第4章 思いついた!

 ジョミーの家はセレーネのアパートメントから歩ける距離にあった。もちろん2機は家の場所を知っていたから、行くのに困らなかったが、セレーネは生身の人間である。そろそろお腹にものを入れないと厳しい。魔法を使うとお腹が極端に減るのでできれば3食きちんととりたいのである。


 そこで馬車鉄道を商店街の入り口で降りて買い食いすることにした。


 またコロッケを食べて、それだけでは足りないのでフライドチキンも食べ、ガレットを4個も放り込めば女の子のセレーネは満足する。胃が丈夫なのが魔道士の重要な資質なのだが、自分はその資質に恵まれていると思う。


 もうザインもお行儀悪いと言わなくなり、商店街の中を歩きながら食べ、みなさんに挨拶して愛想を振りまいて、商店街を抜ける。


 自分は自由だと思う。


 家に居たときの堅苦しさはここには全くない。歌を歌うのとはまた別の意味で、自分の自由を表現できる場所がここだった。


『美味しそうに、幸せそうに食べているのを見ると人間になりたくなりますね』


 ザインは笑い、リリィも大きく頷く。


『分かる~~』


「そっか。そうだよね。今のところこれは人間の特権か」


 セレーネは少し考えてしまう。


 人間のように考え、感情を持っているようにふるまう自動人形オートマタと人間である自分は大して変わらない。痛いものを痛いと思い、相手が痛そうにしていたら、心配したり気遣いをする。その意味では一部の人間ができない気遣いを自動人形オートマタはすることができるのだから、どちらが『人間らしい』のか。


 そう悩んでしまう。


 商店街から少し歩いただけで古い住宅街に入った。1世紀以上前に開発された街区で今となっては幽霊屋敷になってしまったような建物もあるが、古式ゆかしいまま暮らしている大きなお屋敷もたくさんある。


 その中でも比較的広い敷地の大きなお屋敷がジョミーが住む故カスク博士のお宅だった。


「ノーアポかあ」


 セレーネのためらいを無視して、ザインが呼び鈴を鳴らすと、大きな門が自動的に開いて、敷地の中に1人と2機を招き入れた。2機が驚いている様子がないところをみるといつもこんな感じなのだろう。


 大きなお屋敷の扉も自動的に開き、玄関ホールに通される。


 右手の応接間ドローイングルームから談笑の声が聞こえてきて、セレーネは自分の血が頭に上がるのを感じた。


 応接間ではジョミーとマルコー、そしてクレスがお茶をしながら談笑していたのだ。


「いつも忙しいって言って、わたしとはろくに会ってもくれないのに、昨日、友達になったばかりなのにいきなりお家にお邪魔しているとか何よ! この浮気者~!!」


「え、あ、その、落ち着いてセレーネ、これには訳が」


 クレスは立ち上がってセレーネのぽかぽかパンチを受ける。


 そしてクレスはそっと彼女の背中に手を回し、セレーネはパンチを止める。


 セレーネはこれで十分幸せを感じ、彼の胸に顔を埋める。


「えへへ。お兄ちゃんのにおいだ」


『セレーネ様恐い。絶対、浮気できませんね』


『ザインさん、最初から浮気って言葉が出ること自体、不埒です』


「リリィちゃん! いいこと言う!」


 セレーネがリリィに目を向けると彼女は嬉しそうな表情をした。


「僕は『ニッセの合唱隊』を久しぶりに使ったからメンテナンスしてくれる人を紹介して貰おうと思ったんだ。そうしたらジョミーくんが自分でできるっていうから助かってしまったよ。あと、相談かな」


「それならそうと言ってくれればいいのに~」


 セレーネの言葉の語尾はもう、ハートマークである。


「メンテナンスは俺でもできますけど、これ以上の戦闘力を付与するのは難しいですね。そもそも11体同時に動かすことですら神業です。その上、戦闘行動をピアノの旋律に乗せるなんて、2重の意味で無理です。じいちゃんなら、わかりませんけど」


 テーブルの向かいに座っていたジョミーが立ち上がり、クレスに説明する。


「だよね。まあ、攻撃力が高い戦闘行動をピアノに乗せるのはたぶん、できると思うんだけど――カスク博士にお願いしたときは無理だと思っていたんだ。無駄とも思っていたし」


「普通の戦闘力はもうありますよ。それと精度をあげることは俺にもできると思います」


「頼むよ」


 クレスはテーブルの上の『ニッセの合唱隊』に目を向けた。


 テーブルの上のそれは普通の人形の姿をしているが、いざ稼働するときには等身大に戻ることもできる、マルコキアスと同様、故カスク博士の傑作だ。汎用性という意味ではマルコキアスを上回るだろう。


「あと、昨日、マルコーが食いちぎった左腕ですけど、やっぱり戦時中の武装自動人形アームドでしたね。機械化猟兵団が戦争の生き残りって話は本当だと思います」


「その話なら、今日、続きがあったんだ」


 セレーネは学院の庭で起きた出来事をつぶさに話す。


『オレがいれば一網打尽にしてやったのに』


 マルコーが天を仰ぐが、クレスがまあまあと落ち着かせる。


「話をしにきた相手とのコミュニケーションをとらないのはいろいろまずいから、これでよかったと思うよ。しかし彼らが襲わなかった本当の理由はザインくんとリリィちゃんがいてくれたからだと思う。僕の小さなセレーネを守ってくれてありがとう。特にリリィちゃん、君がいたからこそアレク機械少佐は戦闘を躊躇したのかもしれない」


『どうして、ですか?』


 不思議そうな表情を作るリリィにクレスが答える。


武装自動人形アームドだろうと人間だろうと非戦闘員に自分の戦っている姿を見せたくないものだよ。それは残酷なことだから」


 セレーネにその言葉の意味はわからない。男特有のものだろうかと思う。


「立ち話も何ですから、座りましょうよ、みなさん」


 ジョミーに促され、クレスとセレーネはソファに一緒に座る。セレーネはクレスにべったりくっついたままだ。


 ザインとリリィも言われるがままに椅子に腰掛ける。


「で、お兄ちゃん、ジョミーくんに相談って何?」


「マルコーくんの力を借りたかったからね。アレク機械少佐の話が本当なら、光の槍サイコ・スピアをセネーネに完成させようとしてこれからも断続的に攻撃を仕掛けてくる」


 ジョミーが首をひねる。


「完成させない方がいいじゃないですか。敵の目的の1つを殺げる」


「そこなんだ。つまり、光の槍サイコ・スピアでないと貫けないものを用意してくるのではないかと恐れているんだよ」


『ディスられた』


 ザインがボソっといい、クレスに視線を向けた。


「そーなんだー」


 クレスは期待を込めた目でザインを見た。


「え、なになに、その、私が知らない関係性が構築されているワケ??」


 セレーネは大いに焦り、ザインが即答する。


『なんとクレスさんがボクの真のご主人さまだったのです!』


「うわ! なんとNTRイベント発生!」


 セレーネは仰天する。


「僕がザインくんを奪ったの?」


「お兄ちゃんを3ちゃんにとられたの! 冗談はさておき、これで主人(仮)の(仮)がとれてしまったのか。早かったなあ」


『普段のご主人はセレーネ様に変わりありませんよ』


「え、どゆこと?」


「君を守るためだけの主従関係ってことさ」


 クレスはセレーネの理解できないことをいう。でも、嬉しい。


「分からないけどお兄ちゃんがそういうならそれでいい」


 再びぴたっとクレスにくっつくセレーネだった。


「ああ、セレーネさんの歌詞が甘々なの、なんでかよくわかりました」


 ジョミーが目を細める。


「あれは普段、お兄ちゃんにくっつけないので願望が言葉になって出てきているのです」


「歌詞の中の君と僕が目の前にいるのは新鮮です。ああ、サイン忘れずにお願いします」


「忘れてた」


 応接間に笑い声がこだまする。


 忘れないうちにサインを貰い、ジョミーは感慨深げに色紙を抱く。


「あと、新学期からは後輩なのでご指導よろしくお願いいたします」


「お、中央学院なんだ。よろしく後輩」


 セレーネはソファから立ち上がり、ジョミーの頭をぐりぐりと撫でる。


『オレ、セレーネ様についた方がいいですか?』


 マルコーがジョミーに指示を仰ぐ。


「しばらく手が空かなさそうだし、家にいても暇だろ」


『やったー!』


 ザインとマルコーが手を取り合って喜ぶが、セレーネは苦笑いだ。


「ウチ、ワンルームなんですけど」


「いや、僕の家にくればいい」


 クレスがさらっと言ったが、セレーネは心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。


「えええええええええ! それはマズいでしょう!」


「監視の目があるけど、非常事態だし」


「やったー! 苦節10年、ついにこの日が来た~~!!」


『セレーネ様、心の声が漏れています』


「心の声は『そんな、婚約もまだなのにお泊まりなんて……』です」


『逆です。そっちを声に出すべきなんです』


 クレスはなんとも複雑そうに笑みを浮かべる。


『私も仕事が終わったら遊びに行ってもいいでしょうか?』


 リリィがクレスを見て、クレスは頷く。


「もちろん、歓迎だよ――ああ、幽霊は大丈夫だよね。自動人形オートマタでも女の子だから、幽霊がダメだと、ウチ、無理だから」


『?』


「ウチ、文字通りの幽霊屋敷だから」


「へええ。落ち着いたら俺も行きたいです」


「友達は大歓迎だよ」


『幽霊なんかへっちゃらです』


 リリィはガッツポーズだ。マルコーとザインと3機で手をつないでぐるぐる回る。


「それなら善は急げでお兄ちゃんの家に――じゃない、じゃないよ。ピグマリオンの杖について調べに来たんだった!」


「ああ、さっきのアレク機械少佐が言っていたっていう極希少魔法武具アーティファクトですね。じゃあ、お茶が終わったら調べさせますよ」


 ジョミーがそういうと、ちょうどワゴンがやってきて、お茶セットを載せてきた。


 マルコーが器用に人間の分をテーブルにセットする。


「もしかして全部自動なのかい?」


 クレスが唖然としたように言う。ジョミーは小さく頷く。


「ええ。この家が自動人形オートマタみたいなものですから」


 なるほど自動で門も扉も開くわけである。認識機能もあるに違いない。


 お茶の時間を過ごした後、地下の図書室へ行く。図書室は空調も完璧だ。扉を開けると、ブックワゴンに2冊、本が載っていた。その本をジョミーがセレーネに手渡す。


「はい、セレーネさん。調べがつきましたよ」


「本を探すのも自動なんて。こういうのはみんなで時間かけて本の棚を隅々まで見て、本が崩れてきて見つかるとかいうイベントがつきものでは~」


 そう嘆きつつ、セレーネは皆が見守る中、閲覧テーブルで重厚な装丁の本をめくっていく。


「あった。200年前の実例として記録が残ってる。大陸中央で作られたみたいだね。当時の混沌の魔道士が、最強クラスの武装自動人形アームドを倒すために作ったのか」


『実在するんですか!』


 リリィが大きな声を上げた。


「まあ落ち着こうよ。この本は記録だけだ。次は――カスク博士が書いた考察本じゃない、これ」


自動人形オートマタ職人のじいちゃんとしては研究対象だったでしょうねえ」


 ジョミーが当然かなあという風に言う。


「なになに。最強クラスの武装自動人形アームドが人間にされたその後の記録の写しを見つけたみたい。武装自動人形アームドはやっぱり最強の戦士になったらしいよ」


「どちらにしろ手に負えないじゃないか」


 クレスが肩をすくめる。


「でも色仕掛けでなんとかしたらしい。人間はいつでもそんなものなのか」


「いいじゃない、女の子に弱くても」


 そうクレスがいうとセレーネは、お兄ちゃんらしいと心が温かくなるのが分かる。


「で、当時の魔道士が研究したんだけど、どうも時空転移が起きたみたい。時空転移なんか本当にできるんだ――ああ、平行世界から身体を引っ張ってきて入れ替えたのね」


「どういうことですか?」


 魔道士であるジョミーにもさっぱりらしい。


「ピグマリオンの杖を作った魔道士の理論では世界は無限に存在して、可能性がある限り無数に似た世界も存在するんだって。それで、無限に世界が存在する以上、その別々の平行世界で同じ行動をとり続ける存在も当然、あるわけで、ピグマリオンの杖はそれを入れ替える。この場合、別の世界で最強クラスの生身の戦士だった存在をこの世界に召喚する。その代わりにこの世界の最強クラスの武装自動人形アームドを最強クラスの生身の戦士のいた世界に送ってバランスをとる。自意識は元の世界にそれぞれ残してあるから、自動的に入れ替わる」


『ということは、ピグマリオンの杖を使うと別の世界では突然、機械の身体になってしまう人が出ているってことですか』


 リリィは大きな声を上げ、セレーネは肯定する。


「そういうことだね」


『原理を聞いて良かった。私、誰かを犠牲にしてまで人間になりたくない』


 リリィは拳を握りしめる。


「機械化猟兵団がリリィちゃんのように考えてくれれば戦うのは避けられるんだけどね。それだけ自動人形オートマタに人間がひどい扱いをしているも間違いないってことでもあるけど」


 セレーネは本を閉じる。


「実在する可能性がある以上、戦いは避けられないか」


『むしろオレが敵に人間にされちまうかもしれないから気をつけないとならないぞ』


「マルコー、いいところに気がついた。それは要注意だね」


 ジョミーが相棒を褒める。ザインが聞く。


『マルコーは人間になりたいとか思わないの?』


『人間になったら、それはもうオレじゃない』


 そのとおりだとセレーネも思う。


 一行は図書室を後にし、故カスク博士のお宅を後にする。ジョミーは1人一行を見送る。


 もういい時間になっており、4時近かった。


「お兄ちゃんの家に行くのは夜でいい?」


 歩きながらセレーネはクレスを見上げ、クレスは応える。


「もちろん。家にいるようにするよ。でもどうして?」


「今日は、久しぶりに路上で演奏したいなと思って」


「そういうことなら一緒に行くよ」


 クレスは笑った。

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