第35話 銀狐と百剣

奏恵vs.カラ婆、浩志vs.徹の戦い。


 この戦いはどちらも始まってすぐ一方的な戦いとなっていた。



 〜〜〜〜〜



「くっ!」


 カラ婆の放った水球。


 制限解釈リミテッドにより範囲指定をし、そこに収まらないほどの水を圧縮して強引に押し留めており、その威力はただ水が突撃したとは思えないほど強力なものだった。


 そして放たれる速度も並の人であれば避けることも困難な速度である。


 だが、今回の相手は並ではなかった。


「なぜ当たらん!?」


「あなたの攻撃が遅いからじゃないの?」


 奏恵は縦横無尽に動き回る水球を全て紙一重で避けていた。


 死角からの攻撃だろうとまるで見えているかのように避け、カラ婆へと向かっていく。


「《雨穿ち》!」


 あと一歩で奏恵がカラ婆に届くと言った距離まで近づいた時、カラ婆は水滴ほどの大きさの水球をガトリングの如く打ち出すことで彼女を退けていた。


 これでもう五度目である。


「はぁ!はぁ!はぁ!」


 カラ婆はすでに体が衰えており、剛身化も会得していないためまともに動くこともできない。


 そのため、その場から咄嗟に避けたら下がったりすることができず夢幻ヴィジョンの飽和攻撃でどうにかしのいでいた。


 しかし、《雨穿ち》は想力オドの消費が激しく、カラ婆はもう満身創痍の状態である。


 そんなカラ婆の《雨穿ち》を奏恵は余裕を持って避けていた。


 やろうと思えば強引に突破することもできるだろうにそれをしない。


 明らかに弄ばれていた。


「ふざけるな!!《蒸気掌握・水弾幕》!」


 それを感じ取っていたカラ婆は持てる限りの想力オドを振り絞って夢幻ヴィジョンを発動させる。


 奏恵の周囲360度に無数の水球が形成され、それらが全て奏恵に向かって放たれた。


 避ける隙間ないためか奏恵は動くことなくその攻撃は彼女に殺到した。


(当たった!)


 攻撃の余波で砂埃が舞い上がり奏恵の姿は見えないが、夢幻ヴィジョンの感触から確実に当たったことが分かったカラ婆は歓喜の表情を浮かべていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。ヒャハハハハ!わしの勝ちじゃ!油断するから負けるん………」


「あなたの夢幻ヴィジョン。周りの水蒸気を利用しているのね」


「なっ!!」


 しかし、砂埃が晴れるとそこには先ほどと同じように奏恵は無傷のまま佇んでいた。


「なぜじゃ!今度はちゃんと当たったはず!」


「当たったわよ。さっき言ってたじゃない。私は獣創者ビースよ。避けれないなら剛身化で体の存在力を上げればいい」


「さっきの夢幻ヴィジョンはかなりの威力だぞ。それを夢想アーツも発動せずに耐えたと言うのか」


 カラ婆は周りにある水蒸気を掌握し、夢幻ヴィジョンで複製し水弾を形成している。


 そのため比較的少ない想力オドの消費で済んでいた。


 だが、さっきの夢幻ヴィジョンはかなりの想力オドを注ぎ込んで存在力をできる限り上げていたのである。


 いくら獣創者ビースと言っても、それに夢想アーツを発動させてないのに耐えられるものではない、カラ婆はそう思っていた。


 なのに、それなのに奏恵は当たり前のように耐え切った。


「鍛錬を惜しむわけないじゃない。夢想アーツを使わなくてもあなたと戦えるくらいには訓練しているわよ」


 奏恵は新宿の外界の中でも一二を争うほどの強者である。


 だが、それは新宿に限った話。


 外に出れば彼女より強い寓話獣なんてごまんといる。


 最近も落日の夜空デイブレイクのリーダーに実力を見せつけられたばかりである。


 それに行き詰まっていた夢想アーツの先についてようやく足掛かりがついたのだ。


 そんな状態で鍛錬を怠るなんてことを彼女はできるはずがなかった。


「まぁ、夢想アーツも使われずに死ぬなんて可哀想だから最後に本気を出してあげる。…夢想アーツしゅむる銀狐ぎんこ〉」


 手足の爪はより鋭く、覆っていた赤毛はより濃く、全身を覆っていた銀毛はより美しく、そしてより存在力が増した。


 先ほどと見た目は同じ、だが、その存在感は圧倒的であった。


「《潤湿剛壁》!」


「《血染めの襲爪》」


「ガハッ!」


 カラ婆がなけなしの想力オドを振り絞って夢幻ヴィジョンの壁を作り出すが、奏恵の爪はそんなものなどなかったかのようにそれを切り裂き、カラ婆を致命傷を与えた。


「く……そが……!」


 そのままカラ婆が動かなくなったのを確認した奏恵はこの後、せっかく前に出てきたこともあり、ついでに残党も狩っておこうと動こうとする。


「さてと、ついでに残党も片付け……っ!!」


 その時、突然自分に向けられた凄まじい気配に気づきその場から離れる。


 その直後、彼女が先ほどまで立っていた場所に黒い糸状の束が通り抜けていった。


「あア、避けたのネ。せっかくワたしが美シクしてアゲようとしたのニ」


 そこには一人の女がいた。


 先ほど奏恵を襲った黒い糸状の束を辿っていくと彼女の髪の一部であることが分かる。


 太ももまで伸びている長い黒髪、吊り上がった目に高い鼻に勝気な表情に女性らしい体つき。


 可愛らしい美しさの奏恵とは違ってカッコよく美しい女性であった。


「あら、そんなことしなくても私は美しいわよ」


「はァ。ナニ言ってるのヨ。ワたしのほう美シイに決まってるジャナい。さぁ!見ナサイこの美シイ四肢!美シイ胸!美シイ顔!そしてウツクシイ髪!……そんなワたしと比べレバあなたナンてブスよ!ブサイク!」


「あぁ?私がブサイク?戯言言ってんじゃないよこの陰湿ブスが!」


 いつも余裕のある態度をとっていた奏恵はブサイクと言われた瞬間ブチギレた。


 それはもう殺気をばら撒き敵味方関係なく気絶するものが現れるほどに。


 無理もないだろう


 〈私は誰よりも美しい〉


 それこそが奏恵の想いなのだから


 彼女の想いはただただ自分の美しさを磨くだけではない。


 もちろん自分を美しくするための努力は惜しんでないが、何もしなく自分は美しいと自負しており、自分の美しい魅せ方に力を注いでいた。


 それに何も美しさは外見の話だけではない。


 困っている人がいれば助ける。


 食料が足りないのなら分け与える。


 怪我を追っている人がいれば保護し手当する。


 悩みがある人がいれば相談し共に考える。


 性格的な美しさもまた、彼女の想いの源である。


 そんなことを続けてきたからか次第に奏恵の周りには人が集まっていき、それがだんだんと大きくなって出来たのが『招き猫』である。


 今でも女子供など社会的弱者の立場にいる人たちが奏恵を頼りにして招き猫に駆け込んでいる。


 そのため彼女に対して美に対する否定を行うことは彼女の想いの逆鱗に触れることである。


「イッてくれるわネ。主様あるじさまに授けテいただイタこの美貌トちからを前ニ同じこと言エルかしラ!夢幻洗脳インフェクションアーツ漆黒ナ濡レ髪ブラックウィドウ〉!」


 彼女― 上月かみつき麗美れいみもまた自分の美貌に自信を持っていたためブスと言われたことに腹を立て、主様に授けられたという力を発動させた。


 彼女の長い髪がまるでひとりでにうごいているがごとく髪を逆立つ。


 その存在力は先ほどのカラ婆とは比較にならないほど強大であり奏恵よりも大きいものだった。


「ワたしの髪でムザん締め殺シテあげル!」


「いいわ!やってみなさい!」


 招き猫リーダー猫屋奏恵と旧イデアの隣人幹部にして白夜の夢デイドリーマーメンバー上月かみつき麗美れいみの二人が激突した。



〜〜〜〜〜



「ガハッ!」


「終わりだ」


 ところ変わって烏の饗祭のアジト前


 そこでは浩志が徹に剣を突き刺していたところであった。


「やっぱり弱いな」


 徹は体のいたるところに切り傷があり、全身血だらけで満身創痍であるのに対し、浩志には一切の怪我はない。


(くそっ!なんて強さだ!こいつ、俺と戦いながら他のやつのサポートまでしてやがった!俺なんて片手間で殺せるってか!?ふざけるな!)


 浩志は手に持っていた剣で徹と戦いながら、背後に浮かしていた二本の剣を操作して他のメンバーの手助けをしていた。


 他のところに意識を割いているということに苛つき、自分だけに集中させるため徹は果敢に攻めた。


 だが、自分の傷がただただ増える一方であった。


「うおぁぁぁぁ!!」


 徹はなんとか一矢報いようと自分を突き刺している剣を持つ腕を掴み、一撃を当てようとした。


 先ほどまでの攻撃と比べれば体勢も悪く、かなりお粗末なものであろう。


 だが、浩志の腕を掴んでいる今なら避けられることはない。


 運が良ければこのまま勝てるかもしれない。


 そう思っていた


「《断頭剣》」


 しかし、上から降ってきた人の体ほどある巨大な剣によって、徹は籠手ごと腕を切り落とされる。


 徹が痛みを感じる前に浩志は反対側に持っている剣で徹の首を切り落とした。


 直後、浩志に影が落ちる。


「…ちっ!」


 咄嗟に避けようとするが腕がまだ掴まれたままであるため身動きが取れなかった。


 そのため、断頭剣を操作して盾とした。


 上から降ってきた何かは断頭剣とぶつかり一瞬均衡したが、そのまま押しつぶされる。


 しかし、浩志はその一瞬で掴まれた腕を離しその場から退避していた。


 とてつもない衝撃と共に当たり一帯が砂埃で覆われる。


 そして、そこから一人の人が現れた。


 背丈は浩志と同じくらいでありあり、全身を西洋の鎧で覆われており、一切肌が露出していない。


 顔すらもフェイスアーマーをかぶっていて見えないため性別すらもわからない。


 その手には長めのバスターソードを右手に掴んでいた。


「誰だお前」


「……」


 浩志の呼びかけにも一切反応せず、ただ静かに佇んでいる鎧の敵。


 そこから二人は相対したまま動かずにいた。


 鎧の敵が何を考えているのかはわからない。


 だが、浩志は突然現れたこの敵について考え事をしていた。


(誰だこいつ。またイデアの隣人の幹部か?…それとも白夜の夢デイドリーマーのメンバーか?気持ち悪りぃ気配がしやがる。それになんか違和感があるな)


 そう、この敵は不気味な気配もそうであるが、鎧の敵が現れた時の状況に違和感を感じていた。


 と言うのも全身鎧という目立つ格好をしていたのに、ここに来るのを見ておらず、上から襲ってくるまでまるで気配がなかったことである。


(相手はおそらく【鎧】の機創者マニュア


 相手は全身に鎧を着ていると言うことはその総重量はかなり重くまともに動けるはずがない。


 剛身化で動けるにしてもそれなら重い鎧なんて枷でしかない。


 それなのに鎧を着ていると言うことは夢幻ヴィジョンの適性が【鎧】であるはずと浩志は目星をつけていた。


 しかし、それが直前まで気配に気づかなかったことに関係するとは考えにくい。


 ガシャン


「っ!」


 ギャリリッ!


「硬いな。それに速い」


 なんの前触れもなく動いた鎧の敵は浩志に向かって上段からバスターソードで斬りかかる。


 浩志はそれを横に避けつつ、すれ違いざまに腕を斬りつけたが鎧に浅い傷をつけるのが精一杯であった。


(これは本気を出したほうがいいな)


 さっきの一撃は浩志が考え事をしていたとはいえ、かなりの速度で動いており、今のまま斬りつけても鎧によってまともに傷つけられないことから、浩志は本気を出すことにした。


夢想アーツ百剣ひゃっけん狼王ろうおう〉」


 浩志の存在力が上昇し、彼の背後にはまるで翼のように左右に五本ずつ刀が形成され、浮かぶ。


「《奏剣乱舞・十奏》」


 背後に浮かんでいた十本の剣が全て一人でに鎧の敵に襲いかかった。

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