第63話 あれも魅了、これも魅了?

ディオンストムの、震える喉を無理やり抑えた感じの声がサロンに落ちた。


「俄には信じ難い、わたくしも初めて見聞致します事なのでーーーー件の娘」


そこでディオンストムは、一旦言葉を切り、どう伝えたものかと思案顔だ。

神殿側がフィリアナを監視している事はロウから聞いている。

それと何か関係があるのかな。


「件の娘、厄災の魔女を取り込みほぼ同化したものとお聞きしましたので、細心の注意を払って、付ける聖騎士も神官の位が高い者を選びました。ですが、つけた者尽く体調を崩す者が増え、交代を余儀なくされる者まで出始めたのです」


最初は軽い頭痛程度だったと言う。

それが今は夜も眠れず、眠ったとしても魘される。

何故かフィリアナの事が頭から離れず、

内心とは別の感想が脳裏に浮かぶのだと。


「真逆、とは思いましたが、レガシアに調べさせた所、魅了のような力のーーーー意識、精神を弄った痕跡があると。レガシアもわたくしも、直接魅了を知っている訳ではないので、文献で読んだ事と照らし合せての判断ですが」


そうか、レガシア神官って精神に関するエキスパートだもんね。


「魅了、だと!?」


カーク兄様が椅子を鳴らして立ち上がる。その様子は酷く驚いていて、有り得ない、と声に出さずその唇が動いた。


魅了って、前世の小説ではファンタジーあるあるだったけど、そう言えば今世では聞いたことなかったな。


「あれは封じられたギフトの筈だよね。あまりに危険な力となってしまって、人々の記憶から消すべく、遺さずに忘れ去られるよう、なかった事にしたんじゃなかった?」


なるほど、フロースの言葉で納得。時の解決を計ったんだ。風化するように、お伽噺にすら残さずに。


「ええ、そうです。危険なギフトとして。時空神ライディオスが封印を。厄災の魔女が欲しがった力。手に入れてーーー結局は身の破滅を呼び込みましたが」


魔女が関わってるのかぁ。ディオンストムが慌てて来る筈だ。


魅了は元々は小さな力で、看板娘が持つような、ちょっとした元気を貰えるようなーーーーあ、髪型変えた?可愛いね!程度のモノだったらしい。

でも、それを集めて大きくしていったお馬鹿さんがいたんだって。

それが、滅んだ••••厄災の魔女の国の魔導師だったーーー魔女、まだ女王だった時に、その魔導師に命じたのか、魔導師が自分で集めていたのか。

女王•••魔女が欲っして手に入れたのは、その通りらしい。


「あそこまで大きくなってしまった魅了は危険だ。現に、国は滅び、周りの国々も巻き込み大きな厄災を齎し•••••その一因でもあった」


私は難しい顔をしているラインハルトの横顔を見る。

もしかして、その魅了の力でライディオス兄様を手に入れようとした?

私の視線の意味に気が付いたのか、ラインハルトは軽く首を振って半分は否定した。


「神に、ギフトの力は及ばない」


そうか、神様からの力だもの、効かないよね。でも、ライディオス兄様をその力を使って、というのは、なきにしもあらず、らしい。

兄様を魅了で手に入れる為に、その力を求めたのか、集められて強大になった魅了が使えると思って欲したのかはわからないけど、どちらにせよ魅了の力を手に入れたわけだ。力及ばずも分からずに。

もしかしたら望みを賭けていたのかも知れないけれど。


「あれは魔女魂と一緒に滅ぶべく、封じた。現にフィリアナを視た時に、魅了のギフトは力を失い、消えるを待つのみだった」


そこでロウが何かに引っかかったような顔をして考えこんだ。

ティティも何か腑に落ちない顔だ。人差し指を顎に当てて、首を傾げる。



「考えられる可能性としては、フィリアナに同化した魔女の魂から、フィリアナが痕跡を見付けて魅了の真似事をしたーーーが、一番高い。フィアちゃんの力を持ってるんだ、失った力の足跡くらいは見れるんじゃないかな」


「でもさ、あの子馬鹿っぽくない?そんな分析とか出来るように俺には見えないけどな」


フロース、パイ生地が破れてミートが出ちゃってるよ。サクサクいっちゃってる。


「馬鹿だからですよ。何も考えないからこそ、偶有の類は結構あるんです。フィリアナは魔女と相性が良い。知らず奇貨として使っていてもおかしくはありません。カス程度の力であっても。しかも、異世界のお話に、魅了は良く出てくるのでは?」


そうそう、出て来ますとも!私とティティは勢い良く頷く。

でもさ、ロウもミートが出ちゃってるよ。あ、ロウならあんこかな、包む皮は餅で。


「馬鹿故の偶然の産物は怖いですよ。何というか、答えが出そうでーーー」


ロウが言葉を途切れさせる。熟考モードに入ったようだ。


「ーーーあの、もしかして••••可能性は低いかもしれませんが、フィリアナのギフトって【変換】なのではーーーと」


ティティが手を挙げて、遠慮がちにおずおずと発言する。

そこでロウがハッと顔を上げた。


「それです!レイティティアお手柄ですよ!我々は、取りかえるーーーつまり、交換、ですね。そう考えてましたが、【変換】なら••••納得いきます。私とした事が。目の前に答えがあったというのに」


自嘲気味に首を振るロウが言うには、交換はある程度の等価価値の法則が動くらしい。そこで価値が不均衡であった場合、何らかの負荷が掛かる。

つまり、代償だ。

だけど、フィリアナにはその代償を払った痕跡が見当たらない。

そうか、だからあの時ロウは言葉を濁したんだ。ような?って。

神様由来の力だもん、制限した力じゃ視えない部分もあるよね。

しかも転生者仕様の不可解な品質だもん。


「魔女の魅了は植え付けるモノと禁書にはありましたが、感情を変換させるーーー例えば、嫌悪を好意にと•••では古の厄災の魔女とはまた別の魅了と呼べるでしょう」


ディオンストムが天井を振り仰いで目を閉じる。対策を講じなければ大変な事になると。


「うーん。フィリアナって魅了と分かって使っているのかな?私はヒロインよって、好意を持たれるのは当然!そう思ってそうだけど」


もしかしたら、アルディアの王城とかでも無意識にギフトを発動させていたのかも知れない。

でも、王城にはヒロインの邪魔をする悪役令嬢がいる。

ティティが居る所では好意が上手く自分に向かない事を、悪役が邪魔をしていると考えるよね。嫌がらせをされてるって。


ティティも転生者で、異界渡りに耐えた魂を持つ。何らかのギフトを持っている筈だと言う事は。

ティティも無意識下でフィリアナのギフトに干渉していたとか?


あれ?そう考えるとティティのギフトってーーー!?


そこまで考えた時、ラインハルトが私の意見に応えをくれたので、思考がパラパラと霧散する。


「ヒロインとしての、馬鹿の思い込みの力、と言う事も一因としてあるか。確かにな。条件が運良く出揃っていたと。本人には、魅了擬きを使っている意識はないだろうな」


うわぁ、今さらっと混ぜましたね、ラインハルトさん。あの二文字を。そして何気に貶めていますね?


「倒れた聖騎士は神官だから、魅了•••擬き?に無意識でも抵抗したんだろうな。だから精神が摩耗して、変調を来すんだ。浄化の炎を授けるから、ランプにでも入れておけば良い」


カーク兄様がとりあえずの対処方法をくれそうだ。

聖騎士も大変だよね。早く良くなると良いのだけど。


「ありがとうございます。これで聖騎士達は回復するでしょう」



ーーーーなんだかあの厄災の魔女と同じになっていくなぁ。


そう、独り言のように呟いたカーク兄様の言葉が、重くサロンに落ちた。


下手をすれば、厄災の魔女その2の復活に繋がってしまうかも知れない。


私の記憶と力の欠片は絶対に取り戻さなければ。

これ以上フィリアナの好きにさせてはならないのだと、プレッシャーが掛かる中、私はお腹に力を込め直した。






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