第31話‐分限魔術と霊体真化

 数十分後。所変わって、場所はラッセル東区の中央通りメインストリート


 公職ギルドのロッジへと繋がるこの道は、通称マイスターズ・ストリートとも呼ばれ、様々な職人や仕事人たちの工匠ギルドや、業種を問わない様々な職業人たちのギルドと、それに連なる露店が多く建ち並ぶ事で知られているらしい。


 各ギルドの軒下には、各々が掲げる守護神の小さな石像や紋章があり、華々しい景観となっている。その道を悠々と歩くウィータは、まだ手配書の件が取り下げられてから時間が経っていないという事で、フードを被ってはいたものの、前よりもその足取りは軽かった。


 「これで——むぐ——わたしも——んもんも——しゅーどきし? に——(ゴクンっ……——なれるの?」

 「……そうだけど、食べるか喋るかどっちかにしような」


 右手にエビの素揚げ、左手に川魚の串焼きを持つウィータは、自身の首元に下げられた“コル・スピリトゥスの首飾り”に眺めながら、頬をリスのように膨らませる。行儀の悪いその態度にシーは呆れ半分に窘めるが、食いしん坊な彼女はそれを半ば無視し、頬の膨らみを更に大きくするばかりだった。


 「……まぁ、折角ジャンがくれたものだしな。これからの旅で活用しようぜ。——ただし! 絶対に悪用なんかしちゃダメだぞ! そんなことしたらユースティア様の信仰に傷がついちゃうからからな!」

 「むぐ……? わふぁっふぁ!(わかった!)」


 両手のシーフードを天に突き上げたウィータ。口に物を含みながらの返事に若干の不安が残るシーだったが、食べ物を食べている彼女に何を言っても無駄だというのが段々と分かって来た。


 そこは自分が契約精霊として、神々の霊体アニマから産まれた存在として、しっかりサポートして行こう……と、密かに誓う。


 「(ゴクン)……ねぇねぇ、ところでシーちゃん? さっきからいっぱい人いるけど、何かのお祭りでもやってるのかな?? お祭りだったら、おいしいシーフードのお店とかいっぱいありそう!」

 「ん? ……あぁ、これはアレだよ。多分、近くに『郷愁の門』があるからだと思う」

 「んな? きょーしゅーのもん……??」


 シーの話に一区切りがついたタイミングで、ウィータがウキウキした様子で口を開く。きっと、お祭りにかこつけて食べ物の出店でもある事に期待したのだろう。しかし、そうではないとシーの言葉で知った彼女は、テメラリアが豆をぶつけられた時と似たような表情で固まった。


 点になった彼女の視線が見つめる先にあったのは、セント・ダグフスタン大聖堂と呼ばれるこのラッセルの名所が鎮座する中央広場——そこに出来た大きな人だかりである。


 その中央には、テメラリアにこのラッセルを案内された時と同じく奇妙な建築物が堂々と建っていた。天秤を持つ女神の彫刻が彫られた石柱と、その前に立つ四体の石像——彼らに見守られる建物の中央には、空間魔術によって生み出された“空間の裂け目”がある。


 あの場所から幾人もの人が現れては、こちらからも消えて行く。そうしたおどろどろしい光景が、今日も繰り広げられていた。


 「俺も良くは知らないけど、なんか大陸間の瞬間移動できる大規模空間魔術儀式らしい。多分、別の国かどこかと繋がってるんだろ。だから人がいっぱいいるんだよ」

 「ほぇ~……すごいね。くうかんまじゅつって、ジャンおじさんの手袋とかシーちゃんがもらったアイテム・ポーチこれと同じやつなんでしょ?」

 「あぁ。四大英雄の一人——大魔導士アベルが契約していた“空間の悪魔トポス”が司る空間に関する魔術を応用した術式だ。本当に便利だぞ~、トポスの空間魔術は? 日常生活でも、戦闘面でも、いったいどれだけアイツに助けられた事か……」

 「へぇ~、そうなんだ」

 「お? 聞きたいか? 聞きたいよな! では聞かせよう……俺たち四大英雄の壮大なる冒険譚サーガを!!」

 「いや、今はシーフードがいいです」

 「……え、あ、そう……」


 しょぼん……、と。シーがノリノリで昔話に興じようとしたところ、ウィータは冷たい態度でそれをばっさり切り捨てた。どうやら完全に食いしん坊モードらしい。既にシーの話へ興味を失っているのか、キョロキョロと周囲を物色する彼女の視線は、何か目ぼしいシーフードは無いかと、道なりに並ぶ出店へ向いていた。


 「——良かろう人間たち。ではこの場を借りて、彼の“四大英雄のサーガ”について語ろうではないか!」

 「「??」」


 その時だった。聞き慣れた声が響き渡る。


 「……シーちゃん、話さなくていいって言ったじゃん」

 「いや、俺じゃないぞ」

 「え?」


 話の流れで、それがシーの言葉だと思ったウィータがジトリとシーを見つめるが、先程の言葉がシーでは無いと知った彼女は、目を点にする。


 「あれじゃないのか?」と、シーが目線を遣ると、そこでは郷愁の門の前に出来た物とは別の人だかりがあった。子連れの親子が多いその人だかりから、子供の達の歓声と小さな拍手が沸き起こる中——その視線の先にあった出店の棚に留まった一匹の鳩が、芝居がかった身振り手振りで何かを話している。


 「——さて、千年もの月日が流れた。人の世はここまでの発展を遂げたが、それは偏に、人間たちが『この世界』に降り立つ為に尽力した者達がいたからである」


 普段の軽薄な態度とは似ても似つかぬ声音。


 そこにいたのは、二人の良く知る詩人精霊——テメラリアだった。


 「人間たち。君達は知っているか? 遥か昔……千年も前、自分たちの祖先がどこにいたのかを——。そう……君達の祖先は、皆『この世界』——ユーダイモニアの領界に住まう生物では無かった」


 彼の言葉一つ一つに皆々が耳を傾ける。その迫真の語り口に、あのウィータでさえ食べ物への関心を失くし、呆けた様子で聞き入ってしまう。自然と人だかりの方へと歩き出した彼女は、詩人精霊テメラリアの話に没頭した。


 「千年前、人も、精霊も、悪魔も……そして神でさえも巻き込んだ大戦があった。それによって、かつて君達の祖先が住んでいた『前の世界』——エピタピオスの領界は生物が住む事の出来ない死の世界に変わり果ててしまったのだ。しかし……それでも大戦は終わらず、愚かにも神と人々は大戦を続け、混沌と憎悪が渦巻く黒き行燈に吸い寄せられるように……ある一柱の邪悪な神・・・・・・・・・が現れたのである」

 「——じゃしんウル・・・・・・ー!!」

 「その通り……彼の邪神の出現により、世界は更なる暗黒の坩堝と化したのだ」


 テメラリアの言葉に一人の小さな子供が叫んだ。


 「邪神ウルは強大であった。指の一つで天地を割り、息の一吹きで嵐を起こしては、気紛れに海を干上がらせた。エピタピオスは邪神の手により地獄と化し、飢餓と病魔に侵された人々が、嘆き苦しむ事になったのである。……だが、そこに立ち上がる英雄達がいた」


 そう——、と一区切りをつけたテメラリアは、言葉を続けた。


 「——“大英雄”と評された者達の事である」


 バサリ! と、翼を大きく広げたテメラリア。決まったとばかりに、したり顔をする彼の言葉に大人たちは平然としていたが、子供たちにはウケたようだ……瞳の奥を爛々と輝かせる子供たちは、手に汗を握っている。


 「彼らによる救済の旅で、大戦を生き抜いた人々はこのユーダイモニアの領界に転移させられた。そして、それを追わんと闇の食指を伸ばして来た邪神ウルも、彼ら大英雄の多大なる尽力と、大いなる犠牲によって、討ち果たされたのである……」


 テメラリアの語りが終わり、一拍の沈黙が人だかりの中に降りる中——「ねぇねぇ、ハトさん!」と、小さな子供が問い掛ける。


 「ホントにじゃしんウルはいたの?」

 「勿論! 何なら俺様以外にも、このサーガを知る精霊は沢山いるぜ?」


 子供の疑問に素の口調に戻って答えたテメラリアは、咳払いを一つすると、再び芝居がかった口調で口を開く。


 「——さぁ、空を見上げよ人間たち! あの蒼穹に座す日の光もまた、かつての戦いを知る大精霊である! 耳を傾けるがいい! 天輪の大精霊——“天の冠ヹルエム”が、古のサーガを語るだろう!」


 ビシッ! と、胸をいっぱいに反らしながら二つの羽先を空に向けたテメラリア。その羽先に釣られるように空を見上げた人々の視線の先には、雲一つない蒼穹に燦々と輝く太陽があった。


 『……』

 「……」

 「「「「「……」」」」」


 が、しかし。テメラリアの言葉に反し、太陽……もとい、天輪の大精霊“天の冠ヹルエム”は一向に口を開く様子は無い。微妙なその沈黙を破るように、先程テメラリアに質問した子供が「ねぇ、ママ? あのハトさん何言ってるの? お日様がしゃべるわけないよ」と、母親に話し掛けた。


 「……あはは、そうねー」と苦笑いする母親の言葉が止めだったのか、「ケケェ~~~……!」と顔を赤くしたテメラリアは、天に向かって叫ぶ。


 「……おいコラ空気読め天の冠ヹルエム! 喋れやァ!?」

 『……』

 「ケケケケケケェェェェェ~~~~~……!!!?」


 太陽に向かって叫ぶ喋る鳩という奇妙な構図。微妙な空気感を払拭する為に、その当の鳩は「と、とにかく!」と無理矢理に話を切る。


 「——これにて『三大英雄のサーガ』序幕——“大戦と邪神ウル”は終わりだ! 次は第二幕……“魔精霊グレンデルとの死闘”を話してやるから楽しみにしとけよ、チビッ子共ー!!」


 一目散にその場から飛び立ったテメラリア。そのままこの場を去ろうとした彼だったが「ケ?」と、眼下の先に見覚えのある顔を見つける。シーとウィータだ。


 「……何してんだ、テメェら?」


 手を振って来る二人を見つけた彼は、目をパチクリとした。


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 「あ~むっ……んんん~~~!!」


 数分後。そこには、出店の一つに設置された木製の食事台に座り込み、恍惚の笑みを浮かべて“エビの素揚げ~特製ソースを添えて~”を頬張るウィータの姿があった。


 「……んで? テメェらは何でこんな所にいんだ?」


 そんな彼女とは裏腹に、少し不機嫌そうなテメラリア。先程、恥を掻いた事が尾を引いているのだろう。


 「オマエこそ何やってたんだよ? あんなに人を集めて」

 「あァん? テメェは俺様の伝承を忘れたのか?」

 「そんな訳ないだろ。……『歴史に名を遺した英雄たちの名と物語が失われないように、夜眠る前、子供達に読み聞かせ、未来へとその伝説を語り継ぐ鳩の語り部である』——だろ?」

 「そうだ。その伝承を元に生まれた伝承精霊……それが俺様だ。だから、こうして人を集めて語っていたんだよ。どこぞの英雄様方が忘れられねェようにな?」

 「?」


 チラリとシーの方へ視線を遣ったテメラリア。頭上にはてなマークを浮かべる彼を見て、呆れたよう溜息を一つ吐いたテメラリアは「まァ、いいや。それよりも——だ」と、別の話題へと話を切り替えた。


 「丁度、気になってた事があってよ? ……嬢ちゃん。もしかして、『ユニークスキル』持ってねェか?」

 「……! やっぱオマエもそう思うか?」

 「まァな」

 「……?? ゆにーくすきる……? ……ナニソレ?」


 唐突に出てきた聞き慣れない言葉。自身とは裏腹にテメラリアの言葉へ反応したたシーを見て、今度はウィータは頭上にはてなマークを浮かべた。


 「やっぱ知らねェか……」「まぁ、普通は知らないだろ」と、シーとテメラリアだけが理解した様子で話す。一人だけ置いてけぼりで、ウィータは思わず眼をパチクリとした。


 「説明した方が速いか……。——シー、頼めるか?」

 「あいよ」


 テメラリアに促されるまま、シーは何枚もの紙を張り付けた木の板——教則本ホーンブックに変身する。


 そこには人間の体の中を巡る霊子マナの流れと、それによって構成されている霊体アニマが、イラスト付きで解説されていた。


 「これを見てもらえりゃァ分かるが、霊体アニマってェのは、要は肉体を流れる霊子マナが形を成したモノの事でな? 普段は自らが宿っている肉体を守る役割を担ってるんだが……稀にこの霊体アニマは、特別な力に覚醒する事があるんだよ」

 「……とくべつな力??」

 「そうだ。昔はこの力を『ユニークスキル』って呼んでたんだが……普通は、精霊や悪魔、あとは神なんかしか持っていない力なんだよ。、何事にも例外ってェのはあってな……人間でも、魂の在り様に大きな・・・・・・・・・影響を及ぼすような・・・・・・・・・キッカケ・・・・さえあれば、ユニークスキルを習得するっていうレアケースがある。——嬢ちゃんのこれまでの戦いを見る限り、おそらくだが……嬢ちゃんはこのレアケースに該当すると、俺様は睨んでる」

 「ほぇ~……なんか、すごい話だね……」


 強い確信を持って言い切ったテメラリア。まだ半信半疑だが、シーも彼と同様、ウィータの強さの正体はユニークスキルを獲得している影響だと思っている。


 ——ユニークスキルは強力な力だ。


 戦闘に特化したものもあれば、そうでないものもあるが、総じて言えるのはユニークスキルは全て『ユニークスキルを習得している者の魂の在り様に沿った効果を持つ』、という事である。


 ユニークスキルを獲得していたベオウルフのユニークスキルも、彼の性格や価値観、思想や哲学といった魂の在り様を、そのまま体現したかのようなユニークスキルだったのを覚えている。剣のたった一振りで、地平線の彼方にまで地割れを引き起こしたベオウルフの規格外の強さは、余りにも異常だった。


 ウィータの異常なまでの急成長能力も、このユニークスキルによる影響だと考えると、全てに合点が行くのである。


 「ユニークスキルには二段階の状態がある……一つが、普段の生活から恒常的に発動していて、ユニークスキルの保持者を助けてくれる『解放かいほう』。多分嬢ちゃんが獲得しているであろうユニークスキルは、まだこの解放の状態にある」

 「もうひとつの方は?」

 「……う~ん、そっちは少し説明が難しいな。ユニークスキルってェのは、その人の魂の在り方に沿った効果を持つんだが……ユニークスキルのもう一つの能力——『真化しんか』は、正に、この『その人の魂の在り方』が限界にまで高まった状況で、自らの霊体アニマが持つ力の全てが一気に解放される現象の事でな……まァ、一言で言っちまうと『必殺技・・・』みてェなもんなんだが——」

 「——っ、……ひっさつわざ!!」

 「ケケェ!? な、何だよ、いきなり!?」

 「……ひっさつわざ! カッコいい!!」


 必殺技という単語がウィータの琴線に触れたのだろう。ケモミミと尻尾をピンと立てたウィータは、テーブルを乗り出してテメラリアへと顔を寄せた。


 そのまま「テラちゃん! テラちゃん! 早くお話つづけて!」と、羽を鷲掴みされてブンブン揺らされた彼は、「分かった! 分かったから揺らすんじゃねェ!」と、顔を青くする。


 「ま、まァ……話をするにしても、まずは嬢ちゃんがユニークスキルを持ってるかどうかを調べねェとな。とりあえず話はそれからだ……。——つー訳で、シー……今度は【分限魔術】を頼めるか?」

 「おぉ、やっぱ使うのか?」

 「……ぶんげんまじゅつ——って、なに……??」


 ウィータにブンブンされたのが余程に堪えたのか、半ば強引に話をシーに振るテメラリア。その口から出た聞き慣れない単語に再びはてなマークを浮かべたウィータが、シーの方に視線を送って来る。


 「う~ん……分限魔術って言うのはな……まぁ、見せた方が早いか……」と一言呟いたシーは、教則本ホーンブックに変身した身体を狼の姿に戻す。テメラリアに「お前で試すぞ?」と一言だけ断りを入れ、「おう」と返事が返ってきたタイミングで目を瞑り、両手を前に翳した。


 「——【分限魔術】」


 次の瞬間、ポン! と。


 テーブルに琥珀色の水晶玉のようなものが一つ現れる。「なにこれ~!」と、興味津々にそれを手に取ったウィータと一緒になって、シーとテメラリアも水晶玉の中を見つめた。


 【ᛋᛏᚫᛏᚢᛋステイタス

 ᛏᛖᛘᛖᛚᚫᛚᛁᚫテメラリア

 ᚫᛋᛖᛪᚢᚫᛚᛁᛋ無性 ᚣᚳᚳᚳᛪᛪᛁ5322歳 ᛪᛪᛁᛪᚳᛘ29㎝ ᚳᚳᚳᛁᚷ301g

 ᚳᛟᚱᛈᚢᛋ身体能力ᛪᛁᛁᛁ13 ᛘᚫᚾᚫ霊子ᛚᛪᛚᚣᛁᛁ50047

 【ᚫᚱᛋスキル

 <ᚣᛁᛞᛖᚾᛋ ᚻᛁᛋᛏᛟᚱᛁᚫᛖ古よりの知者

 <ᛈᚫᚱᛋ ᚫᚾᛁᛘᚫᛖ母なる大精 ᚷᚱᚫᚾᚢᛚᚢᚣᚾᚫᚾᛖᚾᛋᛁᛋ霊の落とし子

 【ᚫᚱᛋ ᚫᚾᛁᛘᚫᛖユニークスキル

 <ᛏᛖᛘᛖᛚᚫᛚᛁᚫ冒険と伝聞の語り部


 水晶玉の中には、千年前に使われていた文字であるルーン文字で、何かの情報が事細やかに書かれていた。そう……何を隠そうこれこそが、分限魔術——対象となった存在の能力と情報を可視化する魔術である。


 書いてある項目は見ての通り……簡単な個人情報と、対象の身体能力と霊子マナの総量を数値化した値。そして、剣術や知識などの一般的な習得技能に対して、分限魔術を司る観測の悪魔が簡単な名称をつけたモノ——技能スキル……最後に、この会話の中心である『ユニークスキル』である。


 「これは『ステイタス』って言って、個人の能力とか情報を言語化・数値化して分かりやすくしたものなんだ。見ての通り、分限魔術の対象になった存在の情報を事細やかに見る事が出来る」

 「つまり、その人の“のーりょく”を分かりやすくするまじゅつ……ってこと?」

 「……う~ん、まぁ、大体そんなとこだな。基本的には奴隷制度が残ってた時代に使われた魔術だったし……他人の記憶なんかも・・・・・・・・・覗けたりする・・・・・・んだが、そっちは使う事殆ど無いから……正直、使い所に困る魔術だな」

 「んなっ!? き、きおくまでのぞけちゃうの……?」


 ……イヤなまじゅつだぁ、と。ウィータが若干引いたような視線で水晶を見る。


 実際この分限魔術を使っていた千年前は、奴隷商人が奴隷に言い値をつける為に使用していた魔術だ。あまりにも能力を可視化し過ぎたせいで、奴隷社会全体が過度な能力至上主義に傾倒し、最終的に反乱が起きて幾つかの国を亡ぶ原因となった魔術でもある……ウィータの感想は正しいと言えるだろう。


 「……ねぇねぇ、ところでこれってどれくらい強いの?」

 「う~ん……まぁ、精霊だから人間と比べると霊子マナの総量は桁違いに多いな……大体、人間の数百倍か数千倍くらいある……けど・・——他はちょっと、な……まぁ、いいとこ野良猫に負けるレベルだ」

 「なるほど……なっとくした!」

 「納得してんじゃねェよ! 喧嘩売ってんのか、このヤロー共がァ!?」


 ケケェ~……っっ!! と、両翼をばたつかせながら憤慨するテメラリア。……そう。このようにぶちキレる奴隷が続出し国が亡んだのである。


 「うぉっほん……まァ、とりあえずこれで分限魔術の説明はいいだろっ? 早速だが、嬢ちゃんのステイタスを確認する……ほら、シー! とっととしやがれ!」

 「……怒んなよ」「……なんかごめんね、テラちゃん」

 「謝んじゃねェェェェェ~~~!!」


 ——と、自身のステイタスを酷評された事がよほど頭に来たのか、テメラリアが話を急かす。申し訳なさそうにするシー達の言葉を無視し、地団太を踏んだ。


 「じゃあ、ステイタスを確認するぞウィータ?」

 「うん! どんと来い!」


 このままではテメラリアの機嫌が無限に悪くなって行きそうだったのを見て、シーが話を進めると、ウィータが小さく拳を作ってポンと胸を叩く。若干ワクワクした様子の視線を一身に受けながら、彼が先程と同じように両手を前に出して、「——【分限魔術】」と呟くと、琥珀色の水晶玉がテーブルの上に出現する。


 両手でそれを手に取ったウィータが「(ゴクリ)……」と、緊張した面持ちで生唾を呑み込みながら、ゆっくりとそれを覗き込んだ。


 「……」

 「……どうだ、ウィータ? ユニークスキルはあるか?」

 「……ケケッ。もしなくても、珍しいスキルとかあるんじゃねェのか? ちょっと俺様たちにも見せてみろよ、嬢ちゃ——」


 サッ——!


 「「……??」」

 「……」


 シー達がウィータのステイタスを見ようとした瞬間、何故か彼女が、慌てた様子で水晶を背中側へ移動させた。まるで、自分のステイタスを見られたくないように——。


 「どうした、ウィータ……?」

 「……なに隠してやがるんだァ? とっとと見せろ!」


 先ほど自身のステイタスを馬鹿にされた事を根に持っているのか、ステイタス水晶が隠されたウィータの背中側に回ったテメラリア。しかし再び、サッ、サッ! ササ——ッ! と……今度は立ち上がって、ウィータは距離を取った。


 「ケケケケケ~~ッ!! おいっ、嬢ちゃん! とっとと見せやがれ!」

 「……」

 「何とか言えよ! このすっとこどっこい!」

 「お……」

 「「お??」」

 「……女の子のステイタスをのぞくのは犯罪です!!」

 「「っっ!!?」」


 業を煮やしたテメラリアが、叫び声を上げながら羽をバタバタとさせた時だった。


 いきなり目をグルグルと回したウィータが訳の分からないことを叫び、ステイタスの水晶玉を叩きつけたではないか。パリィン! と、綺麗に割れる音が鳴り響き、琥珀色の破片が青い霊子マナの燐光となって消えて行く。


 「んなぁぁあああぁぁ~!! ギルティのんさー! ギルティのんさー! 超々ギルティのんのんさー!! 超々ギルティ超ギルティのんのんのんのんのんさ~!!! んなぁぁぁぁぁあぁぁあ~~~!!」


 そして次の瞬間、突然の奇行に走ったウィータは何やら頭を抱えると、これまた奇怪な叫び声を上げながら激しく身体を揺さぶり始めてしまう。周囲の視線も気にせず錯乱する彼女を前に、シーとテメラリアは呆気に取られてしまった。


 「お、おい……本当にどうしたんだ嬢ちゃんは……? ぶっ壊れちまったぞ」

 「……わ、分からん」


 何か知られたくない情報でもステイタスに表記されていたのだろうか?


 若干、韻まで踏み始めて奇行を始めたウィータを、シー達は本気で心配して見守るが、そんな視線にも気付かず彼女は、まるで何かの発作でも起こしたように、んなんな叫び続けていた。


 「んなななななななななななななな……っっ!!」

_____________________________________

※後書き

次の更新は、4月12日20時30分です。

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