第19話 捌ノ刻

 ――――――――

 世界十二刻せかいじゅうにこく、それは世界によって見出される十二の者達。

 世界による使命を持った時、あるいは使命を果たしたときに現れる痣が特徴となる。

 数字ごとに使命があるとされるが、時代によってその意味は変わる。

 また必ず十二人いるとは限らず、時代によっては数人しかいないこともある。


 ――――――――


「ほら、ここがリヴァイアサンよ。」


 私はここまでね、と言いかけて男に「お待ちを。」と呼び止められる。


「何よ、急いでいるんだけど。」


 男はうーんと俯いて考え込んだ後、スッと顔を上げる。


「非常に申し訳ないのですが、貴女にはもう少し居てもらわないといけないなりました。」


「初めからそのつもりだったんじゃないの。」


「いえ、少し事情が変わりまして。良ければここでお茶でも・・・。」


「冗談でしょ、私は行かせてもらうわ。」


「そうですか、では少しお手合わせ願いましょう。」


 そういって男は魔力を練り始める。

(この魔力、勝てるかしら・・・)


 疾風の頬に一筋の汗が垂れた。





 ―――


「世界十二刻、捌・・・慈愛に満ちたもの、神父。」


 どうしてここに、何故今、本物なのか、と様々な考えが頭をよぎる。

 しかし彼の魔力が、その質が本物だと脳が警鐘を鳴らしている。


(魔力量はそこまで多くない、けど・・・)

 質が、重みが違う。

 立っているだけでわかる圧倒的な強者の重圧。

 呼吸するのが苦しい。


 老人が話す。


「こんなところに居たとは・・・、もしやと思い、ついてきたのは正解でした。さぁ、我らのところに。」


 やけに無機質な声とともに、その手を伸ばしてくる。

 その目はしっかりとノエルを見ていた。

 いや、ノエルしか見ていなかった。


「申し訳ない、神父殿。妻とはどんな関係で?」


 返答はない。

 なおも手を伸ばして近づいてくる老人を、雪が突き飛ばし確信する。

 間違いなく敵であると。


「悪いけど帰ってもらいます。」


 そういって炎熱、影、氷、土等の様々な魔法球を作り上げ、打ち込む。

 その数は20種類を超える。

 更に特大の炎熱球を頭上から叩き込む。

 熱波に肌がヒリつく。


 対して老人は放った魔法全てを素手で破壊した。

 最後にわざとらしく礼服を手で払う。

 まるで、埃を被ってしまったと言わんばかりに。

 払い終わると老人の姿が消えた。

 同時に雪の周りの景色が歪んだ。

 否、自分の身体が壁に打ち付けられていた。


「ガハッ!」


(何が!?)

 一瞬の出来事に頭が追い付かない。

 ただ、本能に従って軋む身体を横に投げ出す。

 凄まじい破壊音と共にさっきまでいた壁が砕かれ、老人が立っていた。

(化け物かよッ)


 呆然としている妻と私を見て、またわざとらしく土を払い無機質な声で告げる。


「申し遅れました、わたくし捌ノ刻神父と申します。」


 微かな希望は今砕かれた。

 それは死刑宣告と同義だ。

 捌ノ刻、神父。

 名前の通り、神父としてその生涯の大半を過ごし、時には悪を、時には正義をも拳一つで壊し、守り抜いてきた聖王国における人望の厚い者だった。

 しかし、数年前に病を患い表舞台にはあまり顔を出さなくなった。

 そして最近姿を消したと噂で言われていたが・・・

(なぜ、こんなところにいる、妻を狙っている理由は?いや、そんなことを考えている場合ではない。)


 老人が魔力を拳に込め、振りかぶる。

 それを見て、すぐさまその場を離れる。

 次の瞬間、元居たところは悲惨なことになる。


(どんな威力してんだよ。)

 心の中で悪態をつく。


 神父の扱う技は基本2つ。

 魔力を纏った拳で直に殴る『聖拳せいげん』と拳に纏った魔力を飛ばして殴る『聖衝せいしょう』である。

 前者は世界でも耐えられる人が10人いるかどうかといわれており、それに劣る後者もかなりのダメージである。

 更に神父の魔力は他の人とは少し異なるらしい。

 ゆえにただの殴りですら、有象無象では耐えられない。

 もちろん雪も例外ではない。


(さっきまではただ殴っていただけだったから耐えられたが、これからは耐えられない。)

 鯨や爪の魔装士とは違う、圧倒的な格上との戦闘。

 相手が手を抜いていなければ一瞬で終わっていたはずだ。

 これ以上神父の中の神父と言われた老人相手に、奇跡を縋るには相手が悪すぎる。


「仕方ないよな。」


 雪は。自身のとっておきを使う覚悟を決める。


本制作ブックメイカー魔瞳ましょう


 唱えた瞬間、厚いページの1つが燃えてなくなる。

 使うのは予知の魔瞳。

 数秒先の未来を予知し、危険をより早く察知して凌ぐ。

 本制作を使用しても一度きりしか使えないものだ。

 同時にダンジョン産の希少な水晶の魔法道具マジックアイテムを使う。

 その効果は、水晶に込められた複数の魔法を一定時間使えるようにするもの。

 過去の例から10分程使用できるとされている。

 使用できるようになった魔法の展開を準備する。


「ライトニング。」


 音を置き去りにする雷が老人めがけて飛ぶ。

 しかし、それを軽く拳で払う。


「フラッシュ、シャドーニードル!」


 対して雪は間髪入れずに魔法を叩き込む。

 前から後ろ、上から下まで全方位から叩き込む。

 その全てを拳をぶつけて霧散させる。

 さらに予知の魔瞳が聖衝が飛んでくると警鐘を鳴らし、それを新たな魔法を撃って封じ込める。

 同時に、魔力の蓄積チャージを開始した。

 特大の魔法を撃つために。


(ポイズンミスト・・・!)

 しれっと毒を混ぜるが、老人が拳を振るだけで霧散した。


「くっ、炎熱球!炎熱柱!」


 炎熱系の魔法も簡単に払われる。

 次の魔法を考えようとして視線が外れる。

 予知の魔瞳が警鐘を鳴らす。

 視線を直ぐに戻すが、老人の姿が消えている。


「まずっ!?」


 急いで横に大きく飛ぶ。

 その肩を拳が掠める。


「う゛っ!」


 しかし雪はチャンスへと変えようとする。

 近距離から複数の魔法を放つ。

 その陰に隠れて肉薄する。

(ここで決める・・・!)


「影竜爪!!!」


 最大チャージで放った攻撃は確かに相手を捉えた、しかし素早く反応した相手の手に弾かれる。


「やばっ!?」


 予知の魔瞳の警鐘空しく、神父はそのまま顎に肘打ち。

 宙に投げ出された雪に構えるは聖拳か聖衝か。


 どちらにせよ待っているのは。

(死ぬ・・・!)


「危ない!!」


 神父からの一撃は直前にぶつかった妻によってわずかに逸れる。

 それでも凄まじい衝撃で肩は砕け、腕は明後日の方向に曲がる。


「あ゛っ!!?」


 ノエルを押しのけた神父は追撃を試みる。

 意識を失いかけた雪に再度肉薄した拳は、当たることなく止まる。


「・・・?」


 恐る恐る目を開く雪。

 わずか数cmまで迫っていた拳はそれ以上進むことなく止まっている。

 そして大量の血を吐いて、神父はその場に崩れ落ちて動かなくなった。


「助かった・・・?何で・・・。」


 掠れた声を絞り出す。

 その疑問に答える者はいなかった。


 倒れた神父から黒い種とそこから生えた蔓がゆっくりと這い出てきて、ひっそりと息を引き取り、塵へと崩れた。

 突然の終わりに紛れたそれを雪は見落としていた。


 ―――


 雪は生涯否定し続けるがこの日以降、十二刻ノ捌『神父』を下したといわれることになる。

 それは良くも悪くも彼と、彼の周りを巻き込む始まりとなった。

 異世界日常譚はここから歩むのだ。


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