第19話 ビルダーベア


 各々が速度を落としながら地面へと落ちていくが、その中でも烈火が一番早く地面に到達しようとしていた。


 そんな時


「気をつけて!右からくる!」


 その言葉と同時に烈火の右側の茂みから一体の寓話獣が出てくる。


「ガァ!」


 形は刻たちにのところに出た寓話獣と同じだが、その大きさは烈火たちと同じ背丈に綺麗に形成されたフォルム、手には人など簡単に引き裂けそうなほど鋭利が爪がついていた。


 速さも他の個体とは比べ物にならないほど早い。


 そして何より


「っ!人の死体を持ち帰っている理由はそれか」


 どう見ても人間の皮を継ぎ接ぎしたような見た目であった。


「くそっ。こいつらだけはなんとしても倒さないと」


 寓話獣が爪で烈火を引き裂こうと腕を振るってくる。


 烈火はそれを足を動かし、ジェットを傾けることで体勢を変えて回避した。


「《火炎噴脚円舞ジェットスラスター》」


 烈火は足裏のジェットを消し、太ももに再びジェットのように火を出して足を加速させながら寓話獣の顔に蹴りを放ち、それを喰らった寓話獣はトラックに突っ込まれたように吹き飛んで近くにある木へと激突する。


 ガサ


「っ!!」


 烈火が着地をした直後、後ろからさっきの寓話獣とはまた別の寓話獣が烈火に斬りかかろうとしていた。


「危ね!」


 烈火はしゃがむことでその攻撃を回避。


 寓話獣は烈火に避けられたと分かるとすぐにその場から下がり、建物の隙間の向こうに消えていった。


 烈火が蹴り飛ばした個体も同じく姿を消していた。


「思ったよりも近接戦闘も出来るんだな」


 烈火に遅れて地面に着地した硯が烈火の戦いを見てそう言った。


「そりゃ遠距離だけだと危ないだろ」


「《剛身化ごうしんか》まで使えるとは」


「…やっぱり知ってたか」


「外界でも使えるのは少数だぞ、よく習得できたな」


 硯は感心しながら烈火を見ていた。


「自分の炎で体が燃えないように試行錯誤していたら出来たんだよ」


「…ほぼ独学でそこまでいくか」


 感心の中に少し呆れと羨望が混じった。


 それほどまでに外界でも剛身化と呼ばれるものは難しいものなのだ。


 ズゥゥゥン!!


 強い衝撃と共に何かが落ちてくる。


「ゲホッ、ゲホッ。ちょっと岩人!もうちょっと優しく降りれなかったの?」


「仕方ないだろ!途中で止まっちまったんだから!」


 土埃の正体は岩人が降りてきた衝撃で起きたものだった。

 鈴は乱暴に降りたことに対する苦情を言い、岩人は仕方ないだろうと言ってギャーギャーと騒ぐ。


「お前ら」


「「っ!は、はい!」」


 硯は笑っていたが目は笑っていなかった。


 そんな硯を見て二人はびしっと姿勢を正す。


「時と場合を考えろ。騒ぐなら置いて行くぞ?」


「「すみませんでしたー!」」


 深々と頭を下げて謝る二人。


「はぁ。鈴、他にも敵が来ていないか確認してくれ」


「はい!分かりました!」


 鈴は勢いよく挙手をしながら元気に返事をした。

 その後、もう一度先ほどと同じように指で輪っかを作り、水の膜で覆う。


「えーっと。あっ、近衛がもう二体こちらに来ています!」


「近衛が来た方向からリーダーの場所を逆算できないか?」


「流石にここからじゃ見えないです。近づいたら分かるかも」


 いくら目の性能がいいからと言っても、こんなに障害物が多いと眼の獣創者ビースでも何も分からない


「…なら、烈火。鈴と岩人を連れてリーダーを叩きにいけ」


「硯はどうするんだ?」


「俺はここで近衛たちを相手にする」


「…大丈夫なのか?」


 鈴の報告を聞き、硯は少し考えたあと自分が残る選択をした。


 それに聞いて烈火は硯のことを心配する。


 烈火は硯の夢幻ヴィジョンの適性を知っているが、戦い向きの適性ではないと思っている。


 実際の硯の戦いを見たことがないので実力を知らないため、本当に大丈夫なのか心配なのだ。


「大丈夫ですよ。硯さんは俺たち烏の饗祭の中でも浩志さんに並ぶ強さですから、いくら増えたところでこの程度相手じゃないですよ」


「そうそう。むしろ私たちが一緒にいると邪魔になるからね」


「そう言うことだ。さっさと行ってこい」


「…分かった」


 自分よりもよく硯のことを知っている岩人と鈴が大丈夫だと言ったため烈火も問題ないだろうと考えて硯に任せて先に行った。


 その直後、それを阻止するかのように先ほどまで隠れていた二体と新たにきたもう二体が烈火たちの前に現れる。


「《冴えた傾奇者かぶきもの懺悔ざんげ》」


 その直後、莫大な量の黒い液体が四体の寓話獣を押し出した。


「させると思うか?」


「助かった」


「さっさと行ってこい」


 烈火は礼を言いそのまま木々の間に消えていった。


 流された寓話獣たちはそれでも硯を無視して烈火たちを追いかけようとするが、不意にその動きが止まる。


「舐められたものだな。俺から逃げられるとでも思ってるのか」


 寓話獣の体には先ほど浴びた黒い液体が体中に付着していた。


 硯の夢幻の適性は【墨】


 墨を生成することが得意な機創者マニュアである。


 墨はただ黒い液体と言うわけではない。


 墨の特徴、それは水によく溶けること、そして接着性があること。


 硯はこの特性を生かし、とても粘性がある墨と染み込みやすい墨、そして固形の墨の三つを駆使しながら戦う。


 その戦闘力は烏の饗祭の中でも浩志に続いてナンバーツー。


 外界でも随一の強さである。


 先の《執拗な隠者の縄》は墨の粘性を限りになく高めたものである。


 烈火の姿が完全に消えたあと、四体の近衛たちは先に彼を仕留めないと先にいけないと察したのか四体同時に硯に襲いかかろうとした。


 だが、動くことができなかった。


「もう遅ぇよ」


 それはあまりにも遅すぎた。


 《冴えた傾奇者の懺悔》は染み込みやすい墨を使い、相手の衣類に墨を染み込ませて動きを止める夢幻ヴィジョン


 それによって寓話獣たちの動きを止めたのだ。


「ガッ、アァァァァ!!」


「やっぱり完全には止まらないか」


 だが、それでも寓話獣たちは少しずつ動いていた。


 《冴えた傾奇者の懺悔》で動きを止めるには墨を染み込ませないといけない。


 この寓話獣たちは人の皮を継ぎ接ぎしてできている。


 多少は染み込むが完全に止めるには墨が少なすぎたのだ。


 動き出した寓話獣たちは一斉に硯へと向かっていく。


 先に辿り着いたのは薙刀を持った個体だ。


 硯に向かって薙刀を振り下ろしてきた。


 その動きは、まるで人間が操っているように様になっていた。


 しかし、硯はそれを難なく避ける。


「なるほど、人を素体としているからなのか動きは様になっている。武器の方も作られているのか」


 寓話獣たちが持っている武器は寓話獣たちと同じく大きな存在感を放っていた。


 そして、間近で見てみるとこの武器も人を素体に作られていることがわかる。


「《意到随筆いとうずいひつ》」


 硯の手元に墨が集まり、彼の身長ほどの長さの筆を形成した。


 硯が形成した筆は毛がとても長く、全長の約半分を占めている。


「《頑固な愚者ぐしゃつるぎ》」


 毛から墨が溢れてそれが刃状に固まった。


「かかってこい」


 硯はそれを肩に担ぎながら、もう片方の手で挑発する。


「「「「ガアアアアア!!」」」」


 それを理解しているのか寓話獣たちは一斉に硯へとかかっていった。



 〜〜〜〜〜



 一方、烈火の方は鈴の眼を頼りに他の寓話獣を避けながらリーダーへと進んでいた。


「そっちは寓話獣がいるから右回りで迂回するよ」


「リーダーの場所は分かったのか?」


「リーダー自体の動きは遅いの。もし動いていたとしてもそんなに遠くまで行っていないと思う」


 ちなみに鈴は二人のスピードについていけないため、岩人に抱えられたままである。


 そのまま寓話獣と遭遇することなく走り続けること数分。


「ここだね。この建物。どうやらリーダーはここから動いていないようだ」


 鈴が見ていた場所にはボロボロになっている建物があり、とても寓話獣がいるとは思えないくらい静かであった。


 しかし、よく見てみると頻繁に残骸を持った寓話獣たちが出入りしているのが分かる。


「どうする?」


「流石に私も中まで見れないよ」


「ほぼ間違いなく中に警備がいる」


 三人は建物の近くに姿を潜め作戦会議をしていた。


「近衛以外は雑魚だから問題ない。問題なのは近衛だ。俺たちの所の襲撃でも出てきたことがないから強さが未知数だ」


「そこまで数はいなかったよ。私が確認出来ていたのは6体だし。多くてももう一、ニ体増えるくらいかな?」


「鈴って戦えるのか?」


「剣術はある程度習ってるから雑魚を相手するくらいわけないけど、私は戦闘員じゃないから近衛を相手にするのはきついよ」


「……リーダーがいそうな場所って分かるか?」


「多分一番寓話獣が集中しているところにリーダーがいると思うよ」


「…なら一気に攻めよう。リーダーがいると思しき場所にたどり着いたら俺が一発でかいのを放つ。もしリーダーがまだ生きているのなら俺が相手にする。近衛もいたら岩人が相手をしてくれ、そして鈴は撃ち漏らしの掃討を頼む」


「りょーかい」


「了解です」


 これまでの北拠点基地を襲撃してきた群れのリーダー。


 こいつを討つことができれば全て解決する。


 逆に失敗すれば防衛を任せていた夢幻の杜の仲間が危険な目にあう。


 責任重大だ。


 だが、烈火に緊張した様子はなかった。


「行くぞ」


 岩人と鈴もそれに続いていき、ビルへと入っていった。


 ビルに入ってすぐの場所には寓話獣はいなかった


 だが、入って数秒、ビルの中央部に近づくにつれて寓話獣が増えていく。


 寓話獣たちも彼らの存在に気づき迎撃しようとするが、彼らにとって敵ではなかった。


 鎧袖一触で屠っていく。


 そして辿り着いたビル中央部。


 かつてはホールとして使われていただろう場所


 そこにはちゃんとクマの人形に形成された寓話獣とその残骸が置かれていた。


 中央には先ほど見た近衛が二体。


「いた!部屋中央、近衛の間にある小さいやつがリーダー!」


「《炎烈爆羅えんれつばくら》!」


 烈火は手のひらサイズ炎を生み出し、それを部屋中央に放り投げる。


 そして炎が中央にたどり着いた瞬間、炎は炸裂し部屋中を燃やし尽くした。


 この攻撃によって、部屋は丸焦げになり、寓話獣の八割は消滅する。


 しかし


「まだ近衛とリーダーは生きている!」


 リーダーは健在であった。


 近衛の二体は巨大なタワーシールドを持っており、それで先ほどの攻撃を凌いだようだ。


 タワーシールドが退かされるとそこには立って動いていなければテディベアだと間違えるほど可愛らしい姿をした寓話獣であった。。


「あの小さいのがリーダーか?」


「そうだよ」


 そんなリーダーの寓話獣〈ビルダーベア〉が手を地面につけるとそこらじゅうから刻たちが初めて見たクマの人形の形に強引に形成されたような弱い寓話獣であるが、そいつが大量に現れた。


「それが襲撃してきたやつらの出どころか。初めましてだな。初対面で申し訳ないがお前を殺させてもらう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る