まさか、ね

「じゃあれん、カート持ってくれる?」


 あれから一言も話さなかったあおは、スーパーに入った途端にそう言ってきた。


「……ああ」


 あっさり緊張をほどいてしまった蒼とは違って、気まずいままの返事。とりあえずカートを引いて店の中へ行く。


「蓮大丈夫?また緊張してるみたいだけど」

「いや、だって、あれは……」


 あんな蒼がいたなんて、想像もしていなかった。

 あんなに顔を赤くして、あんなに体を震わせて、あんなにイライラしてて……


「そんなに気にしないでよ。買い物に来たただの兄妹ってことで」

「そうは言ってもだな……」


 そう簡単に頭から離れるものじゃない。現に今も、あの光景を思い出してソワワしてしまっている。


「はぁー……ほんとに蓮はロリコンだね」

「だからなんでそうなるんだよ⁉」

「……そこだけは緊張とかなくなるんだね」

「いや、俺も今驚いてる」


 野菜を物色する蒼を横で、自分に感心したりして。


「まあいいや。それで蓮が普通になるなら」

「いや俺はまったくよくないのだが」

「そうなの?実は蓮、ロリコンって言われて喜んでたりしないの?」

「ないから!さすがの俺でもそこまでの変態じゃないから!」

「でも、じゃあなんで否定するの?認めてもいいと思うけど」

「いや、それはよくないだろ……俺の心的に……」


 胸の内ではその性癖だとわかっていても、他人には認めさせたくない性癖って、割とあると思う……特にロリ。


「ふーん……まあいいや」


 いくつかの野菜をカートに入れた蒼は、肉売り場へと移動する。肉の並んだオープンケースから冷気が漂い、少し肌寒い。


「そういえば、弁当は宮下みやしたさんが作ってるって言ってたけど、二人っきりで食べたりするの?」

「まあな。最近はもう一人いることが多いけど」

「もう一人?」

矢鋭咲怜央やえざきれおっていう、俺の高校の生徒会長と仲良くなって、それからな」

「もしかして蓮って、意外とモテるの?」

「そんなんじゃねーよ」


 矢鋭咲先輩から好意を持たれるなんて、どんなミラクルだよって感じだ。何かの陰謀でも働いてない限り、ありえないだろう。


「どういうわけか、見崎みさきが突然友達になるーとか言って、その流れでちょっと仲良くなっただけだ」

「え、宮下さんがそう言ったの?」

「ああ。ほんと、あいつのすることは訳が分からん」

「いや、それ以前におかしい気が……」

「安心しろ。見崎のすることなんて、いつもどこかおかしいから」

「ふーん……まあいいや。それで、その矢鋭咲先輩とは上手くいってるの?」

「見崎がな。俺はそれにくっついてるって感じだ」


 あの、見崎のコミュ力……というより、矢鋭咲先輩の中に入っていく力は、普通に尊敬できる。


「つまり、結構いい感じってこと?」

「まあな。あ、でも、一つだけ気になることがあるんだよな……」

「そうなの?」

「なんか、矢鋭咲先輩が三年生の中で嫌われてるらしくてさ。それに、生徒会の人と一緒にいるところも見たことなくて……なんか変だろ?」

「その人が実は悪い人とか?」

「いやー……あの矢鋭咲先輩に限ってそうとは思えないんだよな……」


 あの、カッコよくて、ノリもよくて、可愛い一面もある矢鋭咲先輩が……なんて、想像できない。


「まあでも矢鋭咲先輩のことだから、俺が気にするほどの事でもないのかもしれないけどな」

「人の事情に足を突っ込むのもあんまりいいことじゃないしね」

「ああ、その通りだな」


 時々見せる落ち込んだ表情は気がかりだが、矢鋭咲先輩の事だ。大した問題じゃないに違いない。

 ……と、思いたい。

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