第18話 クマの人形


 現れた寓話獣は背丈は30センチと小さく、クマの人形のような形をしていた。


 だがそれはあくまで形だけ。


 その体は土や木の枝などを強引にクマの人形のような形になっていた。


 その姿を見た刻はインヴィジブルの時は慌てていたから分からなかったが、改めてよく見ると賢人が言っていたように曖昧な、そこでいるようでいないような不安定な感覚があった。


 賢人に聞いた時はなんでなのか分からなかったが、今ならわかる。


(おそらく存在力が安定していないんだ)


 夢幻ヴィジョンだけでなく、現実にあるあらゆる物体にも存在力はある。


 そして物体の存在力は固定されているが、夢幻ヴィジョンの存在力はとても流動的だ。


 同じ夢幻ヴィジョンでも適性の差、状況、イメージ力によってすぐに変化する。


 そして、一定の存在力がないと想力オドを消費するが、夢幻ヴィジョンにすらならない。


 おそらく、寓話獣フィクート夢幻ヴィジョンのようなものなのかもしれない。


 刻はそう考えていた。


 後ろからもゾロゾロと寓話獣が出てくるのを見て刻は考えるのを止めて目の前の戦いに集中する。


 そのどれもが同じクマの人形の形をしているが、材料がバラバラだ。


「シッ!!」


 先頭の一体に向けて刻は刀を一閃する。


 刻の刀は先頭の寓話獣を両断し、斬られた寓話獣はその後も少し動いていたがすぐに動かなくなった。


(動きもあまり早くないし、これなら問題ないな)


 刻はそのまま目の前にいる個体を次々と斬っていった。


 刻が戦い始めてから少し時間が経った頃、凛からの連絡が入る。


『気をつけて。武器を持った寓話獣が出てきた』


 その連絡に刻たちは一層気を引き締める。




 凛の連絡から数分


「あれか」


 刻の前にも武器を持った個体が現れた。


 先ほどの個体か比べて一回り大きく形が綺麗に整えられている。そして、剣や棍棒、盾など様々な武器を持っていた。


 剣を持った個体が刻に向かって武器を振り下ろす。


 あまり早くはなかったので簡単に避け、今までと同じようにそのまま刀で両断した。


(武器なしの個体より少し硬い。この個体を何体も相手にするのはきついな)



 大体30分ほど経っただろうか


 今はもう武器持ちの個体しか出てきていない。


 刻は数百体の寓話獣を斬っていた。


 だが、寓話獣は未だに途切れない。


 むしろ数が増えていっていく。


 刻も怪我はないが30分動き続けているとさすがに疲労が出始めていた。


 それに寓話獣の残骸が邪魔で動きが制限されている。


 未だ《鉄壁》が変形したことを知覚していない。


 ということは攻撃しているが《鉄壁》が凹むほどの攻撃力がないのか、それとも迂回路を探していたのか。


 もし後者なら厄介だなと刻は思っていた。


 もし後者であるのなら、やつらがある程度知能があるということになるためだ。


「刻!一旦下がれ!」


 刻は巧が何かしようとしているのを察知し、巧の所まで下がる。


「《土流》」


 両手を地面につけていた巧は、夢幻ヴィジョンで土砂を生成し、寓話獣とその残骸もろとも奥へと押し込む。


「やっぱり適性じゃない夢幻ヴィジョンは少し使いにくいな。刻、交代だ。お前も休んでろ」


想力オドは大丈夫?」


「問題ない」


「そうか。なら任せた」


 刻はそのままヒカリと紡志がいる場所まで下がっていき、入れ替わるように巧が前へと出てくる。


「《不可視の壊毒かいどく武装纏ぶそうまとい》」


 巧は壊死毒を生み出し、刻が形成して渡してくれた棍棒に纏わせた。


「おらぁ!」


 ドゴッ!


 棍棒で寓話獣の一体にぶつけて後ろへと吹き飛ばす。


 吹き飛ばされた寓話獣はすぐに立ち上がり再び前へ進もうとするが、自分の体の一部である木が崩れ落ちていき、そのまま崩壊していく。


「よし次ぃ!」


 巧はその後も同じように棍棒で殴っていった。


「ちっ!土塊でできているやつには効果がないな!だが棍棒と相性がいいから問題ない!」


 その後も向かってくる寓話獣を何体も吹き飛ばしていった。


 少し経ち巧も少し疲れが出始めていた時


想力オドが回復したわ!」


 想力オドの回復に専念していたヒカリがそう言った。


「《積雪高原せきせつこうげん》……《圧雪》。壁付近にいた寓話獣はほとんど捕まえた!巧、刻と一緒に少し休みなさい」


「了解。はぁ疲れた」


「お疲れ。次は僕が出るよ」


 その後も先ほど同様に刻と巧が交互に相手をし、ヒカリの想力オドが回復したら一気に減らすというサイクルで順調に寓話獣を減らしていった。



 〜〜〜〜〜



 ところ変わって、凛は虎の獣人となって動き回り、寓話獣の状況を刻たちに報告しながら、群れから外れたところにいる寓話獣を倒していた。


「寓話獣にしては弱い。でも数が多い」


 凛は進行している寓話獣の群れを全滅させた後、ある建物の上で他の寓話獣がいないか探しているところである。


 彼女はこれまでの戦いで寓話獣たちのある行動を不思議に思っていることがあった。


「進行するよりも倒れた仲間を持ち帰るのに力を割いている?」


 そう、今回北方基地を襲撃していた寓話獣の群れは仲間の残骸を見つけるとそれらを回収し、来た道を戻って行くのだ。


 仲間の死を悼むため?


 ヒカリの夢幻をすぐに対処したことから、知性がある程度があることは分かっている。


 でもなんか違和感がある


 ならなぜヒカリの《深雪大地しんせつだいち》の時はなんの躊躇いもなく下敷きになった個体がいた?


 秀は今回の寓話獣は徐々に強くなっていると言っていた。


 ならば


 (残骸から情報を得ている)


「リーダーが学習して、それを配下に植え付けている?」


(いや違う、あの寓話獣たちは倒した感じ生き物ではなかった。その辺のもので固めて作られていた感じ。そこから情報なんて引き取れるわけがない)


 日に日に数を増やし、強くなっていっている


 それに、寓話獣の姿から女王蟻のように配下を産んでいるというよりかは作っている、そう言った方がしっくりきた。


「……再利用。戦闘することによって改良し、最適化している」


(ほぼ間違いなくリーダー、いや本体と言った方がいい。そいつが残骸を再利用して配下たちを改良している。なら…)


「時間をかけない方がいい」


 もし凛の考えが当たっているのならば時間をかけるほど寓話獣たちは夢幻の杜の作戦に対応し、苦戦していくだろう。


 本体を叩こうにも、この数を相手にしながらこんな入り組んだ場所で本体を見つけないといけない。


 そうなる前に必ず基地が落ちる。


 ならば烈火とその協力者に頼るしかない。


 凛はそう結論づけた。


「そんなことでよそ見してないでさっさと倒して欲しいんだけど」


 そう言いながら凛はあるビル、彼女が今立っている建物よりも高い建物、その頂上を見ていた。



 〜〜〜〜〜



「ありゃりゃ。こりゃ私が見ているのばれちゃってますね。すごいですねあの子。獣の夢幻ヴィジョンかなり使い慣れてますよ。私より上手いんじゃないですか?」


 凛が見ていた先、そこには烈火、硯、鈴、岩人の四人がいた。


 鈴は人差し指と親指で輪っかを作り、その輪っかを通して凛のことを眺めていた。


 輪っかには水の膜が張っており、それをレンズがわりにして簡易的な望遠鏡としているのだ。


 普通の人はそんなもので遠くを見ることなどできないが、鈴は眼の獣創者ビース


 夜目や遠距離を見えるようにしたり、紫外線を見たり、見たものを詳細に見分けるなど、“見る”ということに関する事は大体できる。


 この力によって彼女は今回の寓話獣の群れのリーダーを見つけており、烈火の助っ人として抜擢されたのだ。


 ちなみにここは凛がいる場所から軽く一キロは離れている。


「へぇ、すごいな。烈火が教えたのか?」


「俺は何も教えていない。俺が初めて出会った時にはもうあそこまで使いこなせていたよ」


 凛は元々獣人になることができていたのだが、烈火はそのノウハウを何もわかっていなかったため、自主練をしてもらっており、この二ヶ月間は他の夢幻ヴィジョンになれる練習を彼女はしていた。


「そうなのか。……外界出身とはいえ女性が一人でそこまで習得しているねぇ」


 硯は目を少し細める。


「鈴。リーダーの居場所はまだ見つからないのか?」


「いやー。ずっと同じ場所に居たんですけど、なんか今日に限っていないんですよね……あ…やべ」


 岩人の問いに鈴が答えていたが不意にその言葉が止まる。


 その様子に硯と烈火も彼女を見る。


「どうしたんだ?」


「すみません、多分見つかりました。リーダーの周りにいつも居た近衛みたいな寓話獣が数匹こっちに向かってます」


 それを聞いた三人はすぐに戦闘形態になる。


 岩人は体に岩を纏わせ、硯は黒い粘性のある液体を形成し、烈火はいつでも夢幻ヴィジョンを生み出せるように集中する。



「鈴、あとどれくらいでここにくる?」


「あ、もうこの建物のそばにいます」


 ドゴオォォン!!!


 大きな衝撃と共に彼らが今立っている建物が揺れ、そのまま崩れ落ちようとしていた。


 彼らはすぐに行動を始める。


「岩人!鈴を守れ!」


「はい!」


 岩人は鈴に近づき、岩人の腕に鈴が座り込む形で彼女を抱えた。


「数は二体確認していますが、それ以上の可能性もあります!注意してください!」


「分かった!烈火、今からここから降りるが一人で行けるな!?」


「ああ!問題ない!」


 そのまま各々数十メートルはある崩れかけているビルから飛び降りていった。


「《多重岩石装甲》」


 岩人の腕と足に岩が纏まれていく。


「ぬうん!」


 ガン!ガガガガガッ!


 その腕と足をビルの側面に打ち付けて、そのままビルを削りながら速度を落としていった。


「《執拗な隠者の縄》」


 硯は形成していた粘性の液体を地面へと放ち、その液体の上に立った。

 先ほどの放った液体はとても高い粘性を持っていたため、硯は落ちてはいるが、自由落下よりもゆっくりな速度まで落ちていた。



「《火炎烈脚バーニング・フット》」


 そして烈火は、足裏からジェットのように炎を噴出させて徐々に速度を落としていった。

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