第2話 失踪した夫のゆくえ

 妻は、一瞬、目を見開いて袁傪を見つめたが、すぐに伏せた。

「消息が分かったんですね」

「いや、まあ、あの……」

 思わず言いよどむ。絶対に言わないでくれと本人には念を押されている。もう死んだと伝えるつもりで来たのだ。本当のことは、とても言えない。しかし……

「覚悟はできています。どうぞおっしゃってください」

「いや、あの……」

 袁傪は言葉を失った。思わず話を逸らした。

「李徴がいなくなって、さぞ苦労をなさったのでしょうなあ」

 妻は、少し目をあげて微笑んだ。

「いえ、あの、確かに、この家はちょっと痛みがひどいですが、実は、私たちは、そんなに、苦労はしていません。貧しくないと言ったら嘘になりますが、貧しいなりに暮らしていけるだけの蓄えはありますので」

「李徴が、失踪してもう一年以上たちますからな。さぞお困りでしょう?」

「苦労がないといったら嘘になります。ですが、幸い、この家をただで借りたり、野菜を育てたり、いろいろ工夫しておりますので、子どもたちに苦労をさせないだけの蓄えはまだあります」

「最初見たときには、ここに人が住んでいるとは思いませんでした」

「ほとんど廃墟だったんですが、使っていいと言ってくださる方がいて、補修すれば雨風は十分にしのげますので、家賃の節約のために、こちらに移ったのです」

「なるほど」

 家の持ち主にしてみれば、ただで住ませても、廃墟として崩れさせるよりはむしろ助かるのだろうな、と頭の隅で考える。

「もともと、夫は、自分の働くのはおまえと子どものためだからといって、給料はいつも全部そのまま渡してくれました。お金を使う人ではなかったので、それなりに蓄えもあるのです」

「ああ、李徴らしいですなあ」

「己は詩さえ作れればいいからと言って……」

「そういうわけですか。自分は詩に一生を捧げると言っていた李徵が、仕官したと聞いたときには、あいつもついにか、と思ったものですが……」

「そういうわけで蓄えはそこそこあるのですが、ご存知の通り、行方知らずになって、収入もなくなりましたものですから、少しでも節約しようと、こんな家を見つけたり、いろいろやっています。きっと帰ってきてくれると信じて……待っています」

 最後は自分に言い聞かせるような小さな声だった。

「なるほど」

 袁傪は、李徴の妻が、美しいだけでなく、明晰で気丈であることに内心驚いていた。とにかく、この家は見かけはともかく、住むには十分らしい。

 ふと、机の上に紙の束が置いてあることに気づく。何か詩のようなものが書いてあるようだ。もしかして、李徴の詩か?

 袁傪の視線に気づいて李徴の妻は微笑んだ。

「お察しの通り、これは夫の詩です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る