第7話 移動

「まだ体は慣れないか?」


 ウェルツがユウナに聞く。


「うん全然体動かない」

「筋肉がないからな、あとで運動するぞ」

「えーヤダー、もとはといえばあなたのせいじゃん」


 と、ユウナは愚痴を言う。もとはと言えばウェルツのせいなのだ。筋力不足は。


「それを言うな、俺が弱る」


 ウェルツもそれはわかっているようで、強くは言い返せない。


「よく考えたら私何年もよく耐えたね、これ闇落ちしてもおかしくないよ、ほらこういう風に」


 と、ユウナは向こうの山に手を向け、炎の弾を作り出す。


「ばか危ないからやめろ」


 ウェルツはユウナの手をつかみ、怒鳴る。


「はいはい」

「はいは一回な」

「はーい……てかあれ」


 そこには何匹かの、緑色の肌を持つ、魔物。所謂ゴブリンがいた。


「ん? 魔物か。俺に任せろ!」


 ウェルツは剣を引き抜こうとするが……


「いや私に任せてよ」


 ユウナがウェルツの目の前に立ち、ゴブリンと対峙する。


「おい!」


 看守はユウナを止めようとするが、ユウナは「大丈夫だって」と言って、そのままゴブリンに火の魔法を向ける。


「おい! ユウナ!」


 ウェルツがユウナを無理やり止めようとするが、それはもう遅かった。ユウナの魔法がゴブリンを焼き、そのまま周りの山を焼き、前方一〇〇メートル余りが焦土と化した。


「おい、だから危ないっていっただろ」

「ごめん」

「お前の体が心配でもあんだよ。魔力欠乏症と言って、魔力を限界まで使いすぎると体に異常が出るケースもあるんだよ。お前はもう、あの男との戦いでかなり体力を消費している。この状態じゃあ、そのリスクは高いからな」

「……」

「それに、こんなに焦土と化したら、奴らも気づく可能性がある。ここで完成体……お前が、魔法を使ったなって」

「そうか。ごめん看守さん! あ、いやウェルツさん」


 と、ユウナは椅子に座りながら、申し訳なさそうな顔をする。


 そしてそのまま椅子はウェルツの手によって進んでいく。


「ていうかまだつかないのー」

「まだだな、まだしばらくつかん」


 それに対してユウナは「えー」などと言う。それをきいてウェルツは少しだけムカッとする。あくまでもユウナは運ばれてるだけだからだ。


「じゃあちょっと歩いてみようかな」


 と、ユウナの口からウェルツが予想してなかった言葉が出てきた。だが、


「まだ無理だろ」


 と、言った。いくら完成体補正があろうと、一〇年間まともに動かしていなかった足が動くわけが無い。


「頑張る」


 だが、ユウナは自分の可能性を信じ、立ち上がった。


「あ、痛」


 だが、すぐにユウナは一歩も歩けずにその場に倒れてしまった。


「ほらな」


 それを見て、ウェルツはニヤニヤとした感じでユウナに言う。


「うう。体が痛い」


 ユウナの体にはすでに軽く筋肉痛のような物が出来ていた。体を少し動かすのにもエネルギーがいるのだ。


「そらな体ほどんど動かしてないからな」

「うん」

「つーか俺も手が疲れてきたな」

「それじゃ休めば」

「いやいい。早くある程度のところまで行かないと」

「じゃあなんで疲れたって言ったの? てか力には自信があるんじゃなかったっけ」


 以前ウェルツがユウナに言ったことがあるのだ。


「いやそれとこれは別だ」


 流石に力があろうと、こんなに長い時間持ち運んだら、体力が切れる。スタミナがある訳ではないのだ。


「てか街中どうすんの? 街中でもこれは恥ずかしいんだけど」


 ユウナは車の椅子をさする。


「まあどうするかだな」

「早く歩けるようにならなきゃだよね」

「そうだな」



 そして、ウェルツの休憩にもなるからと言うことで、ユウナの歩く練習を開始した。



「じゃあ支えるから歩いてみてくれ」

「いや足動かないの。なんだか、痛くて」


 と、ユウナは首を横に振る。それを見て、


「ほい」


 と、ウェルツはユウナの腹をもって、そのまま立たせる。


「痛! 急に持ち上げないでっよ」


 と、言うも、何とか体を支え、ぎりぎりで踏ん張り、立つ姿勢を維持する。


「悪い」

「いやまあ……立ててるからいいよ」


 と、ユウナは何とか、ウェルツに支えてもらいながらm少しずつ、少しずつ歩いていく。


「ゆっくりなら歩けてるな、速さ上げるぞ」

「いや無理無理無理!! 無理だから!!!」

「そうか? もっと行けそうだぞ」

「いやこっちのこと考えて」

「いやこういうのはスパルタなほうがいいんだ」

「いや痛いって、足何とかして前に進めてるだけだから」

「いや足進めてるだけで偉いぞ」

「そう? じゃなくて!」


 と、ユウナは軽くキレながら言った。


「ほれ」

「急に手を外すな」


 そしてユウナはその場でコケる。


「いったー」

「やっぱり無理か」

「無理でしょ。あー足、痛!」


 とユウナは痛めている足を見る。


「じゃあこれに乗れ」


 と、再び椅子に乗せる。


「無理!」


 ユウナは断る。手もまともに動けないまま、イスによじ登ることすらまともにできない。


「仕方ないな」


 と、ウェルツはユウナを持ち上げ、イスに座らせる。


「てかそろそろおなかすいてきた」

「ああ確かに。そろそろ昼か」

「あそこいいにおいするよ」

「ああ、そこにするか、歩けるか」

「無理かも」

「じゃあ買ってくる」


 そう言って、彼は一人で買いに行く。ユウナを連れて行っても良いが、出来るだけ体力を残しておきたい。疲れているのだ。


「これでその団子六つください」

「分かりました、少しだけお待ちくださいね」


 と、言われ、その場でウェルツがその場で数十秒待つ。


「あれはあなたの妹さんですか?」

「ああ、足を怪我してて、まともに足が動かないんだ」

「じゃあ大変ですね。頑張ってください!」

「ああ、ありがとう」


 と、別れを告げ、そのままウェルツはユウナのもとへと帰った。


「ほら団子だ買ってきたぞ」

「やった、って渡してよ、手が動かせないから食べさせてよ」

「腕もまだ動かないのか」


「うん、なんか動かせそうな気はするんだけど。なんか、痛くて動かせない」

「そうか……ほら」


 ウェルツはユウナの口へ団子を運ぶ。


「え? 美味しすぎるんだけど、こんなにおいしいの? 食べ物って」


 ユウナはきらきらとした顔で、ウェルツの顔を見る。ユウナにとってご飯とはあのくそまずい液体状の栄養食だけだったのだ。これは初めてのまともな食事だった。


「まあな」


 そしてそれにウェルツは肯定で返す。


「今までこんなもの食べてたんだ。ずるー」

「すまんな」

「いや謝んないでよ」

「いや俺がまずい栄養食与えてたしな」


 と二人で笑う。そしてユウナが団子を食べ終わり……




「それじゃあ行くか」

「いやもうちょっと食べさせてよ」


 と、ユウナは団子屋さんをちらりと見る。


「いや無理だ」

「なんで?」

「金がない」

「え?」

「そういうことだ、我慢してくれ」

「はいはい」

「行くぞ」


 と、再び進み始める。




「おい、ユウナ」


 語りかけるが、ユウナが起きる気配が無い。顔を見ると、安心した顔で寝ていた。


「……寝たか……」


 と、ウェルツは呟く。


(俺も疲れてないことはないんだがな)


 と思いつつも、久しぶりの初の安眠だと思い、看守はそれを見守りながら歩き続けた。

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