第16話 爪

 先に動いたのは相手だった。

 距離を詰め、その左爪を横なぎに振るう。

 対して雪は爪を振り切る前に槍をあてて弾く。


「くっ」


 魔装士は唸り、態勢を整えながら今度は右爪を縦に振るう。

 雪は爪が振り切れる前に横に弾く、と同時に槍から片手を離し魔法を叩き込む。


「炎熱球!」


「小賢しい」


 大きな火球が視界いっぱいに広がる

 とっさに相手は片方の爪で火球をかき消す。

 その陰に隠れて今度は雪が肉薄する。


「ふっ!」


 横薙ぎした槍は、相手に避けられ捕らえることができない。

 ただ、それも予見して次の手を打つ。

 雪は地面から小さな土の礫を飛ばし、意識が逸れた瞬間に素早い電撃を放っていた。


「なっ!?」


 相手が驚愕するのがわかる。

 静電気より少し痛いくらいの電撃だが、集中している戦場では大きな隙となる。


「もらった!!」


 槍に魔力を込め、思いっきり突く。

 完璧な誘導からの一撃は、しかしガントレットの平で受け止められる。


「甘いよなぁ!?」


 そのまま相手はもう片方の手を振りきろうとする。


「させない!」


 咄嗟に槍の柄でそれを防ぐ。


「ちっ!」


 悔しそうに舌打ちをする相手。

 その反応を見て、爪の魔装具への対処が正しい事を確信する。

(爪の魔装具の弱点、前に聞いててよかった)

 爪の魔装具は、手を振りぬいた時の斬撃が高い威力となる。

 ゆえに手を振りきらせないこと、これが正しい対処となる。


「なんだ、弱点知ってるのか。」


 さっきまでの苛立ちはどこに行ったのか、相手は急に冷静になる。

 そして距離をとる。

 嫌な予感がした。


「砲爪!!」


 合わせた両手から魔力の塊が飛んでくる。

 避けることもできず直撃する。


「あっけねぇな。」


 そう呟く相手。

 しかし砂煙が晴れたとき、雪は軽傷で立っていた。


「んん?直撃したと思ったが・・・防御魔法か、器用なこった。」


 そう、雪は直撃の瞬間に防御魔法を張って身を守っていた。

 威力が高く、完全には防げなかったが、咄嗟にしては良い判断だった。


「おもしれぇ、これならどうするよ。」


 そういってもう一度両手を合わせる。


「砲爪!!」


 再び飛んできた魔力の塊を雪はもう一度防御魔法で防ぐ。

 雪の周囲を砂煙が舞う。

 そこに隠れて、爪が最接近していた。


「!?」


「おらぁ!」


 ズバッ

 雪が槍で防ぐより早く、相手は爪を振りぬいていた。


「う゛っ・・・」


 吹っ飛ばされた雪の肩から腰にかけて大きな裂傷ができる。

 保険でかけた防御魔法も容易く貫通していた。


「何だよ、もうダメそうじゃん。」


 興味が尽きたのか、つまらなそうに相手が言う。


「ほら、足掻けよ。それともあっちにある家を襲えばもっと頑張るのか?」


 明らかな挑発だ、乗ってはいけない。

(思い出せ、鯨との戦いを、魔槍との稽古を。)

 大きく深呼吸して槍を構えなおす、まだ大丈夫だ。


「おっ、まだ諦めていない目だ。」


 ニヤリと相手が笑う、獰猛な笑みだ。

 ガコンと爪の魔装具から小さな筒のようなものが出てくる。

 それを捨てて素早く別のものと入れ替えた。

(あれが魔装具のカートリッジか!)

 雪はそっと影を捨てたカートリッジに向かわせた。

 そして自身も前に出る。


「炎熱球!」


 相手の左側から火球が向かう。


「またかよ、効かねえって。」


 爪で散らすのを見てさらに唱える。


「炎熱球鳳仙花!」


 今度は四方八方から無数の火球が向かう。

 さらに


「炎熱柱!」


 炎の柱を相手の足元に出現させる。


「ちっ」


 後ろに飛び退く相手に槍を突き刺す。


「小賢しいなぁ!!?」


 防御ではなく、回避を選択する相手。

 その槍を雪は引き、そして回転させて斬撃を放つ。


「三段槍!」


 斬撃は爪に弾かれる。


「おいおい、まだ色々できんじゃねえか!」


 嬉しそうな相手とは対照的に、雪の額には汗が垂れていた。

 きつすぎる、それが正直な感想だった。


 ーーーーーーーーー

「ねぇ、本当に助けに行かなくていいの?」


 離れた拠点で雷帝は心配そうに聞く。

 見ている限り劣勢なのは雪で間違いなかった。


「今のあの子では爪ですら厳しい戦いになるのはわかっていたでしょうに。」


 それを聞いた豪傑が酒を飲みながら答える。


「確かに見た感じだと雪が劣勢に見えるな、けどまだ助けに行くには早ぇだろ。」


「でも」


「雷帝。」


 聞いていたもう一人の男、秩序が口をはさむ。


「今の雪の一番の強みは何だと思う?」


「そんなこと今話している場合じゃ」


「あの子の強みは実践から得る圧倒的なセンスだと僕は思うよ。」


 雷帝の言葉を遮って、秩序が言った。


「心配なのは分かるさ、彼はとても不安定だからね。でも、だからと言っていつまでも雛のように過保護にしては何も変わらない。僕たちが助けに行けない事態になったとき、彼は自力で道を切り開かなきゃいけないからね。今はそのための練習だよ。」


 黙った雷帝を見て、さらに続ける。


「何事も経験だよ。それにいつまでも燻ってもらってちゃ困る。・・・ノエルには悪いけどね。」


「はっはっは、そういうことだ。だからそんな怖い顔で秩序を見てやるな、疾風のお嬢ちゃんよ。」


 一度言葉を切って、横を見る。

 そこには鬼の形相で秩序を睨みつけ、今にでも飛び出さんばかりの疾風がいた。


「敗北することがあれば、お前さんがすぐに助けに行けばいい、そのときは止めないさ。」


 そういって豪傑が宥める。


「えぇ、わかりました。できれば今すぐにでも行きたいですけどね。あの子にこれ以上辛い目にあってほしくないもの。」


「まあまあ、焦るなよ。」


 酒をグビッと飲んで冷静に豪傑が言う。


 激闘は終盤に差し掛かっていた。

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