第8話 いらないものと

 土に還りたい。

 自室の破れたソファに座り、俺は動けずにいた。もう10時を回っており、本来であればダンジョンへ向かうべき。


 叫びたい。

 警察に自首すべきだろうか。殺人犯で強姦魔です。

 昨日の俺は正気ではなかった。


「あ、あの。これ、飲んで落ち着いて下さい」

「……ありがとう」


 湯気のたつお茶が出てきた。

 なぜだ。そもそもどこから出てきた。昨日寄ったコンビニで買ったのか。


「……俺は、落ち着いて見えないか?」

「落ち着いた男性に見えます。でもいまは大混乱です。昨日の私より、今の透さんの方が大混乱です。混沌が渦巻いてます。深呼吸してください」


 由奈はおどけた調子で言いながら、俺の背後にまわった。

 なんだろう。なにを考えているのかまったくわからない。

 さっきから俺の背後に回っている。


「……背中から俺を刺す?」

「刺しません。感謝しています。幸せです。でも言っても……お茶もう熱くないので、飲んで落ち着いて下さい」


 刺してほしかったのだが。


 彼女にしたがうべきだ。なぜって、明らかに俺より冷静だから。それも納得がいかない。



「落ち着いた」

「……準備、しますか? 私は支援魔法しか使えないので、支援させてもらえますか?」


 由奈が横に座った。落ち着かない。


「……その格好でダンジョンに入るのか」


 着るものがないそうなので俺のシャツを貸している。シャツだけ。


「いえ、もう洗濯が終わっているので、昨日のワンピースです」

「ここで待たないか?」


 連れて行きたくない。

 俺はさかさきチャンネルパーティに入ったままだ。無断で脱退は避けたい。

 なにより由奈を危険に晒したくない。


「役に立ちたいですし……自分の身は守れます。結界魔法シールドも使えます。心配ですか?」


 ならなんで襲われたのか。


「魔法はダンジョンの外では使えないですし、ダンジョンの中でも腕輪がないと発動しないんです」

「……心を読むスキルあるか?」


 無意識に声に出したとかではないはず。


「……感情を見る固有スキルです」

「あるのか。それはありがたい」


 あまり感情を表に出すのが得意ではない自覚がある。頭に血が上ると多少出せるっぽいというのは昨日判明した。


「……気持ち悪くないですか?」


 それにおそらく……。


「ない。感情が見えるから俺が見えるんだろ、きっと。俺は由奈以外には見えないから、ありがたい」


 だから俺は魔物に襲われない。由奈だけが襲われる。

 大声を出せば魔物の気を引けるだろうか?

 たぶん、ほかに人がいたら無理だろう。


「それなら、よかったです。一緒にダンジョンに行きましょう。大丈夫です。5層じゃ私、死なないですよ。ポーションも帰還宝珠もあります」


 たぶん見つけてもらえるのがありがたいというのはあまり伝わっていない。


 由奈に会うまで俺自身、はっきりとは気づいていなかった気持ちだ。

 一緒に訓練した仲間たちと楽しくやっているつもりだった。その関係が大事で、不満はないと思っていた。


 けど、由奈は、由奈だけは、ずっと俺の目を見て話す。俺が黙っていても、うしろから当たり前のように声をかけてくる。

 こんなに差があるものだったのか。


「……感情は、画面越しでも見えるか?」

「いえ、見えません。ガラス越しなら見えるんですけど。なにか思いついたんですか?」


「俺はさかさきチャンネルってパーティに入ってる。会って面接してみるとかどうだ?」


 ひとりで無理なら5人で守る。それで安心だ。

 友人たちの方がもっと安心だが、まだ17歳。俺がいちばん誕生日が早かった。


 さかさきチャンネルは気のいい奴らだ。後衛の女の子は守るはず。入れてくれるかは頼んでみなければわからないが。


 ……遺体は、なんとか隙をみてひとりで行かないと。


「ソロではなかったんですね。配信されませんか?」


「されたくないのか?」

「……いえ、いいかもしれません。もう18ですし、ライセンスカードもあります。連れ戻せないはずです」


 親権者に見つかりたくなかったのか。きっとインタビューもスルーしたのだろう。


「なら、メッセ送ってみる。伝えても良くて得意な魔法なんだ?」

「配信者なら、シールド……結界魔法を喜ぶかもしれません。私がカメラを守る感じです。それか鑑定も配信で使えそうですが……あとは武器威力上昇ですか。魔法使いはエンチャントと呼んでいる魔法です」


 メッセを送り、出かける支度を始める。

 葛西さんは攻撃魔法使いだ。丸被りではないので、まだ見つかっていなければいけるはず。


 由奈が唐突にフライパンを火にかけたので驚いた。母親が置いていって一度も使っていなかったフライパンだ。

 お昼を食べてから行こうということらしい。


 材料は昨日俺に言われて買ったそう。たしかにそんな記憶がある。亭主関白みたいなことを言った記憶が。

 思い出すと叫びたくなるから忘れよう。


 食卓にチャーハンとたまごスープ、よくわからないが美味そうな鶏肉とキャベツの炒め物が並んだ。

 香ばしい匂いが食欲を刺激する。


 このあたりのスーパーマーケットは淘汰されたのでコンビニしかない。昨日はコンビニ弁当を食ったはず。

 油やキャベツなんて売っているのだろうか。そもそもうちに残っている調理器具でこれができるか?


「……魔法か?」


 楽しそうな笑い声が響いた。


 坂本さんからは、食い気味どころか熱烈ラブコールのような返事が来ていた。

 そこまで言われると会わせたくない気持ちが湧いてきて、のんびりと昼食に舌鼓を打ってからダンジョンへ向かった。



「大月さん! 遅いじゃないっすか。早めに配信終わらせて待ってたんすよ!」


 言葉の内容とは裏腹な笑顔。

 ダンジョン管理局に入った途端に佐々木さんが走って来る。

 ちなみに遅刻したわけではない。


 笑顔のままピタッと止まる金髪。まだ5メートルくらい離れている。

 ほとんど同時に、俺の後ろから着いてきていた由奈が隣で立ち止まる。


「そ、そちらの女性っすか!? かわいい!」


 言って笑みを深め、近づいて来る。微妙に進路が変わっている。俺から由奈に。


 由奈はビクッとして俺の後ろに半身を隠した。

 佐々木さんはアウトなんだろうか?


 もう一度足を止めたアウト予備軍は、その場でくずおれた。


「あはは。こんにちは。佐々木はほっといてまず座りましょうか」


 坂本さんに促され、会釈してテーブルに向かう。

 彼はあわてたように佐々木さんを追ってきていたのだ。

 あとのふたりはテーブルを確保してくれている様子。

 土日ほど混んでいないが、それなりに賑わってはいる。

 佐々木さんも座ったところで、由奈を紹介する。


「時間取ってもらったみたいで、ありがとうございます。彼女が支援魔法使いの由奈です」

「小森由奈です。まだレベル5の新人ですが、よろしくお願いします」


 お試しのパーティで支援してレベルを上げたらしい。本人は1ヶ月で4つしか上げられなかったと嘆いていた。


 結論として、由奈は歓迎された。由奈の方もあらかじめ決めていたアウトの合図を送って来なかった。


 ならなぜ俺の後ろに隠れたのか、あとで確認したところ、原因は感情ではなかった。

 スマホを目の高さに構えたまま上体を揺らさないようカサカサ動く佐々木さんが異様に見えたとのこと。たしかに。



 葛西さんは、結界は使えないらしい。

 当然だが、どんなに記憶力が良くても、いくらでも魔法陣を覚えられたりはしない。取捨選択の結果、葛西さんは攻撃魔法、由奈は支援魔法が多くなった。


 ふたりとも知力強化というスキルがある。筋力強化の頭バージョンだ。それを使って覚えるのだそう。

 やってみようとは思わない。正直、あんな複雑な図形が頭に入るわけがないと思っている。


 槍を借り、ぞろぞろと6人でダンジョンへ向かう。

 パーティを組んだあと、気は進まないが由奈と4層へ行く予定。

 食事中に説得されてしまったのだ。感情が見える由奈に隠し事は難しい。


 坂本さんと木下さんは配信準備で先に別れ、4人でパーティ編成用魔法陣へ向かう。


 由奈と葛西さんは魔法の話をしている。図形の名称なのか専門用語だらけで入っていけない。


 密かに凹んでいると、佐々木さんが肩を組んで来た。


「なあ、なあ、小森ちゃんとはもう突き合ったんすか?」


 小声。卑猥なハンドサイン。

 息絶えたくなったが、狙われても困るので頷く。


「ちくしょう羨ましい。友だちとか、姉妹とか、紹介できる子いたら、よろしくっす。ぜひともよろしくっす」


 どうやら彼女はいないらしい。もし紹介できる子が見つかったら紹介したい。


 かわいいとか、羨ましいとか、はっきり口に出せる佐々木さんを、俺はちょっと尊敬しつつあった。


 パーティ編成を終え、佐々木さんたちに手を振って5層へ。

 何事もなく最短ルートで4層。相変わらず人が多く魔物とは戦わなかった。


 魔法陣を降りるとすぐに狼が走って来る。結構遠くからわかるようだ。


「エンチャント」


 前に出て、すくい上げる。

 スパンと首が飛び、そのまま消える。エンチャントの威力が上乗せされているため感触が軽い。

 

「ありがとうございます。大丈夫です。シールドも使っています」


 そう言われても、槍を握る手に力が入る。


「この先の突き当りでいいか」

「はい。そうしましょう」


 突き当りには宝箱があった。

 それを見た由奈は軽く息を呑んだ。目が輝いて見える。


「由奈が開けて」

「……私、幸運が8しかないです」


 幸運になにがどう左右されるかはわかっていない。


「気にしなくていい」


 どうせ20を超えていてもロクなものが出ない。


「わかりました。開けるの初めてです……HPポーションです」


 普通に欲しいものが出た。なぜだ。

 HPポーション(小)を俺に差し出す由奈。


「何本持ってる?」

「3本です。売るのは最後の手段かなって。買うとすごく高いですから。使ったことはないです」


 それはいいことだ。怪我はめちゃくちゃ痛いからな。受け取って、代わりにMPポーションを渡しておく。


 宝箱が消えた場所に由奈が座る。


「この場所を塞ぐようにシールドを張るので座って下さい」

「ああ」


 由奈の前に魔力の塊が出て、円形に形を変え、飛んでいった。

 少し離れたところに張ったらしい。俺の魔力感知ではわからなくなった。


「由奈は遠くまで魔力感知できるのか?」

「さっきの分かれ道くらいまでなら」


 50メートル位ありそうだ。

 俺はせいぜい10メートル……もっと短いか。固有スキルなのに。練習しよう。


 まずはインベントリの中身をどんどん出していく。遺体とリッサ用に取ってあるものは出さない。魔石も出さなくていいか。


 ふたりで仕分けをする。ゴミが多い。男が着ていた鎧下、財布やカード類、スマホ。

 魔石と現金が結構ある。儲かったはずなのに、なにも嬉しくない。


「革鎧は、売るとまずいですか……」

「……魔石以外はNPCに売る」


 捨てたい気持ちもある。


「だいぶ先の話になりそうですね」

「……」


 今度リッサに会ったら確認しよう。パーティメンバーと一緒に会えないかどうか。


「……レストランにでも行くか?」

「いえ、もったいないです。私が材料を買って作るのではダメですか?」


 ダメではない。由奈の飯は美味かった。

 ただこんなカネ早くなくなれと突発的に思っただけだ。


「早めに帰るか」

「はい! いっぱい作ります!」


 ご機嫌な様子。癒やされる。


 気にし過ぎだったのかもしれない。一緒に稼げばいいだけではないだろうか。由奈のエンチャントがあれば、草食恐竜も一撃だったはず。


 仕分けが終わると、その場にゴミと遺体7つを残し、離れて見守る。

 強姦魔からドロップしていたのだ。ボロボロの女性の遺体が。家族のもとへ返したかったが身元はわからなかった。それに家族に見せられる状態でもない。身元がわかるまで抱え続けられるほど俺は強くない。ごめんな。


 由奈にも見せたくなかったが、離れるのも危険なので迷った。由奈は一緒に冥福を祈りたいと言った。

 そういえば強姦魔に金的蹴りをかましていた。たぶん由奈は精神的にも弱くない。


 ふたりで手を合わせ、消えたのを確認して帰路についた。

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