第33話 イデアの隣人の襲撃
「ギャギャ!」
「気づかれたか」
刻たちがいるのがバレたのか、一匹のゴブリンが声を上げると他のゴブリンたちも騒がしくなっていた。
「私たちは周りを見張ってくるねー」
「見張ってくる」
そう言って水瀬姉弟は草むらに消えていった。
今のゴブリンたちの声で増援が来る可能性があったからだ。
「寓話獣の中でも飛び切り弱いから真正面から言っても問題ないぞ。もしもの時も手助けはするから心配するな」
烈火の忠告を聞くと同時に刻と凛はゴブリンに向かって走り出した。
「《
刻は
凛も片腕のみを獣化させて一瞬でもう片方のゴブリンの喉を掻っ攫って戻ってくる。
残りの三匹のゴブリンは一瞬で殺された仲間を見て、刻と凛から逃げるようにしてヒカリたちの方へと向かってきていた。
「《深雪大地》」
ヒカリの
「《深雪の白剣》」
「《不可視の痺手》」
「「ギャ!?」」
それに続くようにヒカリは雪の剣を形成し一匹のゴブリンの首を斬り、巧は残りの二匹に神経毒を浴びせ動けないようにした。
(…あんまり抵抗感がなかった)
ヒカリは先ほどゴブリンを殺したことにあんまり嫌悪感を抱いてないことに、改めて烈火が言っていたことを実感していた。
「刻。その刀貸してくれ」
巧は刻が持っていた刀を借り、痺れて動けないゴブリンの一匹に近づき、その心臓に突き刺す。
「……ふぅ」
「意外とあっさり殺せたな巧」
「…元々こうなる事はある程度予測できていたからな」
スムーズにゴブリンを殺したことに驚いていた烈火に巧はそう答えた。
前々から覚悟はしていたのだろう。
だが、まだ若干嫌悪感が残っているのか顔が青く、少し体が震えている。
「さて紡志。あとはお前だけだ」
「え…あ…」
最後に残った紡志は、他のみんながあっさりとクリアしているなかまだ躊躇っていた。
「刻。刀、紡志に貸してもいいか?」
「うん、いいよ」
「サンキュ。ほら紡志、これで一思いにやっちまえ」
巧から刀を受け取った紡志は刀の重み、そして刀身にへばりついている血糊を見てより一層体をこわばらせた。
「あいつは神経毒でもう動くこともできない。自分のペースでやればいい」
巧は紡志がすぐには踏ん切りがつかないと思い、最後の一匹のゴブリンも麻痺させていた。
紡志は一歩ずつゴブリンへと近づいていく。
一歩進めるごとに足に鉛のように重くなっていく。
それでもなんとかゴブリンの前に辿り着いた紡志は胸の前、心臓に刀を突き出した。
「はあ、はあ、はあ」
あとは振り下ろすだけ
それだけなのに体が動かない
数分、いや数秒だろうか。
どれだけだっただろう
「ギ、ギギャア!」
動かない紡志を好機と見たのか、ゴブリンは体が動かない中なんとか動こうとしたのだろう。
「ひぃ!」
「ギャ!?……ギ……ギャ」
力を振り絞って上体を起こそうとしたゴブリンは、一人でに刀に刺さってしまい、そのまま死んでいった。
「はあ!はあ!うっ。おえぇぇぇぇ」
予期せぬ形で殺してしまった紡志は手に残る肉を貫く感触に嫌悪感を覚え、その場で吐いてしまった。
「これは無理だね」
純のその言葉が紡志の頭の中に響いていた。
〜〜〜〜〜
その後もゴブリンに出会っては刻たちが殺してを何回か繰り返しその日は帰ることになった。
紡志は初めの一回以外ゴブリンを殺すどころかまともに
(この様子だと紡志を外で活動させるにはきついな。秀と同じで事務員にしたほうがいいかもな)
生き物を殺したことが完全にトラウマになってしまっている。
烈火は紡志には酷なことをさせたと後悔の念を抱いていた。
烈火がそんなことを考えているその時、どこからか烈火たちに向けて水塊が飛んできた。
「《水繭》」
「《風繭》」
それを水瀬姉弟の水と風の防御で弾き飛ばす。
まだ外にいるため警戒は怠っていなかったのだ。
弾き飛ばされた水が地面に触れると煙を出しながら地面を溶かしていった。
(溶けた!?…酸か!)
「誰!」
溶けた地面を見て完全に自分達を殺しにかかっていることを知った純たちは、臨戦体制をとりながら攻撃が飛んできた方向を見る。
「随分と豪華な同伴者だな。俺たちもご一緒しても良いかな?」
「イデアの隣人。なんでここに」
廃ビルの間から出てきたのはイデアの隣人幹部である佐々木三水である。
動きやすやを重視した軽装であり、その胸元には幾重もの図形が組み合わさってできたイデアの隣人の紋章が付けられていた。
「どうも初めまして。イデアの隣人の新しい幹部になった佐々木三水という」
「なんのよう?」
三水の自己紹介を無視しながら殺気を込めた眼差しで彼を睨む、純、水瀬姉弟、烈火、雷華の5人。
そんな五人分の殺気を受けながらも彼は飄々と受け流していた。
「うちの上司からの命令でね。君たちが邪魔らしいんだ。だから、死んでほしい」
『純!急いで戻ってきてくれ!招き猫のアジトが襲撃されている!』
『烈火!緊急事態だ。内界が襲われている!状況を聞く限り
三水の発言と時を同じくして純、烈火がつけていたインカムから襲撃の連絡が入る。
「他のところも動いたみたいだね。でもね、行かせないよ。《強酸溜まり》」
烈火と純の反応から他のところも動いたことを知った三水は向こうに行かせないように先手を打った。
彼らの頭上に巨大な水の塊が形成され、そのまま落ちてくる。
先ほどの攻撃から考えて間違いなくただの水ではないだろう。
「《
「《風除け》」
先程と同様水瀬姉弟が攻撃を防御し、純が三水へ攻撃しようと接近しようとする。
「っ!」
しかし、直前で立ち止まり戻っていった。
その直後純がいた場所に無数の水滴がばら撒かれ、地面を溶かしていく。
「よく避けたねぇ」
「…一定の距離に近づくことを条件とした
「お!当たりだよ」
三水は近づかれないように前方の一定の範囲内に侵入されることを条件にした
「…そろそろかな」
三水が右手のビルの壁に添えていた右手から煙が発生しており、建物自体もミシミシビキビキと音がなり、それが次第に大きくなっていった。
それと同時に純たちは嫌な予感がしており、ビルがこちらへ傾き出したのを見て予感が的中したことを確信した。
「っ!全員、全力で退避!!」
「お前ら避けろ!!」
「このまま死んでくれると嬉しいんだけどね」
彼らのいた場所にビルが落ちていき、直後、周囲にけたたましい音を出しながらビルは倒壊した。
〜〜〜〜〜
「ゴホッゴホッゴホッ!二人とも大丈夫?」
「ゴホッ。ああ大丈夫だ」
ビルが落ちていく中、ヒカリはみんなを呼び寄せようとしたがなぜか凛と刻が近くから消えていたため、近くにいた巧と紡志を呼び寄せて動こうとしていた。
しかし、紡志はヒカリが呼びかけても呆然としていたのか微動だにしなかったため巧が担いでヒカリと共にビルの落ちてこないエリアまで移動してヒカリの
「え……あ…」
「紡志、大丈夫か?」
「あ………う、うん。大丈夫」
ようやく頭の理解が追いついたのか声を出す紡志を心配して声をかける巧。
言葉では大丈夫と言っていたがヒカリたちから見れば大丈夫でないことなど一目瞭然であった。
巧と紡志の無事が分かったヒカリは意識を周りへと向けた。
あたりには瓦礫が散乱し、土煙が広がっており他の人を見つける事はできなかった。
「…一旦ここから離れよう」
外であるため無闇に動くわけには行かないが周りの見えず敵と出会う可能性があるここで他の人を待つのは得策ではないと考えたヒカリは二人にここから移動しようと提案した。
周辺を警戒しながら移動していき、ようやく土煙が晴れているところまで出ることができた。
「お!君たちが俺の相手かな?」
「…最悪」
だが、そこで出会ったのは味方ではなく三水であった。
烈火たちの殺気をまともに受けて飄々としていた彼は間違いなく自分達よりも格上。
勝てるはずがない。
なんで真っ先に会うのがコイツなんだとヒカリは自分の運のなさを呪った。
「一応言っとくけど、大人しく殺される気はある?」
「あるわけないでしょ」
「残念。…それじゃあ、
三水が
「すまないが誰が相手でも手加減しない主義でね」
わずかに手加減してくれることを期待していたヒカリだったが無駄だったようだ。
「
すかさずヒカリも
「おお!君
「ならその気味の悪い笑みをやめなさい」
〜〜〜〜〜
「くそ!あいつらは無事か!?」
ヒカリたちよりも遠くの方まで下がることでビルの下敷きになるのを免れた烈火と雷華。
烈火は他のメンバー、特にヒカリたちが無事逃げ切れたのかがとても心配であったが同時に秀からの連絡であった内界の襲撃のことが気になっていた。
「……はあ。お前は内界の方に行ってこい。そっちも心配なんだろ。俺は行かんぞ。奴らがどうなろうとどうでもいいからな」
「…………すまない。任せた」
どう動こうか迷っている烈火を見かねて、雷華がここは任せるように提案する。
烈火も
内界の方向へと走り去っていく烈火。
そしてそれを見届けた雷華も動こうとしていた。
しかし、ヒカリたちを探すためではない。
「あいつを倒せば問題ないよな」
雷華は三水と戦うためにこの場に残ったのだ。
確かにヒカリたちのことが心配であるのは事実である。
だが、それよりもあの男と戦いたいという欲求が抑えられなかった。
「さてと、それじゃあ探しま……」
「おオお前強イいナ」
「っ!!」
三水を探し出そうとしたその時、背後から声をかけられる。
雷華は急いで距離をとりつつ後ろへ振り返る。
するとそこには顔以外の全身を黒いローブで隠された人がいた。
何日も風呂に入ってないようなボサボサ頭の中年の男性であり、なぜかこちらを見ている目は虚で焦点が合ってなかった。
(ここまで近づかれて気づかないだと!?いつからそこにいた!?…いや、それよりも)
「お前も強いな」
雷華は全身から雷を迸らせる。
三水と戦いたいと言う思いすらも、目の前にいるやつと比べればどうでも良かった。
その顔は楽しそうに笑っていた。
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