第32話 我慢できない


 布団に横になって、眠りの世界へと旅立つ準備をほぼ終え、意識を手放そうとしていると、ふと何かが近づいてくるような感じがする。


 ルリアが御手洗いにでも起きたのだろうかと、特に気にせずにいると、不意に布団がゆっくりと捲られて、ゴソゴソと何かが入り込んでくる感覚があった。


 ぼんやりとしたまま何事かと思い、重たい目をゆっくりと開けると、何故かルリアの顔が目の前にあった。

 何でこんなところにルリアの顔があるんだ……?


「レイちゃん……」


 ルリアの吐息が首元にふわりとかかる。

 なんだこれは、いったいどうなっているんだ。

 本稼働していない頭で考えるが状況が理解できない。


「ボク、もう、我慢できないよ……」


 そう言うと、俺の左頬にルリアの小さな手のひらがそっと触れ、ぞわりと鳥肌のような感覚が走る。


「ねぇ……シても、いい……よね?」


「……おい、何をする気だ」


「いいでしょ……、ほら、見せてよぉ……」


 腕で体を支えていたルリアが、ゆっくりと体を預けてくる。暖かな体温が、体全体を包みこんだ。


 もしかして、俺は寝込みを襲われているのか?冗談じゃない。

 俺にこっちの気は無いぞと、ルリアを押し返そうとしていると、


「だからぁ……、早く、出してよぉ……銀貨五枚……。」


「おいやめ……あ? なんだって?」


「もう我慢出来ないよぉ……気になるのぉ……レイちゃんのスキルぅ……。気になりすぎて寝れないんだもん」


 そのまま、ぐでーっと全体重を乗せてきて、頬を指でつつかれる。

 ……なんと紛らわしい。


「おい、まずは重いからどけ」


「もー、レディに向かって重いなんて行っちゃダメなんだよぉ?」


「どこにレディがいるって?」


「ここにいるぐえっ……」


 ルリアの頭頂部にチョップをかましてやると、潰れたカエルのような鳴き声を出した。

 ひどいよぉとわざとらしい涙目を見せるが、適当にあしらい、そのままぐいっとルリアの体を押しやって体の横に落とした。


「人が寝てる所に何しに来てるんだよ全く……」


「だってだってー」


「だってじゃない」


「でもでもー」


「でもでもない」


「むー……。今日こそはスキルチェックすると思ってたからー、気になって本当に寝れなかったんだもん。ねーえー、家賃とかまだいらないからさー、調べちゃおうよぉ。ほらほらー」


 ルリアが脇腹をくすぐってくる。

 思わず体をよじらせ抵抗するが止める様子はないので、片手でルリアの"こめかみ”を掴んで力を入れると、いたたたたたたたと悲鳴を上げてようやく手の動きが止まる。

 くすぐりを止めたのを見計らい、こちらも力を抜いてやる。


「いったた……、レイちゃんは容赦ないなぁ……」


「アホなことをするからだ」


「でもぉ、本当に気になるんだよぉ……、おねがい、恩を感じてるっていうなら、もうしちゃお?スキルチェックぅ」


 ぶりっ子のようなポーズを取り、目をうるうるとさせている。

 とんだ芸達者だと思いながらも、世話になっている家主がココまで言うのならと、少し考える。


 そして、当初のプランとは打って変わってしまったが仕方がないと、ルリアの提案を渋々のむ事にした。


「わかったわかった。また布団に潜り込まれても困るしな」


「ほんと? ほんとにいーの? よーし! じゃあ張り切って調べるからね! 任せて!」


 先程まで弱々しい声色をしていたにも関わらず、コロッと表情を変え、といつもよく見る笑みを浮かべる。


 その前に、さっさと布団から出てほしいのだが……。





 ルリアを布団から追い出し、二人して布団に座り向かい合う状況になる。

 部屋は暗いままだが、互いの顔が見えるくらいの明るさはあった。


 電気をつけてもよかったのだが、面倒が勝り、ルリアが点けないのならもうそのままでいいだろうと思っていた。


「それじゃあ、始めるねぇ」


 そういってルリアが両手をこちらに翳して、スキルチェック、と一言呟く。

 すると、俺とルリアの境界に、突如スクリーンのようなものが現れる。


 思わず、おぉ……と声が漏れるが、それを聞いてなのか、ルリアにドヤ顔をされ、少しばかり腹が立った。


 こちらから見ると、文字が逆さまになっているため、読みづらい。何と書いてあるのだろうか。


「……えっ。んん……?」

 何か変なものでも見たような、怪訝そうな表情になるルリアを見て、なんて書いてあるのかと催促をすると一言、やば……、と声を漏らした。


「だから、何がやばいんだよ」


「え、だってレイちゃんのスキルレベル……高すぎない? それに、なに、これ……」


「は?どういう事だ。イチから説明してくれないと分からないぞ」


「う、うん。えっとね……」


 そうしてルリアが説明シてくれた内容をまとめるとこうなる。


 まず、スキルとして持っていたのは、清掃・肉体労働・翻訳、そして謎のスキルである『睡眠』だった。

 そして、それらのスキルのレベルが、清掃が『三』、肉体労働が『八』、翻訳と睡眠に至っては『十』という驚異的なものだった。


 以前学んだことが正しいとすると、レベル八以上が三つもある時点でおかしいのだが、限界値であるレベル十が二つもあるのはおかしいにも程がある。

 そもそも睡眠スキルが何か分からない。


「なぁ……何なんだこの、睡眠っていうスキル」


「ボクも聞いたことないよぉ……」


 スキルチェックを多くこなしてきたであろうルリアが知らないのであれば、よっぽどマイナーなスキルか、レアなスキルという事なのだろうか。


「分析でスキルの内容を調べられないのか?」


「調べるには調べられるけど、分かるのはボクの分析レベルまでの事だから、全容までは分からないかもだけど、それでもいい?」


「あぁ。続けてで申し訳ないが、頼む。」


「ううん。そもそもボクが調べたいって言い出したんだし、この際とことん調べてみよっ!」


 ルリアは先程のように、俺に向けて再び手をかざす。

 そしてその内容を読み上げてくれた。


「えっと……、睡眠スキルは、前提条件として五年以上の専属契約を交わした寝床による睡眠でなければ効果を発揮しない。前提条件を満たしている場合のみ、以下の効果がもたらされる。その一、六時間以上睡眠を取る事で使用者の体力を全回復する」


 専属契約なんぞ交わした覚えはないが、この布団がそれに当たるのだろうか。

 それに、翌日には疲れがスッキリと抜けていた謎が解けた。どうやら、若い体になったから、という理由ではないらしい。


「その二、使用者が睡眠前に獲得したスキル経験値を睡眠一時間ごとに百倍にする……って、百倍ぃ!?」


「は?なんだそのチートスキル……」


「いやこれ、レイちゃんのスキルだからね……」


「いや、そうなんだろうけどさ。……実感がねぇな」


「あー、だから肉体労働のレベルがすごく高いんじゃない?」


「なるほど、日頃の仕事や手伝い程度の経験値が百倍になってしまっているから、あの程度でも上がってしまうのか」


「かける睡眠時間だから、百倍じゃきかないよ。六百倍とかだよ」


「睡眠スキル、やべーな」


「しかも、これだけじゃないみたいだよぉ? 同衾者どうきんしゃにも一定の効果があるって書かれてる。だけど、ここから先はボクの分析スキルじゃぁ読みきれないや。」


 おい、今同衾どうきんって言ったか?

 ただの添い寝って意味だよな……?


「……一緒に寝るとってことか」


「そういうことじゃない? どんな効果になるか分からないけど、多分経験値関係な気はするよね」


「まぁ文章の流れとしては、それが自然っちゃ自然だよな」


「何か面白いスキル持ってないかな―ってうっすら期待してたけどぉ……これはやりすぎだよぉ、レイちゃん」


「そんな事俺に言われてもだな……」


 ルリアが手をかざしながら、呆れているのか引いているのかなんとも言えない表情を向けられる。


 何はともあれ、俺のスキルは判明したわけだが、これらのスキルをどうやって有効活用していくのか、それを考えていかなければならなかった。

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