1-12 普通になりたかったんだよ

「先輩、起きましたか?」


 寝室のドアをノックしつつ、奥にいるはずのハルへ話しかける。


「だ、大福くん!? なんで、ここ……私の部屋!?」

「先輩が居眠りから目が覚めないから、色々あって俺がここまで連れてくる事になったんです」

「え、や、ちょ……」


 どうやら相当狼狽ろうばいしているらしいハル。

 部屋の中の様子を想像すると笑える。


「な、なんで大福くんが……秘匿會の人は?」

「その支部長から直々のご命令だったんスよ。……というか、日下さんの罠にハマったんス」

「罠って……ええ……」


 ハルも『ありえなくはない』と思ったのだろう。

 一応、それで原因だけは把握したようである。


「大丈夫っスよ、俺、もう帰るんで」

「え? 帰……待って!」


 慌てたようなハルが、バタバタと足音を立てて近付いてきて、勢いよくドアを開ける。

 大福がそれにぶつからなかったのは幸運だったろう。


「何か用事でも?」

「用事っていうか、その、変だったでしょ?」


 ハルにそう問われて、大福も一瞬、言葉に詰まる。


 確かに、変ではあった。

 全く生活感のない家。存在の感じられない家人。


 疑問は確かに存在している。


「言い訳、させて」

「言い訳って……別にいいスよ。気にしませんし」


「ウソ! 絶対気にしてる! 私の事、変な女だって思ってる!」

「変なのは今に始まったことじゃないでしょ」


「あ! ああ! 酷い! 大福くん、そんな風に思ってたの!?」

「俺だってある程度は変ですし、変人同士、釣り合いが取れてるでしょ」

「え? や……え? うん……」


 大福の言いくるめが成功したらしい。ハルは語気を弱めた。

 しかし、どうしても食い下がる。


「いや、でもちゃんと説明させて! ちゃんと理由があるから!」

「……いや、先輩がそうしたいなら、ことさら拒否する理由もないですけど……」


 どうしても『誤解』を解きたいらしいハルは、『ちょっと待ってて!』と言って大福をリビングで待つように指示した。


 起き抜けだろうし、何かしらの準備もあるのだろう。



****



 フローリングむき出しのリビングにて、大福は固い床の上に直座りしつつハルを待った。


 ややしばらくすると、リビングのドアが開いてハルが入ってくる。


「お、お待たせしました」

「いや、それほど待ってませんけど」


 ハルはすでに制服から着替えており、緩い部屋着であった。


 ダボっとした薄手のセーターと、これまたゆったりしたフレアスカート。

 長い髪は適当にヘアゴムでまとめており、いつも学校で出会うハルとは全く違う印象である。


「ごめん、気の利いた飲み物とかないから、水で良いかな」

「お構いなく」


 どうやら飲み物を出してくれるらしい。

 ハルは冷蔵庫を開けると、中から二つペットボトルを取り出し、リビングに戻ってきた。


 コップすらないのか、と驚きつつ、大福はペットボトルを受け取る。


「……驚いたでしょ」

「そりゃ、まぁ」


 ハルの確認に、大福も取り繕うことなく肯定する。


 リビングだけでなく、この部屋全体を見回しても奇妙であると評さざるを得ない。

 少なくとも、女子高生が住んでいる部屋とは、誰も思わないだろう。


「この部屋ね、秘匿會が用意してくれたんだけど……実はあんまり帰ってないの」

「どこか別の場所に家があるとか?」


「そうじゃなくて、出来るだけこの部屋で生活しないようにしてて……」

「それまたどうして?」


 大福の質問に、ハルは少し言葉を選ぶ。


「大福くんにはいつか話したけど、私ね……自分の力を使いたくないの」

「そう言えば、そんな話もしましたね」


 春の事だっただろうか。


 ハルの能力が低迷している原因を探る途中で、そんな話になったような気がする。

 それを思い出しつつ、ハルは話を続ける。


「私の力は確かに便利だし、他の人が使えばもっと有効活用出来るかもなって思う。それが良い事か悪い事かは、また別問題としてね」

「俺だって、先輩の力があれば、もっと有意義に使えると思いますね」


「大福くんなら、すぐに億万長者にしてくれ! って願いそう」

「それもいいスね」


 実際、ハルの能力があればそれも可能だろう。


 この世のどこかにある現金を瞬間移動させるでも良いし、何なら現金を作り出すことだって出来るだろう。


 預金通帳の額を増やす事だって簡単だろうし、億万長者になるためのあらゆる方法が、ハルの力の前では不可能ではない。


 だが、ハルはそれをうとんだ。


「何でもできる、ってやっぱり、普通じゃないでしょ」

「そりゃそうでしょう。大概の人間は自分の出来る事しか出来ません。実現したい夢があっても、それが不可能ならばどこかで折り合いをつけなきゃいけない」


「私もそうでありたかった。……私、普通になりたかったんだよ」


 吐き出すように零したハルの言葉。

 それはおそらく、心の底から出てきた本心なのだろう。

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