道端で天使拾った。〜平凡だったはずの俺のラブコメは天使付き〜
やよいりん
第1話:道端で天使拾った(1)
「綺麗───」
目が合った瞬間、思わず声が漏れていた。
目を奪われるとはまさにこの事を言うんだろう。
日の光を眩く反射する艶やかな金髪に、透き通るような白い肌。
そして、なによりそのシルエット───。
数瞬の後、互いに見つめ合う状況に居た堪れなくなったのか、彼女がぴくりと体を揺らした。
路傍に腰掛けていた彼女が立ち上がると同時、華奢な体躯を覆うように閉じていた無垢の双翼がゆっくりと開かれる。
燦々と輝く斜陽がよく映えていた。
それはさながら一枚の名画のようで、その極彩色は
それがどのくらいの時間だったかは分からない。
心酔するように、ただただ立ち尽くしていた。
はっと思い出したように我に返ると、朔は荒々しく頭を振った。
いや、きっと見間違いだ。こんな道端に、ましてや電柱の傍らのダンボールの中に居るはずがない。
そう。居るはずがない。
だってどう見ても彼女は───。
「えっと……こんにちは……?」
ふわふわとした可愛らしい声に顔を上げると、琥珀色に輝く双眸が怪訝そうに朔を覗いていた。
「ああ。こんにちは……」
咄嗟に挨拶は返せたものの、依然として瞳には不安の色が映っている。
それも当然だろう。
目が合うや否や「綺麗」とちょっと痛い少女漫画でも見ないような陶酔の声を漏らし、ガン見し続ける奴が居たとすれば、それは不審者に違いないのだから。
なんとか印象を取り繕おうと必死に頭を回すものの、それらしい二の句は思い当たらない。
それも当然と言えば当然で、朔にとってコミュニケーションは大の苦手とも言える分野だった。
これまであまり努力を重ねてこなかった自分を悔やむが、それで今何かが変わる訳でもない。
変に言葉をこねくり回すよりかはましだと判断し、単刀直入に言葉を紡ぐことにした。
「……君はなぜダンボールに?」
朔がそう問うと、陽光を一身に受けていた双翼が力無く萎んでいった。
そして、彼女はうるうると瞳に涙を浮かべながら、おもむろに路傍のダンボールを指で差した。
『拾ってください』
余計に訳が分からない。
少しだけ情報を整理させてほしい。
ダンボールには『拾ってください』と書かれていて、彼女はそのダンボールの中に座っていた。
そして今、物欲しげに上目遣いをするこの表情は───。
……捨て猫?もしくは捨て犬。
冗談はさておき。話を聞かないことには何も分からなさそうだ。
「良ければ君の話を聞かせて貰えないかな」
彼女は手の甲で目元を拭うと、こくりと頷いてゆっくりと話し始めた。
数分の後。
「───です」
私は天使で、天界に住んでいました。担当している人間の『運命の糸』を切ってしまい、天界から追放されて今に至ります。
涙ぐんでいたためか整然とした話しぶりでは無かったが、要約するとこういうことらしい。
どうもにわかには信じ難い話だが信じるしかないだろう。
だって彼女にはその純潔を主張するような純白の翼と頭の上に光り輝く輪があるのだから。
「それでこれからどうするの?ずっとダンボールって訳にはいかないだろうし」
「あの……」
彼女は俯いたままぽつりと囁いた。すぐには次の言葉は継がれない。
静寂の中で一度、彼女の小さな両肩がゆっくりと上げられては下ろされる。
小さな声でよし、と意気込むと素早く顔が上げられた。
「拾ってくれませんか!!」
懸命な声と僅かに強ばった表情。よく見るとその手は震えている。
「家事とかできないし、お金とか下界のこと何もわからないけど、拾ってください!!お願いします!!お願いします!!お願いします!!」
頭を下げてお願いします、と何度も何度も繰り返す彼女。
───そんな彼女をどうすればいいのだろう。
朔の両親はその仕事柄から長期間に渡って家を開けている。
だから、彼女を家に置くことはできるのだ。
けれども、その余裕があるかと問われるとまた別の話。
かと言って、頭を下げ続ける天使様を放置しておくと変な騒ぎに発展してしまうかもしれない。
この二律背反に、朔は思わず眉を顰めた。
「あら、なに〜?事件かしら〜」
───まずい。
この道のひとつ奥くらいから響いてくる中年ほどの女性の声。
お願いしますと連呼する彼女の声が周りに聞こえていたのか、考えうる限り最悪のタイミングでの第三者の登場だ。
「ちょっと落ち着いて。静かに」
「お願いします!!お願いします!!」
「落ち着いてって!」
「お願いします!!お願いします!!」
機械のように頭を下げ続ける彼女を収めようと声を掛けるが、必死すぎて聞こえていないみたいだ。
お願いをするなら返答くらいは聞けるように構えていてほしいけれど。
このままでは埒が明かない。
セクハラだとかナントカハラだとかが現代社会には跋扈しているが、緊急事態につき咎めないで貰いたい。
朔は彼女の華奢な両肩に手を置いた。
「ふぇっ!?」
若干のあどけなさが残っているものの、目鼻立ちの整った端正な顔が朔の正面に留まった。
その中心、吸い込まれそうなほどに大きく開かれた琥珀色の双眸が朔の顔を映している。
「落ち着いて。大丈夫だから」
ゆっくりと、そして出来るだけ優しい声音で話し掛ける。
「はい……」
きょとんとしたまま呆けているものの、落ち着いてはくれたようで朔はひとまず大きく胸を撫で下ろした。
そして、どちらかと言えば落ち着いてほしいのはこっちの方だった。
彼女と顔を向き合わせるだけで寿命がギリギリの時限爆弾の如く心臓が速っていたのだ。
それに両方の手のひらに伝わる柔らかく滑らかな女性特有の肌の感覚のせいで、脳まで破裂してしまいそうだった。
そこら中から汗が吹き出しているし、手汗も心配で、平常心で居ろ、という方が無理だろう。
ただ、これが第一関門であることを忘れてはならない。
「君、動ける?」
「はい……」
「走るよ。付いてきて」
右手で彼女の左手を握って、どこか気の抜けた彼女を小走りで先導する───が、数歩の後。
「痛っ……」
声を上げた彼女の足が止まり、右手を引かれるようにして遅れて朔も停止した。
「大丈夫!?」
咄嗟に振り返ると、彼女が蹲っている。
「あはは……ごめんなさい」
申し訳なさそうに顔が上げられ、再び落とされた視線は自分の足へ向けられていた。
「───っ!?」
鮮血が滲んでいた。
鋭利な小石やガラス片でも踏んずけてしまったのか、足裏の真ん中付近に切り傷が見て取れる。
そう。彼女はずっと裸足だった。
そんな状態で無理やり引っ張って走らせれば、怪我をするのは当然だ。
自分の不注意で怪我をさせてしまったことに、朔は思わず顔を歪めた。
「ごめん。気づかなくて」
「大丈夫ですから」
そう言って彼女は微笑んだ。
その笑顔に朔は幾ばくか救われるが現実はそうではない。
このままでは誰かに見つかってしまう。騒ぎは避けられない。
どうする?どうすればいい?
そうだ。さっきと一緒。考えている暇なんて無い。やるしか、ない。
ごめんなさい、と苦笑する彼女の背中と膝に両腕を回す。
「ふぇっ……!?」
「ごめん。我慢して」
「はい……」
そして、そのまま前方に抱きかかえるようにして立ち上がった。
いわゆるお姫様抱っこと言うやつだ。緊急事態につき、である。
「苦しくない?」
「大丈夫です」
二人の体勢の都合上、自然と彼女の顔が見られる形だが、足の裏が痛むのか俯く彼女の表情は伺えない。
「あの……」
「どうしたの?足が痛む?」
「そうではなくて……」
なんとも歯切れの悪い返事だ。こうなったのは朔の責任であるわけだから、素直に伝えてほしい。
「えっと……」
「うん」
「その……」
「うん」
「───恥ずかしい……です」
上目遣いになって顔を覗き込んでくる彼女に、朔は思わず顔を逸らした。
だって、その表情はずるいだろう。本当に。
ここから朔の家までは二分とかからない程度。
たまたま近場で助かった。体力が持つかどうか不安だったがなんとかなりそうだ。
それにしても軽すぎる気がする。細身だが身長は150cmくらいはあるし、体重は軽く見積もったとしても常識的に40kgはあるはず。
天界ってどんな料理を食べてるんだろうか。
そんな詮無いことに意識を移していると、程なくして目的地、朔の家へと到着した。
「着いたよ。少しだけ下ろすね。足、気をつけて」
「はい」
彼女をゆっくりと下ろして、玄関の電子ロックを解除する。
慣れた手つきでドアを開け、先程と同じように抱き抱えようとしたところで静止がかかった。
「大丈夫です。歩けます」
「でも……」
「大丈夫ですから」
朔は口を噤んだ。赤く染まった横顔に強制はできなかった。
「どうぞ。入って」
「お邪魔します」
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