1-13 孤独の象徴

「普通が良い、という割には、随分と個性的な部屋作りですけどね」


 ハルの言葉に、大福は務めていつも通りの雰囲気で受け答えする。

 彼女があまり気負いすぎないように、気を使いつつ、だ。


 それに気づいているのか否か、ハルは手でペットボトルを弄びながら頷く。


「うん、私にとってこの部屋は、普通じゃないからさ」

「俺から見ても充分普通じゃないですって」

「そうじゃなくて……気付いてるかもしれないけど、私、ここで一人暮らしなの」


 それはなんとなく察していた。

 もし家族がいるのであれば、それはそれで生活しづらい事この上ないだろう。


「私の中の普通って、お父さんがいて、お母さんがいて、もしかしたらおじいちゃん、おばあちゃんや兄弟姉妹がいて、ただいまって言ったらおかえりが帰ってくる家なの」

「そう、ですね」


 現実、そう上手くいっていない家庭も往々にある。

 とは理解しながら、大福は頷いて話の先を促す。


「でも、私はこの部屋で独りぼっち。帰ってきても誰もいない。孤独を煽るだけの部屋」


 それを聞いて、大福も少し思い出す。


 大福を引き取ってくれた祖父母が亡くなり、森本家へ引き取られるまでの短い期間ではあったが、同じような経験をした覚えがある。


 これまで当然のように存在していた家族がいない。

 それを否応なく痛感させられる事は、とても怖い事だ。


 そんな経験、無いなら無いに越したことはない。


「私のお父さんとお母さんは……私の能力が発覚したすぐ後に、私を捨てたわ」

「捨てた……?」

「前にも話したけど、能力が覚醒してすぐは、制御もままならなくて、周りの人間に大きな迷惑をかけたの。その一番の被害者が、お父さんとお母さんだった」


 考えてみれば当然である。


 迷惑を起こすのが個人の能力であるなら、その一番近しい存在――家族が一番の影響をこうむる可能性が高い。


 それが解決出来る問題であればともかく、人知を越えた超常現象となれば、普通の親なら参ってしまうだろう。


「秘匿會が私の元を訪れ、能力の説明をしたあと、秘匿會は私の身柄の保護を申し出たわ。ウノ・ミスティカに見つかれば、私の力が悪用されるか、もしくは殺される可能性があったから」


 ウノ・ミスティカに殺されかけた経験もある大福は、文字通り痛いほど、その危険性を理解していた。


 相手が子供だろうと、奴らは実行するだろう。


「お父さんとお母さんね。どうしたと思う? ……二つ返事で即答したのよ。私を手放すって」

「先輩……」


 口にするのも辛い事だろう。


 ハルは親を好いていたはずだ。そんな両親から捨てられた経験を話す事が、彼女の心を抉っているのは痛いほど理解できる。


「そりゃそうよね。よくわからない超能力を持った子供だもん。誰かが無償で引き取ってくれるって言ったら、手放しちゃうよね……」

「先輩、もういいです」


 震えているハルを見て、大福もそこで話を切り上げようとする。

 だが、それでもハルは首を横に振った。


「大福くんにも知っていてほしい」

「先輩……」


 ハルの瞳はしっとりと濡れながらも、強い決意に満ちている。

 そんな視線で射貫かれては、大福も止めることは出来なかった。


「秘匿會に引き取られた後、私はすぐに奈園に引っ越してきて、ずっとこの部屋で生活してきた。何もない部屋なのは、その時からずっと一緒。……だって、私はここから出ていくモノだと思っていたから」


 それは幼いハルが抱いた夢であった。


 自分が両親に捨てられたという事実さえ理解出来なかった、当時七歳の少女は、いつか両親が迎えに来て、この部屋から出て行って、いつも通りの生活が送れる。

 そう思っていたのだ。


 だが、それは夢で、実現しえない理想だった。


「中学に上がる頃には、もう理解してたわ。私はずっと、この部屋に独りぼっちなんだって」


 ハルが能力に目覚めたのは七歳の頃。


 そこから中学に上がるまでの数年、どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。

 大福には想像するに余りある、辛い生活だったのではないだろうか。


「私の持ってるこの能力。これは特別で、みんなを助ける事が出来る素敵なモノ。私にしか出来ない事。だから、私は地球の娘としてミスティックと戦う運命を受け入れた。……でも、でもね」


 ハルの喉がグッと詰まるのがわかった。

 大福は無意識のうちにハルの手を取り、優しく握る。


 それが我慢の限界だったのか、ハルの目から涙が零れ落ちた。


「この能力も、私を孤独にする……。秘匿會のみんなが居ても、誰も本当の意味では私に寄り添ってはくれない。私にとってこの部屋は、孤独の象徴みたいなものなのよ」

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