2
3日間は矢のように過ぎ去った。
隠密にことを進める余裕はなかった。恐らく機械化猟兵団側に情報は筒抜けだろう。リリィに買収の話をしたのも、情報が漏れるのを承知の上でだった。リリィが離反者から情報を得るためには代償が必要だからだ。その甲斐あって、彼女から210ミリ
機械化猟兵団がどう判断するのか、あとは座して待つ他ない。
指定された露天掘りの廃坑までの道路はかつてはよく整備されていたが、採掘が終わった後は放置されたため、やや荒れていた。年間降水量が安定しないため、耕作には向かず、荒れ野が続いている。そんな中、道がまっすぐ続いている。最寄りの街から馬車でおおよそ2時間ほどと御者からは聞いていた。
揺れる馬車に乗っているのはセレーネとザイン、ジョミーとマルコーの2人と2機だ。
御者はザインが務めている。
クレスはリリィからの情報を元に組み立て工場を突き止め、ウキグモの自警軍と一緒に移動後の足取りを追っているところだ。組み立て工場は廃坑から20キロあまり東にあり、ウキグモの中心部から60キロほどの距離にあった。移動しても射程には余裕があるだろう。
クレスは『ニッセの合唱隊』も展開し、
「ジョミーくん、済まないねえ」
ウキグモを出てから何度目かの台詞であるがセレーネは言わざるを得ない気持ちだ。
「最悪の事態のときの時間稼ぎは任せてください」
『暴れるぞー』
マルコーが嬉しそうに言う。
『買収に応じてくれるといいですね』
ザインの台詞も何度目かだ。
「傭兵だからね。条件がいい方につくでしょう。ピグマリオンの杖の信憑性が疑われればいい方向に向くと思う」
セレーネは祈るしかない。不安が彼女の心を覆っている。だが、不安があるのは自分ではもうどうしようもないことだけだ。できることはやった。不確定要素には行き当たりばったりで対応するほかない。
荒野で、視界を遮るものは何もないが、道の先に廃坑を示すものもまた何もない。露天掘りなので荒野をすり鉢状に掘削してあるので見えないのだ。ただ、希に強風に飛ばされず残っている距離表示の木の看板が、距離を教えてくれる。
あと3キロほどで廃坑だと看板が示していた。関知魔法すら展開していないので斥候が潜んでいるかどうか分からないが、当然、向こうは確認済みだろう。
「作戦通りに進まなかったら、俺が一手に引き受けますから」
ジョミーは自信たっぷりに言う。
「じいちゃんが作ったマルコキアスは無敵ですよ」
「頼もしいね」
少年の目の輝きが眩しい。歳は2つしか変わらないのに、彼の目には希望の光が満ちている。恐れも知らず、ただ前を向いている。
「ジョミーくんは主人公みたいだね」
「どういう意味です?」
「自分の人生を自分で切り開いている。今回は巻き込んでしまったけれど――それでもまっすぐ進んでいる気がする。そういう人は、他人に流されることなく、自分の人生を生きられると思うよ」
セレーネは自分の今まで生きてきた道を思う。
「うーん、そうかも。あんまり悩んだことないし。なんとかなるものは、なんとかしてきたし。セレーネさんは違うんですか?」
「わたしはまっすぐなんて生きてないよ。足掻いて逃げて、それでも自分の希望を捨てずにここまでこれた」
ジョミーは首を傾げた。
「それ、言い換えただけですよ。セレーネさんは立派に自分の人生を自分で切り開いているじゃないですか」
「君は素直だな」
ものの見方が違うからそう言えるのだと思う。がんじがらめの自分とは違う。
「――じいちゃんは、厳しかったですよ。俺に対しては何でもスパルタでしたから。でもだから今、街の
「そうでなければクレスお兄ちゃんとは出会えなかったからね」
ジョミーは微笑む。
「分かってるじゃないですか。ああ、でも、これから戦地に赴くって言うのに、こんな話をできるの不思議です」
「ネガもポジも自分の力になっているってこと、自分の中に何があるか確かめて戦わないとならないのかもね」
なるほど。自分で言っていて納得する。
『ジョミーはじいちゃんに愛されていたぞ』
マルコキアスの言葉にジョミーは大きく頷いた。
馬車は廃坑の縁についた。
作業員用だったと思われる小屋が並んでいる以外は何もない。
通路はすり鉢状に深く掘られている採掘穴に続いている。渦巻き状に掘りながら大きく、深くなるのが露天掘りである。
縁から底を見ると少しかすんで見えた。
深さは120メートルほど。直径が1キロほどもあるので傾斜はたいしたことがない。技術的に鋭角に掘れなかったためだ。
廃坑の至る所に
人型だけではない。猛獣型や大型動物型、
底にアレク機械少佐の姿が見えた。
2人と2機は馬車から降り、ザインは馬を促し、馬車を遠くへやった。
『セレーネ様。気配が違います。展開装着した方がいいです』
「いきなりそんなこと、できるはずないでしょう」
『正論です――すぐ後ろにいますからね』
「わかった」
セレーネは1歩2歩と前に出て、すり鉢状になった穴の底を見た。
アレク機械少佐もくいと顎を上げて、視線をかわした。
「聞いているでしょう? わたしはあなたがた機械化猟兵団をまるごとスカウトします。人間になるなんて不確かなアイテムに頼るより、自分の力でこの世界で生き抜く方がいいに決まってる。わたしはその手助けができます!」
すり鉢状の斜面にセレーネの声が反響して、廃坑全体に響き渡る。
しかしその呼びかけにアレク機械少佐の反応はない。
学院の庭で語りかけてきた彼とは様子が違っていた。
『セレーネ様! 失礼!』
ザインは装甲を展開し、強制的にセレーネに自分の身体を装着させる。
直後、ほぼ全ての
「マルコキアス!
マルコキアスはオオカミ型から人型へ、人型から装甲を展開し、ジョミーと一体化する。 ダテンシ形態のマルコキアスは深い蒼色に変化し、翼と尾が展開して、伝承の堕天使を模した形態になる。
「いくぜ、マルコー!」
『合点!』
マルコキアスが廃坑の底へと跳び、今度は彼に攻撃が集中する。
しかしそれらの攻撃全てをマルコキアスの装甲ははじき返し、全くの無傷だ。
マルコキアスは1番近くにいた人型の
「戦闘力を
『無茶をいうさー』
「だって後で直すの、俺じゃん。面倒は少ない方がいい」
そして尾で脚をぶち折り、次の
「うは、マルコーくん、強いっ!」
数多の
『打撃戦闘であれば彼とジョミーさんは無敵ですよ。
ザインはそう言いつつ、索敵を続けている様子だ。セレーネの目にもそれが内部スクリーンを通して分かる。
「どうしてこうなった? 元々交渉の余地がなかったってこと? でも、そうじゃない、よね」
『お見込みのとおり。戦闘が単調です。まともじゃない。誰かに操られているんです』
スクリーン越しにもそれは分かる。遠隔攻撃型も近接攻撃型も応戦しているマルコキアスに集まっていくだけだ。
「いたね」
廃坑の底にいるアレク機械少佐の近くにローブを被った
『跳びます』
「使うよ! 出力は抑える!」
これ以上、機械化猟兵団の損害を増やしたくない。1発で決めたかった。
しかし貫けたのはその場に残ったローブのみ。
中の主は無音で退いた。
カーニバルマスクを被った
『動きが違う』
「人間だ」
カーニバルマスクの
『呪われし者だ』
ザインが自分の中のセレーネに言う。
「ってことは右手が
『あの杖と一緒に使えないってことでは?』
アレク機械少佐が突き入れつつ、胴体からグレネード弾を発射し、もろとも爆炎に包まれる。捨て身の攻撃に
「自分の身体が傷つくのも知ったことじゃないって?」
『許せない!』
呪われし者と思われるカーニバルマスクの
「万物流転の
機械化猟兵団の
奪う力と与える力――左の籠手と右の籠手が揃って、バランスが取れるのだ。
今、
「以前、
呪われし者の声だった。
「その光の
その先は言わなくてもわかる。
「アホか!」
セレーネはザインから光の
呪われし者は不意を打たれ、杖から光の槍の攻撃を遠ざけるが、自らの手の甲をかすってしまう。
「――なんだ! これは?」
呪われし者は杖を落とし、
「3ちゃん!」
『がんばる!』
空いた右の手のひらから昇華弾を放って杖を破壊しようとするが、
『もーらい!』
オオカミ型のマルコキアスが跳んできて、杖をくわえて更に跳んで呪われし者から距離をとる。
「ナーイス! って、ジョミーくんは!?」
『1人で戦っているさー』
ザインがスクリーンに斜面の方の画像に切り替えると、ジョミーは生身で数多の
「早く来い! さすがにもたないから!」
『だよね』
マルコキアスは杖を
ザイン=セレーネの手の内には謎の杖が残る。
もう用は済んだとばかりに呪われし者はその杖を狙って右の手のひらを向けた。
「まずい! フルバースト!」
『
ザインは
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