン》で違う歴史を作り出すことは不可能だ。

 

 一度通った道は、軌道修正されることなく一本道の一歩通行として進んでいく。


 

 ただしそれは、人間ならばという前提がある。

 


 人間ならば運命を変えられない。

 人間ならば一方通行。

 人間ならば____。


 

 人間でないなら、初めからやり直そう。

 いいや、そういう結論には至らない。

 

 そもそも言野原進はそんな運命を辿らない。

 

 導かれたものは、その使命をやり遂げるまで死んではならない。

 あるいは、その中にあるものを使役しなければならない。


 

 それが、しんの役割だから。


 

 内に飼いし人ならざるものがその運命さえもねじ曲げるから。

 進は何も考えずに意識を落とすことができたのだった。


 

 ブワリと、進の体から何かが吹き出した。

 

 

 それは目に見える力であった。

 目に見える権力であった。

 


 目に見える《混沌》であった。


 

 今ここに《原初の四神》が《顕現》した。


 

 進の体はその瞬間だけ変化を起こした。

 いつか見た《オッドアイ》。

 


 その白い右目に侵食されるかのように髪の色が変化した。

 白と黒が入り混じる色となった髪は、自身の力で大きくたなびいていた。

 

 浅く吐き出されたであろう吐息は、あたりの空間を歪ませた。


 

 ぶらりと垂らされた手の中には、同じく白と黒の双剣が握られていた。

 その剣に名前はない。

 

 呼ぶならば《混沌》。

 

 一対のうちの白は《正》、黒は《負》を意味していた。


 あるいは、剣自体にそれほどの意味はなく、進の体自体が《正》と《負》の両方の形質を持ち合わせていた。


 それが、一振り。

 

 何かを感じ取ったのか、竜は急に方向を変えた。

 その翼が、宙をまう。

 

 染血はない。

 

 ただ、その竜を象徴とする神の炎が舞った。


 しかし、すぐにそれも再生してしまう。

 そんなことわかっていると言ったふうに、無表情に剣がもう一度振られた。


 尾が跳ねられる。

 

 それを無抵抗に掴み取った神の体は、ぐしゃり、とそれを握りつぶした。再生が行われる。

 しかし、



「グァ?」

 


  竜は、声に疑問符をつけた。

 だって、おかしかったのだ。

 自分の尾の感覚が。


 それを見て初めてニタリと邪悪な笑みを神は浮かべた。

 

 それを見て、単純に恐怖したのか竜は一度距離をとって、有らんばかりの咆哮を上げた。

 最初のものとは比べ物にならないほどの衝撃波が巻き起こった。

 

 一キロほどのほぼ全ての建物が、無抵抗に消えた。

 そんな咆哮に対して、神は口を開いた。



「黙れ」

 


 《神言しんごん》。

 空気に頼らない、神だけが発することのできる音ならざる音。

 

 けして大きな声ではなかった。

 けして、叫ぶような声ではなかった。

 

 呟いただけの声で、咆哮は打ち消され竜は怪我の証拠である炎を全身から吹き散らした。


 

 それの副反応だったのか、主作用だったのかは知り得ることがないが、吹き飛んだ全てが、巻き込まれた人間が、死んだはずの全てが巻き戻るかのように再生した。

 


 原初だからこそできる、世界そのものへの干渉。


 

 地球の神話如きで勝てるはずのない最強の一角。

 何度全てが滅びようと、何度消えようと最終的にはそこにある。

 

 ただ、それだけの存在。


 神の原点にして最高峰。



「ガァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 


 竜はさらにスピードを上げた。

 逃げる体制へと思考を変えたのだろう。

 

 神とは全くの別方向に全力で飛翔していく。

 しかし、絶対に神はそれを追いかけたりはしない。


 

 する必要性が一切ない。

 では逃すのか。

 そんなはずがない。


 

 まずは大前提を履き違えるな。

 向こうに飛んで行った?

 


 向こうは、ここだ・・・・・・・・

 


 竜はどこへ飛翔を続けても、必ず神の目の前に帰ってくる。

 驚いたように動きを止めた竜に神は笑いかけた。



「我に遊んでもらえたことをせいぜい自慢するといいぞ。だが、今代の我の継承者を痛ぶってくれたことは許し難い」

 


 竜は動くことができなくなった。

 《空間支配》。

 単純なそれだ。



「褒美と罰に見せてやろう。我の力の一端を」

 


 むしろ、今までは力など使っていない。

 《混沌》という存在があるという事実だけで起きた、ただの反応である。

 

 それは力を使ってはいなかったのだ。

 そこに立っていただけだったのだ。



「そろそろこの体が返せと言っているんでな。《_____》」

 


 世界が数十ほど消滅するだけの力が、完璧に、漏れることすらなく一つ残らずその場所だけに落ちた。



「返すぞ、言野原進」

 


 そう神が言った瞬間、髪の毛の色も目の色も元に戻った。

 剣も消え失せ、神から進へ戻った人間はまるで残香に守られるようにして、意識を失い倒れたまま、ふわりと地面に落ちた。

 

 ただ、受けていた傷は綺麗さっぱり無くなって。


 そんな彼に、呆然と見つめていた光とみことは駆け寄った。

 

 何が起きた、と確認するよりも本当に目の前にいるのは進なのかと確認するように。

 その瞬間を逃してしまったら彼が本当に化け物に変化してしまいそうで。



「進、おい進! しっかりしろ!」

 


 みことは、進の肩を揺さぶって彼を起こそうとした。

 しかし、クッという声と共に進が顔を歪ませたのを見てパッと手を離した。

 

 二人が心配そうな顔をして見守っていると、かすかにだが進の目が開いたのだった。



「うぅ……。終わった、のか?」

 


 漏れるような声でそう言った進に、みことは顔を綻ばせた。



「……あぁ、終わったよ」

「そりゃよかった。アレには感謝だな」


「進の体を覆ってた、あの力のことね」

「あぁ、っとわりぃ。思ったより体に負荷がかかってたらしい。ちょっと寝る」


「オッケー。おやすみ」

 

 

 コテン、と進は意識を再び落とした。

 が、今度はすぐに規則正しい寝息が聞こえてきて他二人は顔を見合わせて笑った。

 

 それで全てが終わったわけじゃないが、とりあえず無事に終わってよかったな、とみことも光も、おそらくそこで寝ている進も思ったはずだ。


 

 次に進が目覚めた時、時間はすでに朝を迎えようとしていた。

 さすがに寝過ぎたな、と進は思って体を起こしたが、



(あれ? 俺、自分のベットで寝てたっけ?)

 


 背中が、硬い石に触れていないことにかなりの違和感を覚えた。



「お、おはよう進。夜は大変だったな」

「お前が俺を?」


「あぁ、アスファルトの上で寝てるのは流石にやばいと思ってな。光と俺の二人でお前をここまで運んできたんだ。感謝しろよ?」


 

 ニッと笑うみことを見て、進ははいはいとだけ返しておく。

 みことがえーそれだけかよ、と不満を漏らしていたが気のせいということにしておこう。



(あとで光にはありがとうって言っておくか)



 さて、と一度のびをしてみことの方に顔を向けると、みことは真剣な顔で進に問いかけてきた。




「結局、夜のあれはなんだったんだ?」

 


 夜は色々大変だったわけで、どれのことを言っているのかわからなかった。

 が、そのうちの一つを指すのならば、おそらく進のあれのことだろう。



「さぁな」

 


 進は、みことから顔を背けたままそういった。



「おい、進。真面目に……」


「いや、本当にいなも俺じゃあれがなんだかよくわからないんだ。俺の中にある、意味のわからない能力……いや、意味のわからない《存在》だ」


 

 嘘ではない。

 あれはおそらく《混沌》だったのだろう。

 

《忘却世界の鎮魂歌》で見てきた感じと似ている、と進は思ったから。


 

 それでもどうしてあれが自分の中に存在するのかわからなかった。

 メモリーにしてもそうだ。

 

 どうしてそこまで神々は進に執着をするのだろうか。

 そうして進に関わろうとしてくるのだろうか。


 

 そんなこと、本当の意味で神のみぞ知ることであった。

 ただ、唯一確証があることは、これからあの竜と同等クラスの敵と渡り合わなかればいけなくなる、ということだった。



「ほんっと、お前って不思議なやつだよな」




《行間》




「ギード様!」

 


 慌てて、飛び込んできた部下に《ギード》は怪訝そうな顔を向けた。



「奴が、《ファイヤー・ドレイグ》がやられました」


 

 そうして、続いた言葉を聞いてアッハッハ、と大きな笑いをこぼした。

 それはまるで部下の報告が滑稽であるとでもいうように。

 

 部下は跪いて下を向いたまま疑問に思った。

 戦力が削られたというのに、なぜに笑っているのだ、と。



「いいさ。いいんだよ。今回のやつは確かに傑作だったが、それで死んでもらっては困るんだよ。面白みがない。せっかく見つけた《混沌》なのに、こんなところで死んでしまってはな」

 


 下がっていいぞ、と部下にギードは指示を出した。

 ハッと返事が返ってきて足音が遠ざかっていく。

 

 その足音が完全に聞こえなくなってから《ギード》は緩んだ口元に手をやって、つぶやく。



「ハハッ。いいね、いいよ言野原進。さすがは《賢者の石》なだけはある。いいぐらいに竜を殺すか。あれだけの力を持ってしても仕留めるには至らないのか。いいねいいねぇ。それくらいの方が、殺し甲斐があるよ。あぁ、計画に直接交える機会がないのが惜しいくらいだよ。アーハッハッハッハ!」



『へぇ、そりゃ残念だったね』

「あ?」

 


 高笑いを繰り返していた彼だったが、突然空中から響き渡った女の声にそれを止めた。



「チッ。かよ。どうしたこの俺になんかようでもあんのかよ」

『いいえ、ないわよ。ただ、様子を見にきただけ。あの竜が彼に見事に殺されて戦闘狂はどう思ってるのかな、と少し興味が湧いてさぁ』

 


 以前、《ギード》にも電話越しに話しかけていた女の声だった。



「テメェ。舐めてんのか?」

『ん、舐めてるだって? いやいや、たかがそこら辺の神話に語られてる神を現世に下ろしてくるだけの組織なんて、舐めるにも値しないわよ』


 ギリリ……と、《ギード》は歯軋りをしたが、

「んだよ、結局動けねぇか」

 


 彼らにとっては、もはやお馴染みとなっている《空間支配》で動くことはできなかった。



『あぁ、それと天からのありがたーい助言をしておこう。言野原進は私の計画にですら割り込んでくるようなイレギュラーだ。貴様ら如きが、そう易々と攻略できると思うなよ』

「それは……」



『おっと、いけない。これ以上喋ると墓穴を掘りそうだ。貴様らが勝つか、負けるまでこれから私は連絡を取らないから、ま、せいぜい頑張るといいよ。……運命が変わるとは思わないけどね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る