第31話 フルコース対決

 首都ヘレンツィアに到着したフローラ軍は、一旦ここで解散となる。

 首都の防衛を肩代わりしてくれた自警団に、ねぎらいの言葉をかけたフローラ。ここで若い兵士が防衛を自警団と交代し、古参兵はそれぞれの屋敷や領地へ引き上げる事が決まっていた。


「古参兵の諸君、近い将来また力を貸して欲しい時が来るかもしれません。それまでは体を休め、鋭気を養ってちょうだい」


 誰かが冗談めかし、まだこき使うんですねと声を上げる。どっと笑いに包まれるフローラ軍だが、誰も彼もが晴れ晴れとした顔をしていた。当初はアルメン地方を奪還するのが目的であったが、更にグリジア王国との和平条約にこぎ着けたのだ。

 何かを成し遂げる、そこには誇りと自信が生まれ、大きな活力が魂に宿るもの。盾に武器を打ち付け、ローレン王国万歳の大合唱が響き渡った。


 その頃ファス・メイドの三人はキリアの案内で、市場巡りをしてたりして。

 各隊長と功績のあった兵士には報償が与えられるため、このまま一緒にアウグスタ城へ入るのだ。報償は嬉しいがキリア自身は、叙爵を受ける気がない商人である。三人娘がどんな海鮮料理を手がけるのか、興味津々であった。食材を購入しても構わないとフローラが許可したので、こうして三人に市場を案内しているわけで。


「見て見てケイト、生ガキがあるわ」

「オイスターソースが作れるわね、ジュリア」

「二人ともこっちこっち、ホタテとエビがいっぱい! それにアンコウまで」


 ミューレに手招きされ、おおうと声を上げるケイトにジュリア。髪を結って化粧をすれば、三人とも立派なレディだ。海鮮エリアの商店主たちが、いらっしゃいとにこにこしている。


「キリアさま、フグとイカにタコが見当たりませんね」

「今なんて? ケイト」


 フグには毒があるし、イカとタコはデビルフィッシュと呼ばれ、食べる習慣がなかったりする。いえ食べられますと三人娘は口を揃え、キリアの商魂にぼっと火が付いたのは間違いなさそう。もしここにポワレがいたら、何ですってー! と声を上げそうだ。


「お帰りなさいませ、フローラさま」

「留守を預かってくれてありがとう、ケイオス。何か困ったことはありませんか」


 それがですねとヘッド・バトラー執事長のケイオスは、フローラの耳に手を当てごにょごにょと。アウグスタ城の正門でフローラ達を出迎えたのは、主立った上級使用人である。

 その中になぜか、グランシェフ総料理長がいたのだ。城に常駐ではなく王侯貴族の来賓時に呼ばれる、いわゆる臨時の雇われシェフってこと。名はジェブスと言い、首都ヘレンツィアで高級料理店を営む人物だ。

 女王陛下の直属にして配下のヘッド・シェフとは、同じ料理人でも立ち位置が異なる。そのジェブスがどういうわけか、紹介されたファス・メイド三人を睨んでるじゃあーりませんか。


「腕前を見たいから勝負させろと、ジェブスが言い出して引かないのです」

「……はい?」


 うわ面倒くさいと、顔をしかめる大聖女さま。お上品な宮廷料理と違い、ヘッド・シェフは仕える女王の好みに合わせて調理を行なう。根本的に方向性が違うわけで、勝負なんかしてどうするんだって話しだ。


「フュルスティン、今宵の夕食に関し提案致します。私とそちらのメイド三人の、フルコース勝負をさせて頂きたい」


 盛大なため息を吐くフローラと、あらあらと顔を見合わせるアンナとキリアにグレイデル。三人娘が作る東方料理の件は文で伝えており、たまたまそれを読んだジェブスがライバル意識を持ったらしい。

 大人げないと言ってしまえばそれまでだが、彼には彼のプライドがあるのだろう。宮廷料理を作ってもらう料理人であり、顔を立ててやる必要もあった。


「フュルスティン、私たちフルコースというものを存じませんが」

「いつも通りでいいのよケイト、献立は任せるわ」


 ハウスキーパーのクララが炊事場ではなく、スティルルームで調理してもらいましょうと進言。東方料理のレシピには箝口令が敷かれており、ジェブスに調理する所を見せられないからだ。フローラがいいわよと頷き、ミリアとリシュルが城内を案内するわと三人娘を連れて行った。


 ――ここは女王陛下の執務室。


 ケイオスが君主の不在中に行なった施策を、フローラに説明している。

 アウグスタ城の使用人は、以前は男性の方が多かった。食事や酒宴の席で給仕をするのも、実はグルーム・オヴ・チェインバースと呼ばれる男性の仕事だったりして。城のランプを灯したり暖炉に火を入れるのも、ランプ・ボーイと呼ばれる男性の役目であった。

 それらが時代の移り変わりと共に、メイドが受け持つ仕事へと。そして上級の男性使用人は、国の政策に携わる職掌へと変わったのだ。君主が女王であるゆえ他の国々に比べると、男女の比率逆転は早かった。


 トップは二人いて、一人はヴァレット。侍従とも言いミハエル候専属のお付きである。今は本軍に参加し、戦場へ出ている。

 もう一人がフローラと話しをしている、ヘッド・バトラー執事長のケイオスだ。その下に執事団が控えており、ここまでが男性の上級使用人となる。


 以前はその下にフットマンがおり、これもメイドに置き換わった。料理人は男性であったが、今では男女を問わなくなっている。

 昔から残っている男性の下級使用人は、コーチマン馬車の御者ホースマン馬の世話係に庭師くらいだろう。力仕事が必要な時は執事団と、これら下級使用人が動員される。


 ブラム城も同じ体制が取れるようにとフローラの依頼を受け、キリアが周辺の町や村から雇用していた。今頃はきっとポワレが、上手く取り仕切ってくれてるだろう。


「以上です、フローラさま」

「運河に水門を設ける件は順調なの? ケイオス」

「雪が積もり中断しておりましたが、もう再開しております」


 なら良かったわと、にっこり微笑む次期女王さま。ヴァレットとヘッド・バトラーは一般人であるが、使用人のトップになると叙爵を受け男爵となる。ケイオスは国策に貢献したことから、今は昇格し準伯爵の地位にあった。マルティンの従者となったマルコだって、いずれは爵位を授かるだろう。


 ――そして夜となり、貴賓室で始まったフルコース対決。


 グレイデルにアンナとケイオス、隊長たちも招待され、みんなわくわくどきどき。 

 先発は宮廷料理のジェブス、この後に東方料理が来るため、量は少なめにしてあった。彼はお店の見習い料理人を、助手として連れて来ている。みんな自信満々の顔だが、果たしてどうなりますことやら。

 まずは前菜のオードブル、スープ、魚料理、口の中を一旦リセットする氷菓子、肉料理、そして〆となるデザート。

 食べ慣れた宮廷料理なので、美味しいが特に感慨もなく頬張る皆の衆。ただ口に出しては言わないが、やっぱりデザートは甘すぎると誰もが思っていた。


 そしてファス・メイドの三人が登場。名称はそのままでスティルルーム付きとなったのは、ミリアとリシュルの予想通りであった。アンナがそうするよう、クララに指示を出したようだ。

 東方料理には一品ずつ出すという習慣がなく、デザート以外は一気に出てきましたよっと。スープにフライのようなもの、それにサラダは分かるんだが、板の上に乗るもう一品がみんな理解できずにいる。


「そそそ、それって生魚じゃないか君たち!」


 壁際に控えていたジェブスが、生で提供するのかと声を上げた。


「お寿司といいます、生で食べられる魚介類もあるのよね、ケイト」

「そうそう、市場にわさびの代わりとなるホースラディッシュがあったのよね、ミューレ。添えたお醤油にちょんと付けてどうぞ」

「フライに見えるのは天ぷら盛り合わせです、添えた天つゆに付けて召し上がれ」


 ジュリアがフライの説明をし、お寿司は手で摘まんでも無作法には当たりませんとにっこり微笑んだ。毒味役の精霊さん達が何も言わないので、フローラもグレイデルも手を伸ばす。フローラはヒラメ、グレイデルはイワシから行きました。


「……美味しい」

「驚きましたフローラさま、魚にこんな食べ方があるなんて」


 それを聞きテーブルのみんなも、どれどれと手を伸ばした。ちなみにフローラとグレイデルには、ネタとシャリの間にわさびがたっぷり。


「おお、このツーンと来る感じがよいなヴォルフ、こいつは美味い」

「このスープ、中に貝が入っておりますよゲルハルト卿、何とも滋味深い」


 貝は中身だけ食べて殻は空き皿に置いてくださいと、にっこにこの三人娘。それはアサリのお味噌汁で、刻んだネギとの相性は抜群。彼女らにとって勝負はどうでも良く、みんなに美味しく食べて欲しいだけなのだ。


「この薄く切った甘酸っぱい奴は何かね? ケイト」

「ガリと言ってショウガの甘酢漬けです、ケイオスさま。いっぱいありますから、お代わりできますよ」

「それは有り難い、お願いするよ」


 ブラム城から味噌醤油と老酒の樽を持ってきたが、仕込み方はキャッスル・メイドに伝授してきた三人。心なしかヴォルフの顔が緩んでおり、グレイデルがはにゃんと笑う。サラダのドレッシングは、マヨネーズに醤油を混ぜたもの。天ぷらのつゆは水と醤油に老酒ベースで、砂糖と酢を加えたもの。

 美味しい食べ物を口にすれば、誰もが無言となるのは世の常である。キリアが東方に、こんな料理あったかしらと首を傾げる。


「東方の最も東、海を挟んだ島国のお料理なんです、キリアさま」

「もしかしてその国は、フグもイカもタコも生で食べるのかしら? ジュリア」


 もちろんですと頷く三人娘に、貴賓室が騒然となったのは言うまでもない。なんせ食べる習慣が無いのだから、青天の霹靂へきれきもいいところ。ジェブスに至っては陸にあげられた魚のように、口をぱくぱくさせている。


「フュルスティン、漁師と漁業組合の底上げになるかもしれませんわよ」

「そこにグラーマン商会が、一枚噛むわけねキリア」


 あらばれちゃいましたかと、悪びれもせず微笑むキリア。けれど商会が下地を作ってくれるなら、こちらとしても楽なのだ。万事お任せするわと、お茶をすする次期女王さまである。


 そしていよいよ、判定の時が来た。


「宮廷料理も美味いが、たまに食べるから良いと思わんか? ヴォルフ」

「そうですねゲルハルト卿、毎日食べるなら、俺は東方料理の方がいいです」


 アレスとコーギンも、シュルツとアムレットも、デュナミスとアーロンも同意を示す。ブラム城で三食口にし、その良さを分かっているからの判定だった。全員一致で東方料理に軍配が上がり、ファス・メイドの勝利。

 がっくりと肩を落とすジェブスだが、そこは料理人。後で味見をさせてくれと言いながら、三人娘と握手を交わす。傍らでワゴンに乗ったわさびの皿に集まり、精霊さん達がひょいぱく食べていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る