私だって、知りたくなかったのにさ。

 門には、あおが一人で立っていた。

 それは、怒っているのとも違う、不満げで、難しい佇まいで。


「蒼、お待たせ……どうした?」

「どうしたって、どういうこと?」

「いや……なんでもない……」

「じゃ、帰ろ」

「お、おう……」


 蒼の背中を追うように帰路につく。

 なんとも、やりにくい。なんでも許してくれる薄い感じでもなく、かといって怒っているわけでもなく。

 何を考えているのか、よくわからないのに、いい気持ちではないということだけがわかってしまい……

 とにかく話しかけにくい。


「今日、なんかあったか?」

「なんで?」

「いや、なんというか……蒼の雰囲気がいつもと違うような気がして……」

「別に普通だよ」

「なら、いいんだけど……」


 一瞬にして会話が途切れてしまう。

 やはり、今の蒼は何か変だ。明らかに返事がそっけない。とにかく、何か話さないと……

 沈黙だと、息ができなくなりそうだ。


「あ、そういえば、よく学校に入ってこれたよな。俺が別の高校に入れって言われても、恥ずかしくてできない気がする」

「そうなんだ」

「蒼は、恥ずかしいとかなかったのか?」

「別に」

「へ、へえー。さすが蒼だな」

「普通だよ」

「そ、そうか?」

「うん」

「そっか……」


 また、沈黙してしまう。

 なにか話題を……って、なんで俺は話そうとしてるんだ?


 蒼と一緒にいて会話をしなかったことなんて、一緒に住んでいれば沢山あった。

 そういう時、居心地が悪いなんて感じたことは無かったのに……

 

 なんで今は、こんなにも、沈黙が苦しいのだろうか?


「そうだ。まだお礼いってなかったな。助けてくれて、ありがと」


 その一言で、一定間隔で動き続けていた蒼の足が止まる。



「嘘だよ……」



「えっと……嘘って……」

「蓮はいつも、心の底からありがとうって言ってる……でも、今は違うよ」

「そんな……わけ……」

「わかるよ。毎日、言われてるから」

「……」

「蓮さ……あの後、宮下みやしたさんとキス、した?」

「なんで……」

「やっぱり……本当なんだ……」


 蒼の表情は、決して、怒りが現れることはなく。


 ただひたすらに、悲しみが増えているように見えて。


「宮下さんのさ、『アオちゃんが見たこと以外はしない』って言葉の意味、考えたらさ……そこまでは、するって意味かなって……」

「そう……だったのか……」

「蓮は多分、分からなかったと思うから、むしろ被害者だよ。いや、宮下さんも、加害者じゃないな。


 私が勝手に怒っただけで、なんともないことだし」


「なんともないって……そんな……」

「ごめん。なんともないっていうのは、そういう意味じゃなくてさ……今は、その話は関係なくて……ただ、蓮を待ってる間にいろいろ考えたらさ……」


 蒼は笑った。

 その一瞬だけ笑って、こう言った。



「私が蓮のそばにいていいのかなって、思った」



「なにを言って……」

「ごめん……今の忘れて。とにかく帰ろ?」

「……」


 この後は、沈黙のまま、家に帰った。


 それどころか今夜は、一言だって、まともなことを話せなかった。

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