第27話 閑話 西園寺瑠璃
「はあ」
ある日、西園寺瑠璃はため息を吐いていた。
彼女が今いる場所は内界の中でも様々な店やスーパーが立ち並ぶ商業区の一角。
そこに彼女は一人で来ている。
今日は世間一般的には休日で学校の授業も休みであるためかそこはとても賑わっており、友達と買い物をしていたり、家族で買い物に来ていたりとここにいるみんな楽しそうにしている。
そんな中、瑠璃は何か目的がある訳でもなく、家にいると落ち着かないので気を紛らわすために一人でここに来ていたのだが、それでも彼女はある事が頭の中から消えることはなかった。
(刻君が第一異能機関からいなくなってもう三ヶ月か)
突然、何の前触れもなく第一異能機関に来なくなった刻。
心配した瑠璃はすぐに先生に掛け合った。
すると橘秀という人が刻の休学届を出していたことが分かり、その後刻やハズレと言われていた人が夢幻の杜という部隊に入っていることを瑠璃は知った。
ここ最近、北方基地を襲っていた寓話獣の群れをたったの数人で撃退したとして話題に登っている夢幻の杜。
寓話獣に勝利したという情報が内界に届かなくなって久しかったため世間はとても注目した。
異能大隊から独立した部隊であり、今では超能力者たちにとって入りたい憧れの部隊となっている。
巷では超能力者の中でも選りすぐりの精鋭だけが入れる部隊だの政府の極秘部隊だの言われていた。
だが、瑠璃は夢幻の杜がどういう部隊か見当がついていた。
(多分、内界でも高い
超能力という固定概念に囚われている内界。
そんな中、無意識下でも
(刻君が集めた?……いや刻君は自分が
『超能力?何言ってんだ。お前のそれは超能力じゃねぇぞ』
『え?でも私、水を操れるよ?』
『はぁー。なあ瑠璃、それは
『
『あー、そこからか。いいか、超能力っていうのは……』
「あのー、お支払いの方は…」
「ああ?俺は異能大隊に所属している超能力者だぞ。払う訳ねえだろ」
瑠璃がそんな事を思い出していると少し離れた場所から言い争っている声が聞こえてきた。
それが気になった瑠璃は声のする方へと向かっていく。
そこに行くと、外観的に個人経営の飲食店の入り口で中年の男性に若い男が暴言を吐いていた。
「…え?……いや、支払っていただかないと困るのですが…」
「うるせぇ!あんまりごちゃごちゃ言うのなら…覚悟しろよ」
言外にこれ以上何か言うのなら超能力を使う事を示唆する若い男に中年の男性は怯えていく。
彼らの周りに集まった人たちは中年の男性に哀れみの視線を、そして若い男に対しては不信感を向けていたが、前に出て止めるものは誰もおらず、ただ見つめているだけであった。
「何をしているの?」
そんな中、瑠璃は彼らの前へと身を乗り出す。
こちらに近づいてくる瑠璃に気づいた二人はそちらへと顔を向ける。
「誰だお前。お前も超能力者の俺に指図するのか?」
「…ねぇ。何があったの?」
若い男は瑠璃に対して話しかけてきたが、彼女は彼を一目見ただけで隣にいる中年の男性へと話しかけた。
突然話しかけられた中年の男性は、まさか若い男を無視して話しかけられるとは思っても見なかったのでどう反応すれば良いのか困っていた。
「…えっと」
「おい!俺を無視するな!」
それを見ていた若い男は瑠璃に無視されたことに彼女へと怒鳴る。
「黙りなさい」
だが、瑠璃のその威圧的な雰囲気に若い男はたじろいでしまう。
「で、何があったの?」
「この方がお食事をした後お会計をせずに出て行こうとしていまして」
「………はぁ?」
彼の返事に瑠璃は一瞬呆け、その後深くため息を吐いてしまう。
それほどまでに馬鹿げた内容であったからだ。
「あなたもう立派な大人でしょ?ちゃんとお金を払いなさいよ」
その瑠璃の言葉に、自分よりも歳の低い女性に公衆の面前の前で注意されることが恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながらも口答えをする。
「う、うるさい!!俺は異能大隊の超能力者だぞ!この都市を守っているんだぞ!金を出さなくても問題ないだろ!?」
「いや問題しかないわよ。異能大隊に入っているからお金を払わなくて良いって…どういう理屈よ。子供じゃないんだから。…こんなのがいつか入る組織の人間だなんて」
瑠璃が思わず呟いてしまった最後の言葉。
だが、その言葉を聞いた若い男はニヤリと笑った。
「お前、第一異能機関の超能力者だな?俺の叔父は防衛長官だぞ!?俺の口添えでお前を異能大隊に入れなくする事だってできるんだからな!残念だったな!そんな偽善者気取りの事をするからこれからの人生を棒に振るんだ!ハハハハハッ!」
「なら私もお父さんに頼んであなたを異能大隊からクビにしてもらうわね」
「ハハハ……は?」
「私の父は副総理なんだけど。果たして防衛長官が甥とはいえ明らかに問題のある隊員一人を擁護するとでも?」
初めは楽しそうに笑っていた若い男はだんだんと顔が蒼白になっていく。
「ちゃんと払ってくださいね?」
「………金を持ってきていない」
「……はあ。ならこの話はお父さんに伝えます」
「ま、待ってくれ!後でちゃんと払うから!」
結局、瑠璃は慌てふためきながら懇願する若い男を無視し、中年の男性の方へと懐から出した財布から一万円を取り出して渡したあとその場を離れ、家に帰っていった。
〜〜〜〜〜
そんなことがあった翌日
今は第一異能機関の能力訓練の授業である。
訓練用の建物に生徒たちが各自超能力の訓練を行っており、数人の先生がそれを見て回っていた。
だが、瑠璃のところには先生は1人も来ない。
瑠璃は〈アクアキネシス〉の超能力者としてアタリだと言われており、その実力はかなり高いため先生も瑠璃に教えられることなどなく、この時間は基本的に一人で訓練を行なっていた。
彼女は水を生み出し、それを体の周辺で縦横無尽に動かしていく。
その速度も圧倒的ながら一切の水飛沫すら起きない。
その神秘的な姿に周りの生徒や先生でさえも見惚れていた。
そんな周りから見たら超絶技巧のようなことをしていても瑠璃にとっては今や片手間でできることであり、彼女は今別のことを考えていた。
(まさか昨日と似たような事がいろんな場所で起きているとはね)
昨日の夜、瑠璃がその日の出来事を話した時に父親から返ってきた話である。
異能大隊の特に最近入ってきた若い隊員が住民に対して横暴な態度を取る事が増えてきており問題視されているのだ。
だが、瑠璃の父含めた融和派の人たちがこの事を問題視しているのに対して防衛長官含めた過激派はこれを静観、または是としている風潮にある。
ちなみに融和派とは内界や外界という括りを撤廃し、全員が平等に生活できるようにしようと主張する派閥である。
この派閥は空想侵略以前を知っている世代が主な派閥の人であるためか最近徐々に力をなくしてきており、今では若者が中心となっている過激派が優勢になってきており、その事を瑠璃の父は警戒を抱いていた。
昨日の出来事を父親に話した時、瑠璃は父親から住民に横暴な態度をとっている者がいたらまた自分に伝えて欲しいと頼まれている。
(今日も少し外に出て見回ろうかしら)
だが、瑠璃は見つけるだけでなく昨日みたいに注意していこうと思っていた。
普通ならそれは危ないことなのかもしれないが、瑠璃は
「よし!そろそろ時間だからキリのいいところで終わってくれ!終わった者から教室に戻ってもいいぞ!」
そんなことを思い出していた瑠璃は先生の言葉で現実に戻り、自分はちょうどキリが良く終わったが、友達はまだ終わりそうになかったので、そのまま1人で教室に戻っていった。
教室に向かう道中、向かい側からも人が来ていた。
おそらく次の授業で能力訓練があるのだろう。
そこには瑠璃の一年上の先輩、柳一郎の姿もあった。
彼はおそらく友達であろう人と二人で瑠璃の向かい側から歩いてきている。
彼を見つけた瑠璃は少し厳しい目つきになる。
「おら、どけよ」
ドン!
そんな瑠璃の目の前で一郎は彼の前にいた一人の男子生徒を強引に退かした。
「あっ!」
ドサッ!
「ちっ。邪魔なんだよハズレが」
押された男子生徒は突然後ろから押されたためか倒れてしまう。
一郎は謝ることもせずむしろ悪態をつきながら横を通し過ぎようとした。
それを倒れた男子生徒は憎たらしげに一郎を睨んだ。
「なんだその目は。俺に歯向かうのか?」
「え、いや」
「ハズレのお前が〈パイロキネシス〉で一番の超能力者の一郎に勝てるわけないだろ」
それに気づいた一郎は彼を睨み返すと彼はすぐに気弱な態度になった。
おそらく無意識に睨んでいたのだろう。
「雑魚が粋がるな。次の能力訓練で燃やされたくないだろ?」
一郎は手のひらに炎を出しながら彼を脅し、彼もやらかしたと思ったのか怯えてた表情をしている。
そんな時
「何をしているのかしら。柳先輩」
そんな様子を見ていた瑠璃はすかさず声をかける。
その表情には隠しようがないほどの怒りが浮かんでいた。
「っ!さ、西園寺。ど、どうしてここにいる」
対して、声をかけられた一郎は慌てた様子を見せ始め、恐怖の表情を顔を浮かべる。
「さっきまで能力訓練の授業でしたからその帰りです。…それにしても」
瑠璃は倒れている男子生徒を一瞥した。
彼は間に割って入ってきた瑠璃を驚いた目で見ている。
「随分と面白いことをしているんですね」
「あ、いや、その…」
「刻君がいなくなったからって調子に乗らないことです。…私はいつまでも覚えていますからね」
「っ!い、いいい行くぞ」
「えっ!?ちょっと一郎!急にどうしたんだよ!」
一郎は慌てたようなこの場を去っていき、突然のことに固まっていた友達は焦って彼を追いかけて行く。
それを見た瑠璃は倒れている男子生徒へと体を向け、手を差し伸ばした。
「大丈夫ですか?」
「すまない。ありがとう」
「いえいえ。あら…その腕、火傷してますね。保健室に行ったほうがいいですよ」
彼は遠慮しながらも彼女の手を取った。
その時彼の腕が火傷していることに気づいた瑠璃は保健室に行くように進言すり。
しかし、火傷を見られたことに気づいた彼はすぐにその腕を隠した。
「大丈夫だ。いつものことだから」
「いつものこと?」
「俺、〈パイロキネシス〉の超能力者なんだけど、ハズレなんだ。自分の体も燃えちゃってさ。…しかも他の〈パイロキネシス〉の超能力者より火が消えなくてね」
彼は自嘲気味に、そして少し諦めのような雰囲気が漂わせながらそう言った。
「ねぇ、先輩。名前なんて言うんですか?」
「…
「じゃあ篝先輩。強くなりたいですか?」
彼は初めは期待した表情を浮かべていたがすぐに諦めの表情に戻ってしまった。
「…いや、俺ハズレだから強くなるなんて無理だよ」
「なれるなれないなんて聞いてません。なる気があるのかと聞いています。もしその気があるのなら、私が教えましょう」
彼女は見ていた、一瞬だが一郎を睨んだその目を。
その瞳の奥にはまだ意志の炎は燻っていたように瑠璃には見えた。
だから瑠璃は燎谷にこのような提案をした。
「なりたいよ。強くなる可能性があるなら俺はなりたい!」
「決まりですね。おそらくあなたは私と同じ
そう言った瑠璃は笑みを浮かべていた。
(刻君。君はもう忘れてしまったかもしれない。けど君が私に教えてくれたことはいつまでも残していきたい)
そんな事を思いながら
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