3日間は矢のように過ぎ去った。


 隠密にことを進める余裕はなかった。恐らく機械化猟兵団側に情報は筒抜けだろう。リリィに買収の話をしたのも、情報が漏れるのを承知の上でだった。リリィが離反者から情報を得るためには代償が必要だからだ。その甲斐あって、彼女から210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンの組み立て場所の情報がきた。ならば先方にこちらの意向は伝わったと考えるべきだ。


 機械化猟兵団がどう判断するのか、あとは座して待つ他ない。


 指定された露天掘りの廃坑までの道路はかつてはよく整備されていたが、採掘が終わった後は放置されたため、やや荒れていた。年間降水量が安定しないため、耕作には向かず、荒れ野が続いている。そんな中、道がまっすぐ続いている。最寄りの街から馬車でおおよそ2時間ほどと御者からは聞いていた。


 揺れる馬車に乗っているのはセレーネとザイン、ジョミーとマルコーの2人と2機だ。


 御者はザインが務めている。


 クレスはリリィからの情報を元に組み立て工場を突き止め、ウキグモの自警軍と一緒に移動後の足取りを追っているところだ。組み立て工場は廃坑から20キロあまり東にあり、ウキグモの中心部から60キロほどの距離にあった。移動しても射程には余裕があるだろう。


 クレスは『ニッセの合唱隊』も展開し、自律型自走砲オートマシンカノンの無限軌道の跡を探す、地道な探索をしている。自警軍の協力があるとは言え、無限軌道跡は随伴の武装自動人形アームド部隊が消すし、荒野のため強風も味方する。追跡は遅々として進んでいない様子だった。


「ジョミーくん、済まないねえ」


 ウキグモを出てから何度目かの台詞であるがセレーネは言わざるを得ない気持ちだ。


「最悪の事態のときの時間稼ぎは任せてください」


『暴れるぞー』


 マルコーが嬉しそうに言う。


『買収に応じてくれるといいですね』


 ザインの台詞も何度目かだ。


「傭兵だからね。条件がいい方につくでしょう。ピグマリオンの杖の信憑性が疑われればいい方向に向くと思う」


 セレーネは祈るしかない。不安が彼女の心を覆っている。だが、不安があるのは自分ではもうどうしようもないことだけだ。できることはやった。不確定要素には行き当たりばったりで対応するほかない。


 荒野で、視界を遮るものは何もないが、道の先に廃坑を示すものもまた何もない。露天掘りなので荒野をすり鉢状に掘削してあるので見えないのだ。ただ、希に強風に飛ばされず残っている距離表示の木の看板が、距離を教えてくれる。


 あと3キロほどで廃坑だと看板が示していた。関知魔法すら展開していないので斥候が潜んでいるかどうか分からないが、当然、向こうは確認済みだろう。


「作戦通りに進まなかったら、俺が一手に引き受けますから」


 ジョミーは自信たっぷりに言う。


「じいちゃんが作ったマルコキアスは無敵ですよ」


「頼もしいね」


 少年の目の輝きが眩しい。歳は2つしか変わらないのに、彼の目には希望の光が満ちている。恐れも知らず、ただ前を向いている。


「ジョミーくんは主人公みたいだね」


「どういう意味です?」


「自分の人生を自分で切り開いている。今回は巻き込んでしまったけれど――それでもまっすぐ進んでいる気がする。そういう人は、他人に流されることなく、自分の人生を生きられると思うよ」


 セレーネは自分の今まで生きてきた道を思う。


「うーん、そうかも。あんまり悩んだことないし。なんとかなるものは、なんとかしてきたし。セレーネさんは違うんですか?」


「わたしはまっすぐなんて生きてないよ。足掻いて逃げて、それでも自分の希望を捨てずにここまでこれた」


 ジョミーは首を傾げた。


「それ、言い換えただけですよ。セレーネさんは立派に自分の人生を自分で切り開いているじゃないですか」


「君は素直だな」


 ものの見方が違うからそう言えるのだと思う。がんじがらめの自分とは違う。


「――じいちゃんは、厳しかったですよ。俺に対しては何でもスパルタでしたから。でもだから今、街の自動人形オートマタの面倒を見てやれるし、拳一つで自分の身を守ることもできる。セレーネさんの歌からは今、あなたが言ったようなことは感じ取れないです。きっと心の底では感謝している」


「そうでなければクレスお兄ちゃんとは出会えなかったからね」


 ジョミーは微笑む。


「分かってるじゃないですか。ああ、でも、これから戦地に赴くって言うのに、こんな話をできるの不思議です」


「ネガもポジも自分の力になっているってこと、自分の中に何があるか確かめて戦わないとならないのかもね」


 なるほど。自分で言っていて納得する。


『ジョミーはじいちゃんに愛されていたぞ』


 マルコキアスの言葉にジョミーは大きく頷いた。


 馬車は廃坑の縁についた。


 作業員用だったと思われる小屋が並んでいる以外は何もない。


 通路はすり鉢状に深く掘られている採掘穴に続いている。渦巻き状に掘りながら大きく、深くなるのが露天掘りである。


 縁から底を見ると少しかすんで見えた。


 深さは120メートルほど。直径が1キロほどもあるので傾斜はたいしたことがない。技術的に鋭角に掘れなかったためだ。


 廃坑の至る所に武装自動人形アームドの姿が見えた。


 人型だけではない。猛獣型や大型動物型、戦闘戦車チャリオットに上半身の騎兵が載ったもの、車輪の両輪から蛇型のアームが無数に伸びているものなど、翼を持つ神話型のものなど50体以上いる。


 底にアレク機械少佐の姿が見えた。


 2人と2機は馬車から降り、ザインは馬を促し、馬車を遠くへやった。 


『セレーネ様。気配が違います。展開装着した方がいいです』


「いきなりそんなこと、できるはずないでしょう」


『正論です――すぐ後ろにいますからね』


「わかった」


 セレーネは1歩2歩と前に出て、すり鉢状になった穴の底を見た。


 アレク機械少佐もくいと顎を上げて、視線をかわした。


「聞いているでしょう? わたしはあなたがた機械化猟兵団をまるごとスカウトします。人間になるなんて不確かなアイテムに頼るより、自分の力でこの世界で生き抜く方がいいに決まってる。わたしはその手助けができます!」


 すり鉢状の斜面にセレーネの声が反響して、廃坑全体に響き渡る。


 しかしその呼びかけにアレク機械少佐の反応はない。


 学院の庭で語りかけてきた彼とは様子が違っていた。


『セレーネ様! 失礼!』


 ザインは装甲を展開し、強制的にセレーネに自分の身体を装着させる。


 直後、ほぼ全ての武装自動人形アームドから遠隔攻撃が加えられる。レーザーや銃弾を始めとして鋼鉄の矢、電撃、榴弾、巨大な岩の投石など、考えられる限りの遠隔攻撃が始まった。


 潜むものダイバーⅢが防御障壁を展開してそれらを受け止め、ジョミーが叫ぶ。


「マルコキアス! 変形アルター! ダテンシ形態モード!」


 マルコキアスはオオカミ型から人型へ、人型から装甲を展開し、ジョミーと一体化する。 ダテンシ形態のマルコキアスは深い蒼色に変化し、翼と尾が展開して、伝承の堕天使を模した形態になる。


「いくぜ、マルコー!」


『合点!』


 マルコキアスが廃坑の底へと跳び、今度は彼に攻撃が集中する。


 しかしそれらの攻撃全てをマルコキアスの装甲ははじき返し、全くの無傷だ。


 マルコキアスは1番近くにいた人型の武装自動人形アームドに刹那の間で接近し、力任せに両腕を掴み、胴体から引きちぎる。


「戦闘力をぐだけだからな!」


『無茶をいうさー』


「だって後で直すの、俺じゃん。面倒は少ない方がいい」


 そして尾で脚をぶち折り、次の武装自動人形アームドに跳ぶ。


「うは、マルコーくん、強いっ!」


 数多の武装自動人形アームドに囲まれながらも文字通りちぎっては投げ、投げた武装自動人形アームドを別の無傷に武装自動人形アームドに当てている。無双状態だ。


『打撃戦闘であれば彼とジョミーさんは無敵ですよ。極希少魔法武具アーティファクトの、神話のオオカミのたてがみを編んだ装甲で覆われているんです。魔法力を通すとその装甲はこの世で1番堅いんで、もうやりたい放題。マルコー単体だと魔晶石が必要なんですけど――3段変形なんて隠し技があったなんてショックです』


 ザインはそう言いつつ、索敵を続けている様子だ。セレーネの目にもそれが内部スクリーンを通して分かる。


「どうしてこうなった? 元々交渉の余地がなかったってこと? でも、そうじゃない、よね」


『お見込みのとおり。戦闘が単調です。まともじゃない。誰かに操られているんです』


 スクリーン越しにもそれは分かる。遠隔攻撃型も近接攻撃型も応戦しているマルコキアスに集まっていくだけだ。


「いたね」


 廃坑の底にいるアレク機械少佐の近くにローブを被った武装自動人形アームドが寄り添っている。アレク機械少佐は射撃をしているが、その武装自動人形アームドに動きはない。


『跳びます』


「使うよ! 出力は抑える!」


 これ以上、機械化猟兵団の損害を増やしたくない。1発で決めたかった。


 潜むものダイバーⅢが廃坑の底に跳び、同時にセレーネが媒介カードを出現させると、無数の魔法弾が出現、収束し、武装自動人形アームドたちからの射撃を吸収しつつ光り輝く槍を形成する。


 潜むものダイバーⅢはその槍を手に、防御に入るアレク機械少佐の持つ銃剣の先をたたき切り、側にいるローブを被った武装自動人形アームドを貫く。


 しかし貫けたのはその場に残ったローブのみ。


 中の主は無音で退いた。


 カーニバルマスクを被った自動人形オートマタだった。その自動人形オートマタは左手に杖を、右手に籠手を装備している。


『動きが違う』


「人間だ」


 カーニバルマスクの自動人形オートマタが杖をふるうとアレク機械少佐が両腕から近接戦闘用の短剣を手の甲から展開させ、潜むものダイバーⅢに突き入れてくる。彼の基本性能がわかるいい突きだったが、分かる分、避けやすい。


 潜むものダイバーⅢは受けるまでもなく1歩引いて、その刃をかわす。


『呪われし者だ』


 ザインが自分の中のセレーネに言う。


「ってことは右手が万物流転の神ヘルメスの籠手? なぜに右だけ?」


『あの杖と一緒に使えないってことでは?』


 アレク機械少佐が突き入れつつ、胴体からグレネード弾を発射し、もろとも爆炎に包まれる。捨て身の攻撃に潜むものダイバーⅢも軽微だが損傷を受ける。もちろんアレク機械少佐も損傷を受けていた。


「自分の身体が傷つくのも知ったことじゃないって?」


『許せない!』


 呪われし者と思われるカーニバルマスクの自動人形オートマタはその隙に潜むものダイバーⅢの側面に回り込んでいた。


「万物流転のヘルメス、与えよ」


 機械化猟兵団の武装自動人形アームドたちに影に潜む魔法を付与した力が今、潜むものダイバーⅢに発現された。


 奪う力と与える力――左の籠手と右の籠手が揃って、バランスが取れるのだ。


 今、潜むものダイバーⅢに与えられたのは第5階位魔法、重圧プレスだった。それも体重の5倍以上の重圧がかかる強力なものだ。最上位の魔道士が用いるレベルだ。


 潜むものダイバーⅢの動きは極めて鈍り、ザインはカーニバルマスクの自動人形オートマタに掌底を放って距離をとるのが精いっぱいだ。


「以前、重圧プレスをたっぷり吸収する機会があったのでね」


 呪われし者の声だった。


「その光のサイコ・スピアは未完成のようだな。残念だ。次の段階に移るとするよ」


 その先は言わなくてもわかる。自律型自走砲オートマシンカノンを稼働させて、ウキグモに砲撃を加えるのだ。止めるためには完成させた光のサイコ・スピア自律型自走砲オートマシンカノンの防御魔法を突破しなければならない――と考えているのだろう。完成させ、左の万物流転のヘルメスの籠手でそれを奪おうというのだ。


「アホか!」


 セレーネはザインから光のサイコ・スピア――に見えるものの全コントロールを取り戻し、出力を最小まで下げて操作に専念し、呪われし者の左手が持つ杖を狙う。


 呪われし者は不意を打たれ、杖から光の槍の攻撃を遠ざけるが、自らの手の甲をかすってしまう。


「――なんだ! これは?」


 呪われし者は杖を落とし、潜むものダイバーⅢの重圧プレス範囲に入って地面にぴたりとつく。セレーネはコントロールできなくなる前に光の槍を消滅させる。


「3ちゃん!」


『がんばる!』


 空いた右の手のひらから昇華弾を放って杖を破壊しようとするが、重圧プレスの重力補正が不十分で杖の周りに着弾、杖は宙に舞う。


『もーらい!』


 オオカミ型のマルコキアスが跳んできて、杖をくわえて更に跳んで呪われし者から距離をとる。


「ナーイス! って、ジョミーくんは!?」


『1人で戦っているさー』


 ザインがスクリーンに斜面の方の画像に切り替えると、ジョミーは生身で数多の武装自動人形アームドと拳をかわしているのがセレーネにも確認できた。


「早く来い! さすがにもたないから!」


『だよね』


 マルコキアスは杖を潜むものダイバーⅢに渡すと刹那の早さで武装自動人形アームドを蹴散らしつつジョミーのもとに戻り、再装着、ダテンシ形態に戻る。

 ザイン=セレーネの手の内には謎の杖が残る。


 もう用は済んだとばかりに呪われし者はその杖を狙って右の手のひらを向けた。


「まずい! フルバースト!」


了解コンセント!』


 ザインは潜むものダイバーⅢのメイン噴射機とスラスターの推力を一致させて、離脱、呪われし者の手のひらの前から逃れる。

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