第6章 大規模テロ計画

 リリィがアレク機械少佐からの手紙を持ってきたのは、それから1週間ほども過ぎた宵の口だった。


 セレーネはアパートメントに戻り、この1週間、音楽活動をメインに過ごしていた。


 最終階位魔法を完成させるのは諦め――そもそも違うものだったのだが――決して完成させてはならないものだと分かってはいかにお転婆なセレーネといえども大人しくしているしかなかった。


 また、いつギターを弾けなくなるのかと思うと、五線譜にメロディーをかき込みたくて仕方がなかったからというのもある。実際、歌詞も幾つも浮かんできて、遂行するのが大変なほどだった。


 ある意味、幸せだとも思えた。


 また、バスターが父からの回答を持ち帰ってきた。それは彼女が満足する内容だったので、セレーネは次の展開を考えなければならなかったが、早めにリリィに伝言を託すのも手だと考えた。このまま何も起きず、ウキグモの街が平穏なまま、状況の転換を図りたかったからだ。しかしそれよりも早くアレク機械少佐から手紙が届いてしまった。少なくとも、想定していたテロが今まで起きなかったことは救いといえた。


『なんて書いてありました?』


 アパートメントでリリィがセレーネに尋ねる。ザインも心配そうだ。


「南方に50キロくらいいった荒野の中に鉄鉱石を露天掘りした廃坑があるらしいんだけどそこに呼び出された。3日後の正午。連絡をよこしたということはピグマリオンの杖を使って人間になる道を選んだのかな」


『細かいことは聞かされていません。ただ、まだ意見は分かれたままみたいな話は聞きました。離反者も出ているようです』


「良かったのか悪かったのか」


『あと、別口の話ですが、この1週間で210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンの調整を終えたらしいですよ』


「いやいやぜんぜん別口じゃないよ。つまりこの手紙ってウキグモをまるまる人質にした脅しじゃん。最後通牒だよ」


 セレーネは自分の頭から血の気が引くのが分かった。


 別に要塞を攻略するわけではないから、徹甲砲弾でなくてもいい。榴弾なら射程は120キロ以上になる。防御魔法で砲身を強化してある210ミリ砲は5分間で1発撃てる。移動しながら撃たれれば位置の特定に時間が掛かるし、通常兵器での即時応戦はまず不可能だ。その上、強力な魔法障壁があるというのだからかなりやっかいだ。


「まさかこんなに早く組み立て終わるなんて。起動のエネルギーはどうしたんだろう?」


『ハイランダー卿が魔晶石を大量に持っていたとかそんなところでは?』


 ザインが冷静にいう。魔晶石とは魔法力を圧縮して維持したアイテムで、高額だが市場流通もしているものだ。全長30メートルの武装自動人形アームドを動かすのにどれほど必要なのかセレーネにはわからないが、膨大な量であることは想像できる。


「金持ちめえ。それならこっちも金の力に頼ってやる。リリィちゃん、お返事託すよ」


『もちろん。どんな?』


「『指定の時間に行くから、覚悟決めて待っていやがれ!』って」


『うわー。お嬢様の台詞とはとても思えない台詞です』


「お兄ちゃんにも来て貰わないと」


『了解しました。行ってきます』


 ザインはセレーネの影に溶け、すぐに影から出てきた。


「え、何その不思議な便利機能。影に隠れただけと違うじゃん」


潜むものダイバーはマスターとセカンドマスター間は影を通してお側にいけるのです』


「ずっるーい! お兄ちゃんといつも一緒ってこと? わたしも連れてけ!」


『いや、生身の人間には無理です』


階級非該当クラスレスを嘗めるなよ。いつかやってみせるからな!」


『クレス様のプライバシーがなくなりますね』


「好きな人とはいつも一緒にいたいの!」


『推しの過剰摂取はよくないですよ!』


 リリィにバシっと言われ、セレーネはしゅんとする。


「うん。それも分かってる」


『マルコーとジョミーさんにも付き合って貰わないと』


「付き合ってくれるかな?」


『絶賛売り出し中の正義の味方ですよ。きっときてくれます』


「そうだったね。あとは地図かあ」


 セレーネのアパートメントにはウキグモの街の20万分の1の大雑把な地図しかなかったが、それでも5キロで3センチほどもある。210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンの射程120キロはウキグモの街の中心を狙うにしても遙か地図の外だった。


「やばいやばいやばい。廃坑とウキグモ中心部の位置関係で場所特定なんか絶対できない。射程120キロってすごい!」


『いや、それはそうですよ。そうでないと建造する価値がない』


「やっぱり物量が必要ね。でもそれはわたしにはないものだわ」


 セレーネは悔しく思う。なんとしてでも機械化猟兵団の凶行を思いとどまらせなければならない。たとえそれが自分を餌にしてもだ。しかし自分の手の内にあるものを冷静に思い返せば、打つ手はあった。


「はっ! 物量。ある。3ちゃん、まずはジョミーくんの家に行くよ。彼がわたしのファンで本当に良かった」


『またただならぬことを考えていますね』


「リリィちゃんも付き合ってね! さあ、行くぞ!」


 セレーネがアパートメントの階段を小走りで降りると、分解男と出くわした。リリィの監視をしていたのだろう。


「嬢ちゃん、血相変えてどうした?」


 小走りで馬車鉄道の停車場まで急ぐセレーネと2機についてくる。今日は時間を優先して馬車を選んだ。


「ちょうどいい! 走りながらわたしの話を聞いて!」


 セレーネは機械化猟兵団からの手紙と210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンの話を包み隠さずしてしまう。クレスにあとで何か言われるかも知れないが、今は時間が惜しい。役所は動くのが遅いのだ。


「マジか! いや、その情報はこっちでも――しかし完成していたのならその危惧は正しいぜ」


「じゃあ、局員さん動かせる? 着弾点と軌道から位置を特定する必要がある。でも直径40キロもあるウキグモ全体を監視するなんてこと、わたしじゃ不可能なんだ」

「わかった。上司に報告した上だが、たぶん、そっちで動かせると思う。市警も協力して動くだろう。非常事態だ。210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンか。オレが若いときの無音爆撃サイレントボマーじゃねえか。なんとかしないとな!」


「報告はウチのエージェントのバスターっていう人を差し向けるからよろしく」

 セレーネたちは馬車鉄道に飛び乗り、分解男は自動人形管理局に戻るために走って行く。ザインはキャビン上の席でセレーネに聞く。


『公権力を使いますね?』


「機械化猟兵団は市長が挨拶したコンサートをぶっ潰したからね。お役所が動かないはずがない。だけど着弾点を無事観測できたとしてもそれらの情報を統合するのに時間が掛かる。それを短縮するために、ジョミーくんの家にあると思われる自動飛行機械の類いを使う。上空に常時待機させて、信号灯で中継する」


『そう上手くいけばいいんですが』


「自動人形管理局にも自動飛行機械の類いは2、3機あるだろうから、それを加えてジョミーくんに行動を統合して貰う」


自律型自走砲オートマシンカノンを見つけたとしてそこまでどうやってたどり着くんですか。機械化猟兵団とコンタクトするんでしょう? まず邪魔されますよ。それにたぶん、距離もすごくある。5分に1回は撃てるんですよ。たどり着く前にウキグモは瓦礫の山にされています』


「買収する」


『ええ?!』


 ザインとリリィは同時に声を上げた。


「監視網は交渉に失敗したときのための保険。本命は機械化猟兵団をまるごと買い取ること。もちろん、自律型自走砲オートマシンカノンごとね。父様の許可は下りた。機械化猟兵団を全部買い取って、わたしが機械化猟兵団改め、機械化警備会社マシンナリーガードの社長になる」


『さすが財閥のお嬢様。目の付け所が違う』


「機械化猟兵って、要は戦争が終わって職にあぶれた傭兵集団でしょう? 今、大陸横断鉄道の護衛力強化が喫緊の課題なの。機械化猟兵団の規模ならちょうどいいし、手練れ揃い。自律型自走砲オートマシンカノンは軌道上も走れる仕様だし、これ以上はない即戦力だよ」


『でも、みんな犯罪に手を染めているんですよ。そううまく行きますか?』


 リリィがセレーネを不安げに見た。


「そこは最高の弁護士をつけて執行猶予にさせる。なんなら大陸横断鉄道の警備を懲役代わりにでもする。大陸横断鉄道の護衛力強化はウキグモ経済界の悲願だから、なんとかなるでしょ」


『そこまで考えて……』


「父様もさすが私の娘だって褒めてくれたのよ。でもこれでクレスお兄ちゃんとの結婚は遠のいたわ……だから本当はやりたくなかった」


『ああ……』


 商才を発揮させた娘をそう簡単に嫁がせるとも思えない。


『じゃあ、私も雇ってくれますか?』


 リリィがセレーネを見つめた。


「リリィちゃんはね、警備会社で雇うんじゃなくって、3ちゃんの代わりにウチに呼びたいの~」


『ボク、お役御免ですか』


「影の間で行き来ができるのなら別に3ちゃんがわたしの近くに居なくても大丈夫だし。リリィちゃんの方が何かと器用でいいよね」


『なるほど。ボクの方もクレス様が近い方がなにかと安心です』


『ぜひ、私を雇ってください!』


「この事件が終わったらね」


 セレーネはリリィの頭を撫でる。


「けど、3ちゃんのいうとおり、廃坑と自律型自走砲オートマシンカノンの配備場所が離れていたら手の打ちようがない。実際には指揮官がいる廃坑と連絡が取れる場所に配備するはず。わたしたちと同じように自動飛行機械を使って信号灯の距離を伸ばしても実用的なのは20キロくらいでしょう。十分遠い。有線の電信だったら数キロか。こっちの方が秘匿性が高いかもしれない。発射音は魔法で消せるし、昼間なら発射炸薬の閃光もみえないだろうし、即応性を優先して近くの配備でいいと判断するかも」


『賭けですね』


「買収できて、戦闘を避けられれば最高じゃない? マルコーくんが言ってたよね。 『人間になったら、それはもうオレじゃない』って。人間は人間で、自動人形オートマタ自動人形オートマタでいいと思うの。だってそのようにこの世界に生まれたんだもの。人間は、自動人形オートマタに人間と同じような気持ちがある以上、尊重しなければならない。でも、人間が尊重していないから人間になりたい自動人形オートマタなんてのが現れるわけで。まずは生存権を脅かされないように経済的に保証してあげれば、少しずつかもしれないけど、きっと、2者の関係はいい方に向かっていくと思う」


 セレーネは鼻息を荒くし、両の拳を固く握りしめる。


『セレーネ様、その未来を実現するために私も頑張ります。だって当事者ですもの』


 リリィもセレーネの真似をして両の拳を固く握りしめた。


 人間と自動人形オートマタ


 似せられて作られた存在であっても、似せられたという時点で両者は異なる存在だ。


 しかし会話を続け、気持ちを確かめ、お互いのことを思えば、きっとお互いが理解しあえるはずだと、セレーネは今のリリィを見て思う。


「もしリリィちゃんが自律型自走砲オートマシンカノンの場所を突き止められればいいんだけど――さすがに無理よね」


『それは無理ですね。離反者がいますから彼らがどれくらい知っているかによりますが、組み立ては大きな施設だったでしょうから、移動したとしても見当くらいはつくのではないかと思います』


「なるほど。期待少なめで待つか。あと、買収の話は内緒でお願いね。直接交渉じゃないとインパクト足りないから」


『わかりました』


 馬車は鉄道馬車の停車場に到着し、下車。故カスク博士邸に赴く。


 ジョミーとマルコーは幸い在宅で、セレーネが状況を話すとジョミーはすぐに作戦を理解した。


「もちろん俺は廃坑にご一緒させてもらえるんでしょうね」


「願ってもないよ」


「市当局には俺の方も――いや、じいちゃんの知り合いが多いから、連絡します。自動飛行機械の管制はウチの自動人形オートマタに任せます。誰かこちらサイドで仕切ってくれる人がいればいいんですが」


「それは心当たりがあるよ」


 もちろんバスターのことだ。


 ジョミーにはサインどころかプライベートでライブをすると約束し、故カスク博士邸を出るとバスターが出待ちしていた。


「大急ぎで行くから追いかけるのがたいへんでしたぞ」


「バスターさん! 超、お仕事頼んでいい?」


「また老体をこき使う……」


 バスターはぶつぶつ言いながらセレーネから計画を聞き、がっくりと肩を落とす。


「どうしてお嬢様はいつもいつもやっかいごとに巻き込まれるんですか。というか、これ、今までで最大級の厄災ですよね。お父様になんていわれることか……」


「父様なら『商売に障害はつきものだ!』って言ってくれるわ!」


「目に浮かびますな」


「失敗はできない。いろいろな意味で」


「大陸横断鉄道を砲撃されたら株価ストップ安間違いなしですからな」


「そこは考えなかったなあ」


「わかりました。ウキグモ支社の実働部隊に自動飛行機械と市当局のつなぎをさせます。支社長に電話もいれさせましょう。これで市長もすぐ動くはずです」


「よろしく。あとはクレスお兄ちゃんと話さないとならないから、実際の作戦立案は任せたよ!」


「またこき使う……」


「トップのアイデアを現実的に翻案して実行するのが部下の務めでしょう」


「不可能だったら進言するのも部下の勤めですが、今回はそんなことを言っている場合ではありませんからな。全力を尽くします」


 バスターはにやりと笑う。セレーネも少し笑ってしまう。


「嫌いじゃないでしょう? こういうキリキリした感覚」


「長い人生です。もう何度も何度もイヤだ、もう逃げたいって思いましたが、その都度、なんとかなりました。キリキリした感覚が有る限り、なんとかなるもんです」


「さすがバスターさん、頼りになる。わたしも嫌いじゃないんだ、こういう感覚」


「では、早速取りかかります」


「よろしく。じゃあ、行くね」


 バスターはまた鉄道馬車に飛び乗り、セレーネと2機はクレスの幽霊屋敷へと急ぐ。


 今回のアイデアを全て形にして全力を尽くす。


 あとは交渉に失敗したとき、距離はともかく、邪魔される中、自律型自走砲オートマシンカノンへどうやってたどり着くか、だ。


 今はアイデアが浮かばない。しかし何か方法はあるはずだ。クレスと知恵を出し合えばなんとかなる。そう信じるほかない。少なくともウキグモのようなメトロポリス全体を覆う防御魔法は存在しないし、亜音速で落下する砲弾を迎撃する術もないのだから。


 セレーネは、自分が失敗すれば市民に被害が出ることに心を痛める。


 しかしそれは力を持つ者には必ず伴うものだと諦めるしかない。


 その代わり、バスターが言っていたように全力を尽くすのだ。

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