幕間:拾う者
遠くで、甲高いサイレンの音が鳴り響いている。
降り始めた冷たい雨が、アスファルトの黒を濡らし、点滅する信号機の光を滲ませていた。日常が悲鳴を上げて崩れ去った、ありふれた事故現場。その喧騒の中心から少し離れた場所に、一人の女が静かに佇んでいた。
夜の闇よりも深い、黒髪。時折、街灯の光を弾いて、金の糸がその内に織り込まれているかのように輝く。この世のどんな赤よりも鮮烈な光を宿した瞳が、騒がしい救急隊員たちではなく、道の隅にあるゴミ集積所へと向けられていた。
女は、事故現場に背を向ける。
そして、雨に濡れてふやけ始めたゴミ袋の山の中から、一冊のスケッチブックを、まるで至上の宝物かのように、指先一つ汚さずに拾い上げた。
パラリ、とページをめくる。
そこに描かれていたのは、お世辞にも上手いとは言えない、けれど、どうしようもないほどの熱量を孕んだ絵だった。
世界から「落ちこぼれ」と蔑まれながらも、その身に秘めた、何にも染まらない、無限の可能性を信じようともがく少年の物語。属性という世界の「理(ルール)」に縛られない、たった一人の魔法使いの姿。
女の唇に、三日月のような、微かな笑みが浮かんだ。
それは、何万年も探していた答えを、最も予期せぬ場所で見つけた者の笑みだった。
「――なるほど。こういうことか、アカシャ」
ぽつりと、雨音に混ざって呟く。
「この魂は、私が貰い受けよう」
その声は、これから始まる壮大な物語の、最初のページがめくられた音のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます