先輩の山岳の頂(意味深)
「……」
言葉が、出ない。
聞きたいことも全部削除されたみたいな、そんな一言。
「悪いな。この話は、この辺にしておこう」
「いや、でも……」
「
「……わかりました。また気が向いたときにでもしましょう」
「ああ。そうだな」
でも、矢鋭咲先輩自身がどんな気持ちなのかは、なんとなくわかった。
だから、切り替えて、明るく別の話題をふる。
「そういえば、矢鋭咲先輩って運動もできたんですね。今日、
「ああ。まあ、それなりにな」
「……体力テストの結果、どうだったんですか」
このそれなりにって発言、今日の朝も聞いたやつだ。
「……Sだ」
「やっぱりですか……そういうのはそれなりって言わなですよ……」
ちなみに、体力テストの最高評価はAであり、それ自体は割と人数がいる。
しかしSというのは、その中でもすべての項目で満点を取るという、あらゆる能力が高くないと取れないものなのである。
「し、しかし、じゃあなんと言えばいいのだ……」
「そこは普通に、運動は得意ですってハッキリ言っていいと思いますよ?」
「そ、そうか……すまなかった」
「いや、謝まるほどの事でもないですけど……というか矢鋭咲先輩、すごすぎません?」
容姿端麗、生徒会長、テスト学年一位、体力テストS……隙が無さすぎる。
「おそらく、そこが問題だったのだろうな……」
「え……」
また、少しだけ、矢鋭咲先輩の笑顔が曇る。でもそんなのは一瞬で、すぐに顔をあげ、明るく振舞う。
「いや、なんでもない。私からすれば、祐川や
「それはまた、どういった意味ですか?」
「祐川は、初めて私にあった日、手伝ってくれたではないか」
おそらく、初めて生徒会室に行く途中、資料の詰まったダンボールを運ぶ矢鋭咲先輩にたまたま会って、それを俺が運んだことを言っているのだろう。
「あれくらい、男としては当然ですよ」
「そうだとすると、当然のことができる男は祐川だけということになるな」
「流石にそんなことは……」
「少なくとも私の中では、その当然のことをしてくれる人は、女子も含めて祐川が初めてだった」
網戸になっている窓から風が吹き込み、矢鋭咲先輩の一つに結ばれた髪を、フッと揺らす。
それに呼応するように、昼間のやけに白光する光の波が押し寄せてきて、先輩を目立たせて。
「だから、とても感謝しているし、何より嬉しかったのだぞ」
いつもとは違う笑顔。
カッコいい……いや、可愛いのほうが正しいのか?……でも、やっぱりカッコいい。
ちょっとだけ遠い、でも近い、先輩の顔だ。
「そ、それは、どうも……」
思わず照れが出てしまう。きっと、この時の俺の顔は、なかなか気持ち悪いものだろう。
そういう顔に、意図せずなってしまう。
だからちょっと、目を反らしてしまう。
「それに宮下は、社交性がとても高い。あれは、他の人に簡単に真似できるものじゃないだろう」
「あ、ああ、そうですね……」
まだ心が落ち着かないが、なんとか返事をして、矢鋭咲先輩の方を向く。
「こうして祐川と話せているのも、宮下のおかげだろう。本当に、感謝しなくてはな」
「見崎の場合、相当に強引でしたけどね……」
見崎に対する呆れの感情で平常心を取り戻す。
今思い返しても、あの時の見崎は呆れるほど強引に矢鋭咲先輩に近づいていた。
理由はよくわからないが……というか、見崎の中に理由というものがあるのかすら怪しいが。
「さすがに、一言目がレオちゃんだったのは驚いたな」
「うちの見崎がスミマセン……」
「祐川が謝ることではないだろう?」
「いやでも、当の見崎は悪いとすら思ってないですよ?」
「ははは、安心しろ祐川。私も驚いただけで、嫌だとは微塵も思っていない」
「そうですか……ならいいんですが……」
見崎よ……矢鋭咲先輩がいい人で救われたな……人が人だったら殴られてもおかしくなかっただろうに……
「な、なあ、祐川……」
「どうかしました?矢鋭咲先輩、なんか様子が……」
目を合わせずに、体を小刻みに揺らし、もじもじしている。初めてお昼を一緒に食べた日の最後に、そうしていたように。
「その宮下は……今日は来ないのだろう……?」
「え、ええ。そうですけど……」
あれ?なんかこの流れ、まずくない?矢鋭咲先輩の顔、ちょっとずつ赤くなってるよ?
「そ、そのだな……宮下に聞いたのだ……」
「ええええっとぉ~……なにをですか?」
本当にヤな予感しかしない……
「……胸が、好きなのだろう?」
「な、なななななにをいきなり言い出すんですか⁉それは見崎が勝手に言っているだけで俺はそんなことはなくて全然ただのかんちが」
「それで!……だな……」
「……はい」
いきなり大声で発言を遮られ、ただ「はい」と言うことしかできず……
「祐川にはいろいろ感謝しているから……その……」
「……はい?」
「胸を、触らせてやる」
「………………」
あばばばばばばばばばばば……内心はこうだが、なんとか口をぽっかり空けるだ
けにとどめ、声には出さないようにする。
「ちょ、ちょっとだけだからな!あんまり触ったら……ダメ……だからな……」
大きすぎないが、確実に大きいよりのその胸に手を置き、最高に赤面しながら、恥を隠すように大声と小声を駆使してそう言ってくる。
「ちょ、あ、あの、いや、ちょ、ま」
この状況でこの俺が情緒を保てるわけもなく。こっちも最高に赤面して、手と口をとにかく動かす。
「い、いいから早くしろ!焦らされるプレイは好まれないぞ……」
「ふぇ?ほ、ほんとうに?マジのやつ……ですか……?」
「そうだと言っているだろうが!ほ、ほら……」
「う……」
立ち上がった矢鋭咲先輩が、座っている俺の前まで来て、そのおっぱいを突き出してくる。
……これ、マジでいいの?
俺、もう理性とか消し殺してヤっちゃうよ?
「は、はやくするんだ……」
「じゃ、じゃあ……」
ワナワナと手を伸ばして、その山岳の頂へと進める。
ドクドクと聞こえる鼓動もはち切れそうな心臓も全部無視して、ただ目の前のお山をめがけて。
矢鋭咲先輩の……あの、矢鋭咲先輩の!
ああ、きっとこれは、神様がくれたギフトだ。存分に楽しむべきだ。
興奮に支配された俺は、ついにその頂へ……
パシャリ!
……はたどり着けず、替わりに聞こえるカメラのシャッター音。
「いや~、レンくんったら、これは退学ものだね~」
「んな……見崎お前……」
シャッター音のした扉の方を見ると、案の定(?)見崎の姿が。
「まったく……全然助けにこないから焦ったではないか」
「な……矢鋭咲先輩?」
その見崎の方へ向かう、満面の笑みを浮かべる矢鋭咲先輩。
ここまでの情報から、ハイスピードで回転する俺の脳が導き出した答えは……からかわれた。そして、二人は共犯。
矢鋭咲先輩の、今までのすべては……演技……
「ふふふ。この写真、念のためもらっとくね~」
見崎の持つスマホに映っているのは、ニヤつきながら胸に手を伸ばす男子高校生と、その生徒に今にも侵されそうな、苦しい顔をした矢鋭咲先輩。
もちろんその男子生徒の顔は、俺と同じだ。
「またお前の仕業か見崎!」
「ふふふ。レンくんもいい経験できたでしょ~?」
「ふざけんな!なに一つよくないわ!」
これは神からのギフトなんて生易しいものじゃなく……
「悪かったな祐川。しかしまあ、なかなかいい表情だったぞ」
「すごい演技だったね~。さすがのレオちゃんだよ~」
「矢鋭咲先輩はずっとグルだったんですか⁉」
「ずっとではないぞ。途中で宮下からラインが来てな。私が演技をしたのは、胸の話をしているあたりだけだから安心しろ」
「なんにも安心できませんよ……」
と、そんなところで昼休み終了のチャイムが鳴る。
「じゃ、レンくん、教室戻ろ~」
「見崎め……覚えてろよ……」
「二人とも、仲良くだぞ」
「半分は矢鋭咲先輩のせいですからね⁉」
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