第25話 イデアの隣人


「…俺たちは新宿ここ以外の都市を知らないんだが、そんなに少ないのか?」


 浩志たちは他の都市の事を全く知らない。


 そのため、他の都市よりも寓話獣の侵攻の頻度も少なく、あまり強い寓話獣が来ないと言われてもピンときていなかった。


「ええ。この都市の北部にあるあの場所。あそこが原因でしょう。なんなんですかあの場所は?途轍もなく異質な力の片鱗が漂っていますよ。強力な寓話獣ほどあそこを漂っている力を感知して新宿ここに寄り付いてきません」


「へぇー、そうだったのね。なんか得した気分」


(北部……時狂じぐるいの場所か。どういう事だ?時狂いが起きる前後で寓話獣の数や強さに変化はなかったぞ?…もしそれが本当だとして……刻君の力は一体なんなんだ?それとも、あいつの力なのか?)


 奏恵は楽観的に捉えていたが対照的に、浩志は真剣に考えていた。


 だが、考えたところで分かることでもないと言う結論に至り、思考を放棄する。


「……話が逸れてしまいましたね。今回、集まっていただいたのは一つの提案をするためです。」


「……提案?」


 Iアイの提案という言葉に奏恵たちは訝しげな表情を浮かべる。


「ええ、あなたたちを強くするお手伝いをさせていただけないかという提案です」


 その言葉に彼ら四人はどう反応すれば良いのか分からなかった。


 さっき初めて出会った人から強くなる手伝いをすると言われても、はいそうですかと納得する方が無理であった。


 Iアイもまたその反応は予想通りだったのか気にせずに話を続けていく。


「先程言ったように白夜の夢デイドリーマーには夢幻ヴィジョンの存在力を引き上げる方法があります。そのため一人一人が曲者揃いで私たちの手が回らないのです。そこであなた方の力を借りたいのですが、正直あなたたちの今の実力では厳しいのです。ただの構成員ならあなたたちでも勝てる可能性が十二分にありますが、幹部以上となりますと流石に厳しいですね。そして今回新宿には確実に幹部以上の人がいる他、リーダー副リーダーまで来ています。だからあなたたちを強くして白夜の夢デイドリーマーへの対抗馬としたいのです」


「……俺たちはこれ以上強くなれるのか?」


「ええ、あなたたちならほぼ確実に夢幻極致プライマルアーツを会得できるでしょう」


 Iアイの提案はとても魅力的であった。


 ここにいる4人は大なり小なり夢幻ヴィジョンに少し行き詰まっているところがあった。


 それを解決できるのはとてもありがたいだろう。


 だが


「………申し訳ないけど少し時間をくれないかしら」


「俺もだ」


 その提案をすぐに了承することはなかった。


 彼らは新宿の外界をの頂点に立つグループの上層の人間。


 自分たちにメリットしかない今回の提案に、何か裏があると疑っても仕方ないだろう。


 それに、そう易々と正直あまりよく分かっていない人物の提案を受けるなんて事はできなかった。


「今すぐ返事をもらわなくても結構です。私からはもうないためこれで失礼します」


 Iアイもこの場で返事をもらえるとは思っていなかったようで、もう用事は終わったとばかりにこの場を去ろうと扉の方へと向かう。


「ああそれと、白夜の夢デイドリーマーがもうそろそろ行動を開始しますのでご注意を」


 扉を開ける直前、Iアイは最後にそう言い残し扉を開けて出て行った。


 扉の前で見張っていた招き猫の人達は急に出てきた知らない人に驚き目を見開いていた。


 そして、部屋に残っているのは奏恵、純、浩志、硯の4人となった。


「……どう思う?」


 Iアイの気配が完全に消えたのを確認した後浩志が尋ねた。


「願ったり叶ったりじゃない……まあでも、今までの話がすべて本当ならの話だけどね」


 奏恵は自分たちが知らなかった白夜の夢デイドリーマーの情報や自分たちを強くしてくれるなど、確かにありがたい事だらけであったが、ありがたい事だからこそ怪しいと感じており、純もそれに同意するように頷いていた。


 浩志と硯も彼女たちと同じ意見だった。


「俺たちにそれを確かめる術はない」


 浩志たちは白夜の夢デイドリーマーについての情報をほとんど得られていないため情報を精査することができないのだ。


「……まあ各々の判断で動きましょう。私はこれで失礼するわ。周りにいる招き猫仲間たちも引き上げるから気を付けてね」


 奏恵が立ち上がり、純もそれに続くように部屋を出て行った。


「どうするんだ浩志」


「……少し様子を見る他ないだろう」


 残る二人も部屋を出ていき自分たちのアジトへと帰って行った。



 〜〜〜〜〜



 元イデアの隣人のアジト、その最上階奥にある広間


 元々イデアの隣人のリーダーでありリーダーでもあった伊神新内やその上層部が信仰のための祈りを行っていた部屋であったが、今は新しくなったイデアの隣人の会議室となっている。


 そこには旧イデアの隣人の構成員であり、新イデアの隣人の幹部となった5人の構成員が揃っていた。


 部屋の奥は一段高くなっており、彼らはその手前の一段下がっている場所に座っている。


「なあ、今日ってなんの要件で集まっているんだ」


 一人がそう尋ねた。


 彼の名前は佐々木ささき三水さんすい


 旧イデアの隣人の時は常に中立の立場を貫きながら地道に立場を上げていき、白夜の夢デイドリーマーに上層部が皆殺しされた後、イデアの隣人の再編の際に幹部まで昇進した男である。


「お前知らないのか?カルロ様と同じ白夜の夢デイドリーマーの方々との面会だぞ!」


 三水の問いに怒りの表情を浮かべて声を荒らげているのは井口いぐち太郎たろう


 旧イデアの隣人の時、リーダーであった伊神新内に歯向かい下っ端に落とされたいたところを白夜の夢デイドリーマーの一員のカルロに拾われ、イデアの隣人と戦っている時も共に行動していたため再編の際幹部へと押し上げられた一番の出世株である。


「へぇー。そうだったんだー。早く帰ってのんびりしたいんだけどー。早く来てくれないかなー」


「おい木崎!そんな怠けた態度をカルロ様たちに取ってみろ!殺すぞ!」


 そんな佐々木と井口のやりとりに間から入ってきたのは木崎きざきにしき


 面倒くさがりであり、イデアの隣人と白夜の夢デイドリーマーとの戦いの時も面倒だからと参加しなかった日和見主義であり、上が変わろうがぐうたらできるならどうでもいいと思っている。


「はあー?。元々下っ端だったお前が随分と偉くなったものだなぁー。カルロさんに初めに誘われたからって調子に乗ってんじゃねぇーぞー」


「おいおい喧嘩はやめろ。井口もそんなに怒るな。木崎も俺が聞いた事なんだから反応するなよ」


 錦の言葉に太郎が突っ掛かり、ヒートアップしていたところを三水がおさめる。


「うーーい」


「っ!だが!あいつはカルロ様を敬っていないんだぞ。あの伊神からの呪縛から解放してくださった!なのにあの態度は許せない!」


「なあ、井口。お前のその自分の考えを押し付ける態度、かつてお前を下っ端に追いやった伊神となんも変わらないぞ」


 錦は引き下がったが、太郎は食い下がった。


 自分たちを救ってくれたカルロ様が蔑ろにされていることが許せなかったのだ。


 だが、その姿を見た三水はかつて自分の意見に盾ついたものを容赦なく隅へと追いやっていた伊神と今の太郎が同じ事を指摘する。


「っ!そんな事はない!俺たちはカルロ様に救われたのだぞ!?敬うのは当然だろ!カルロ様に手も足も出なかった分際で」


「ああ?カルロさんの後ろについているだけだった奴がキャンキャン吠えるんじゃねぇ。虎の威を借る狐が」


 そんな事は認められない太郎は三水を挑発し、三水はそれに乗り太郎へと殺気を放つ。


 対して太郎は殺気を向けられたことにたじろいでしまう。


「静かにしなさい餓鬼ども。じっと待つこともできんのかい」


「カラ婆の言う通りだ。もうすぐ来る時間になるんだから大人しく待っていろ」


 一触即発の雰囲気の二人に文句を言ったのはこの場にいる残り2人だ。


 カラ婆と呼ばれていた女性はかなり年がいっており、皮膚も乾燥しているのかカサカサになっているが、背中は曲がっておらず背筋が綺麗に伸びていた。


 空想侵略の時代を生きてきた生き字引であり、彼女の本名は誰も知らずみんなカラ婆と呼んでいる。


「誰がババアだって。姐さんと呼びな。小僧が」


 だが、本人にとってその名前はあまり好きではなかった。


 そして最後の一人、名は籠尾かごおとおる


 カラ婆に次いで歳が上で大きく鍛えられた体に坊主頭の男である。


 その後誰も喋ることなく静かに時間が過ぎてゆく。


 バンッ


「おー集まってるな」


 そんな時に扉を開けて一人の男性が入ってきた。


 顔はお面を被っていてわからないが中肉中背の赤髪の男性である。


 男はそのまま部屋の奥、一段高くなっている場所まで歩いて行った。


「誰だあんた」


 太郎はイライラしていたため入ってきた男に対してガンを飛ばす。


「俺か?俺は白夜の夢デイドリーマーの『三叉根さんさこん』が一人、ヘイルムだ」


 白夜の夢デイドリーマーの一員だと気づいた太郎は、さっきとは打って変わって顔を青くし、その場に土下座する勢いで謝る。


「っ!す、すみませんでした!生意気なこと言って!」


 ちなみに太郎以外の4人はカルロと同じ三本の木の根が絡まっている上に太陽がある紋様が胸元に付けられていたため白夜の夢デイドリーマーの構成員であることは分かっていたがまさか幹部であるとは思ってなかったため驚いていた。


「そんなので怒らないから気にしないで大丈夫だ」


「ありがとうございます!……それでヘイルム様…カルロ様はどこに」


 ヘイルムが怒っていないことにホッとした太郎はカルロが来ていない事を疑問に思いヘイルムへ質問した。


「…ああ、カルロは死んだよ」


「……え!?死んだ?カルロ様が!?誰ですか!カルロ様を殺した不届者は!」


 突然カルロが死んだと聞かされた太郎は慌てふためきながら誰かがカルロを殺したに違いないと思い殺気を出しながらヘイルムに問いただした。


「殺されたわけじゃない。寿命だ」


「え?…でもカルロ様はまだ若かったはず」


「黙ってろ、カルロはもう死んだ」


 しかし、寿命で死んだと聞かされてもカルロはまだ若く寿命で死ぬような年には見えなかったため信じることのできない太郎であったがヘイルムの気迫に黙らざるを得なかった。


「……それより、贄を取り逃したのは誰だ?」


「………あ、俺です」


「あれは白夜の夢うちの副リーダーが戦って逃げられはしたがようやく手傷を合わせたんだぞ」


「も、申し訳ありません!!」


 ヘイルムの怒気を纏わせた気配に怯えながらもさっきと繰り返すように謝った。


 太郎は逃した女がそこまで重要な人だとは思っていなかったためかなり手を抜いて弄ぶように追いかけていた。


 そこで烈火と出会い、脅す目的で白夜の夢デイドリーマーのことを喋った挙句返り討ちにされたのだ。


 しかもカルロの命令にも関わらず、彼はそこから一切追いかけることはなかった。


「……まあいい。人間間違えることもある。気にするな」


 ヘイルムが太郎の頭に手を乗せ、宥めるようにそう言ったヘイルム。


 何か制裁を喰らうのではないかと怯えていた太郎はヘイルムが責を追う必要はなく許したもらえたことに安堵する。


「あ、ありがとうござ……」


 グシャッ


「「「「っ!!」」」」


「なんて言うか思ったか。せっかくの機会を不意にしやがって。死ね」


 ヘイルムがそのまま太郎の頭を床に叩きつけた。

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