だって私は、君の先輩だから

 教室のドアを開けると、半数以上の生徒がすでにいて、自由にしゃべったりスマホを見たりしている。


「あ~レンくん。おいていってごめんね~」 


 入ってすぐのところにある見崎みさきの席の前で、声をかけられる。


「いや、それはいいんだが……見崎は大丈夫だったか?」

「ん~?なんで~?」

「いや、矢鋭咲やえざき先輩に捕まってたし」

「あ~……なんとか大丈夫だよ~。それより、レオちゃん足速いよね~」

「ああ。見崎、すぐに捕まってただろ」

「勉強もできて運動もできるとか、反則だよね~」

「さすが矢鋭咲先輩だな」


 なんて話しているうちにチャイムが鳴り、席に着く。



***



 そして時間は経ち、四時間目終了のチャイム。

 ついさっきまで机に向かっていたクラスメイト達がまばらに席を立ち始め、だんだんと騒がしくなっていく。


「見崎。生徒会室行くか」

「あ~、今日は小テストの補修があって~。だからこれ~」


 目の前で座っている見崎は、鞄から俺の分の弁当を出す。


「今日はレンくんとレオちゃんの二人でお願いね~」

「そっか……わかった」

「じゃあ私は補修行ってくるね~」


 席を立ち、教室の扉のとこで軽く手を振る見崎は、そのまま教室を出る……と思いきや、少し立ち止まる。


「あ、そうそう~。二人きりの生徒会室でなにかが起きて~、二人の関係がどうなったとしても~、私は一切関与しないから安心してね~」


「なんの安心ができるんだよ!というかなんで何か起きる前提なんだよ⁉」

「え~?せっかくのレオちゃんとの二人きりだよ~?」

「なにもしないから!いつも通りに弁当食べるだけだから!」

「もったいないな~……生徒会室は鍵もかかるのにな~」

「変なこと言うなよ⁉ていうかもう補修行けよ……」

「ふふふ。楽しんできてね~」


 見崎は廊下で軽く手を振り、今度こそ補修へ向かう。


「はぁー……見崎ってやつは……」


 まあ、ちょっと楽しみにしていることは否定しないけど。


「……とりあえず生徒会室行くか」


 そんなキモイ感情はさておき、見崎のくれた弁当をもって生徒会室へと向かう。


 階段を上がり、三年生のフロアへ行くと、なにやら妙な視線を感じる。それもあちこちから。

 おそらく、今日の朝感じたものと同じだろう。なにせ、ここには三年生しかいない。そして、そろそろ俺と見崎が噂になっていてもおかしくないだろう。

 なるべく気にしないようにして、さっさと生徒会室へ向かう。とはいっても、一人ぼっちでこの視線を食らうのは流石にきついな。


 もしかしたら、矢鋭咲先輩はずっとこんな気持ちを抱えていたんじゃ……


 早歩きをして、生徒会室のドアを開ける。まさに、戦場のど真ん中にある安息の地へと駆け込んでいく気分だ。

 入った先には、長机の奥にある生徒会長専用の机に山積みになった資料たち。そして、その資料を一つずつ確認する矢鋭咲先輩。


「矢鋭咲先輩、大変そうですね」

「ああ、祐川ゆうかわか。すまない。今そっちに行く」


 慌てた様子で立ち上がり、長机のある方へ向かってくる。


「忙しいなら、俺、今日は遠慮しますけど……」

「いや、大丈夫だ。こんなの、大した仕事量じゃない」

「そう……ですか……」


 あの量の資料たちを見せられて、とても納得はできなかった。


「それより、宮下みやしたはどうした?」

「あいつ、今日は補修があるみたいで」

「なるほど。宮下らしいな」


 俺たちは向かい合って座り、弁当を広げる。


「ところで祐川、私になにか聞きたいことがあるのではないか?」

「え?いや、それは……」


 図星だ。最近ずっと気になっている。

 矢鋭咲先輩が三年生の中でどういう立ち位置なのか。生徒会のメンバーとは、どういう関係なのか。


「いや、大方予想はついている。私の、人間関係の話だろう?」

「な……」

「そんなに驚くことはないだろう?祐川が異常を感じるのは当然だ。そして、それが聞きにくい事だということは、私が一番よくわかっているのだからな」

「そう……ですよね……」


 矢鋭咲先輩は、びっくりするくらいキッパリ言った。

 しかも笑顔で。

 ……いや、むしろこの時の笑顔は、何かを含んでいたのだろうけど。


「もうこの際だ。なんでも聞いてこい。私も、祐川と宮下にはいずれ話そうと思っていたことだからな」

「……わかりました。じゃあ最初に、矢鋭咲先輩が三年生の間で嫌われているっていう噂は、本当なんですか?」

「ああ、本当だ。これは間違いないだろう」

「じゃあ、友達が少ないって話も……」

「少ないなんて言い方は正しくないな。今、私の友達がこの学校にいるとしたら、祐川と宮下だけだ」

「……それって、生徒会室にいつも一人しかいないことと、関係があるんですか?」

「おそらくは、そうだろうな」

「矢鋭咲先輩……つらく、ないですか?」

「……」


 ここまで笑顔を崩さずに、スパスパ答えていた矢鋭咲先輩も、少し止まって顔を下げてしまう。


「つらくは、ないさ……



 せめて、後輩の前では、そう言わせてくれ」

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