1-14 何が起ころうというのか

 おかしいと思うことはあった。


 毎日毎日、放課後には長い事、学園内に残っているハル。

 どうして図書館にずっと籠っているのか。


 ハルは他人を遠ざけているような節があった。


 自分の能力の強力さゆえに、それが他人に大きな影響を与えてしまうのではないかと危惧きぐしていたからである。


 であれば、学校に残っている理由は、むしろないはずなのだ。


 それがどうして、学校の敷地内にずっと居座るのか。

 理由は単に、彼女が寂しかったからだ。


 本当は他人と関わりたくて仕方がなかったはずなのに、自らに宿った力がそれを遠ざけてしまう。


 相反する気持ちがぶつかり合った結果、人の気配の残る学校内で、人が寄り付かないギリギリのラインであった図書館に居座るという行動に至ったのである。


 ハルとしてはそこが最大限の妥協点だったのだろう。

 それを思うと、これまで図書館の窓際でハルが何を思っていたのか。


 図書館内は静かなものだが、窓を開ければ外から部活に勤しむ生徒たちの声や、吹奏楽部の音楽などが聞こえてきただろう。


 手を伸ばせばすぐそこに人がいるというのに、安易に触れられないという環境。

 たとえるならば、欲しいものが飾られたショーケースを眺めている心境だろうか。

 ハルにとって、どれだけ辛い環境だったかは計り知れない。


「どうして私だったの? なんで私が選ばれたの? 美人になんてなれなくていい、身長だって低くていい、頭だって良くなくていい! 私も普通になりたかった!」


 声を上げて、大福にしがみついて泣き叫ぶハルに、大福は彼女の背中をそっと撫でるしか出来なかった。


 不甲斐ない自分に、少し腹も立った。




 しばらくして、落ち着いたハルは鼻をすすりながら目元をぬぐう。


「ごめんね、急に泣いちゃって……困ったでしょ」

「いえ。先輩が俺を頼って泣いてくれるなら、冥利みょうりに尽きるってもんです。……涙を止めてやれないのは、ちょっと無力感ですけどね」

「ううん、傍にいてくれるだけで良いの。ありがと」


 そう言いながら、泣き姿を見られたことが恥ずかしかったのか、ハルは誤魔化すように愛想笑いを浮かべる。


 そんな姿がいじらしくて、大福の胸はまたキュッと締め付けられた。


「……すみません、先輩。俺、先輩がそんな悩みを抱えてるなんて知らなくて、単純に先輩の能力を開花させれば、色んな問題が片付くと思ってました。先輩が普通を求めて能力の開花を望まないのなら、俺……」

「ううん、それは違うの」


 大福の言葉を遮り、ハルは首を振る。

 ハルの力は、ハルの望む『普通』から大きくかけ離れたモノだ。


 それを開花させるということは、ハルの望みから遠ざかるという事と同意である。

 ハルの幸せを望むのであれば、むしろ能力の開花など推し進めない方が良いのかもしれない。


 そう思ったのだが、ハルは違う考えのようだ。


「私は……確かに今でも普通が欲しい。普通の人間として生きて、普通の人間として人生をまっとう出来れば、幸せな事だろうなと思う。……でも、運命を受け入れたってのもホント」

「それはつまり、地球の娘としてミスティックと戦う事?」


「そう。それは今のところ私にしか出来ない事だし、それを放棄すれば多くの人の『普通』が奪われてしまう。それは私の望みじゃないわ」


 気丈にふるまっているように見える。


 先ほど、盛大に泣いた後にそんなことを言われても、手放しで信用できない。

 そう思って、大福はもう一度、ハルの手を静かに握る。


 相手の意図を探るように。ハルの返事を待つように。

 それがわかったのか、ハルも困ったように笑う。


「これは本心。さっきのも……本心ではあるんだけど、あれはね。もう区切りがついたのよ」

「そんな簡単に区切りなんかつくんスか?」

「簡単ではないよ。たぶん、それは奇跡的な偶然で、運命的な出会いなんだと思う。私は……ホント、ただ単に寂しかったんだと思う」


 ハルは大福の手を優しく握り返し、過去を思い返すように言葉をつづる。


「私の能力は無意識的にも働いてしまう可能性がある。そして、他人の思考を書き換えてしまう事も出来る。……だから、本当に私と真っ当な関係を築ける人間なんていないと思ってた。でも、そんな諦めをぶち壊す人がいた」

「それって……」

「そう。キミ」


 ハルの強い光を宿した瞳が大福を射貫く。


 改めてハルにまっすぐ見つめられると、大福も少しドギマギした。


「大福くんがいてくれるから、私は覚悟を決められた。大福くんがいてくれるから、私はもう寂しくない。大福くんがいれば、私はなんだってできる!」


 いつの間にか、ハルにとって大福はとても大きな存在になっているようであった。

 それが誇らしくもあり、同時にちょっと気恥ずかしくもある。


「なんか、真正面からそう言われると、照れますね」

「や、やめてよ。私まで恥ずかしくなるでしょ!」


「……でも、嬉しいです。俺も先輩の役に立ててるなら」

「……うん、ありがと」


 二人して笑いを零し、なんとなく空気も和んだ。

 それで思い出したのか、ハルがポンと手を叩いた。


「そうだ、大福くん、もう少し時間ある?」

「うん? ……まぁ、急ぐような時間でもないか?」


 時計を確認してみれば、すでに午後六時を過ぎている。


 とは言っても森本家は大黒柱たる真澄の帰宅時間が結構あやふやで、食事の時間も各自に任されているところがある。


 ゆえに適当に青葉に『帰りが遅くなるかも』とか連絡を入れておけば、ある程度遅い時間の帰宅になっても許される雰囲気があった。


 今日も適当に連絡さえ入れておけば、なんとかなるだろう。


「大丈夫だと思います」

「じゃあさ、ちょっと見せたいものがあるの。私が良いって言ったら、寝室の方まで来て」

「……んん?」


 少し頬を染めつつ、ハルは大福の返答も待たずに立ち上がって寝室の方へと消えて行った。


 それを見送り、大福は少し困惑する。

 見せたいものがある。寝室で。……二人きりで?


「な、何が起ころうというのか……ッ!?」


 俄かに緊張感に満ちてきた部屋内。

 大福は冷や汗を垂らしながら、それでもその場から動けずにいた。

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