第16話


 翌日。教室に入ると氷月さんと来栖が言葉を交わしている所に遭遇した。


「お、けんジィだ。おはよ~」


「おはよ……お? 珍しい組み合わせだな」


 僕は少ししかめっ面になるが、しかし、なんでも『秘密の関係』にこじつけるのは良くないと思い、首を振った。「2人って前から仲良かったっけか?」


「良かったよ。ね~」これは来栖。


「うん。あの怖い映画見て、意気投合したんだ」


「ふぅん……?」


 昼休みの後は氷月さんと話す機会が無かったし、逃げ出した後どこに行ったのかも分からなかった。まぁ、人の交友関係とは分からないものである。少し不自然な気もするけれど深く突っ込むのはやめておこう。


「そうか。来栖に友達が増えるのは良い事だ」


「けんジィは自分の心配をしたまえよ」


「うるさい。今日は宿題をやってきたのか?」


「やってきました~~」


 来栖はべぇと舌を出した。と、氷月さんが「私もやってきた」と主張してくる。なんだろう。褒めて! と言わんばかりの目の輝きに思わず頭を撫でてしまいそうになるけれど、それは我慢だ。「そっか、偉いな」


 氷月さんの交友が増えれば、それだけ自然に僕達も言葉を交わすことができる。これはグッジョブと言わざるを得ないだろう。


「でも意外だな。氷月さんも怖い物が得意だったのか」


「ん?」


「去亡トンネルってあれだろ? 昨日ちょっと調べたけど、怖い物好き以外見れないとか、家で一人で見てたら心霊現象にあったとか、かなりいわくつきなんだろ? よく見れたね」


 2人がはたと顔を見合わせる。


「そう、そうなの! 氷月さ……じゃないや、凜ったらすごく怖い物好きで、とっても楽しそうに見てたよ! これ以上私たちの会話に混ざりたいならシリーズのどれか一個でも見てからにしたまえ!」


 来栖はそう言うと氷月さんの手を引いて図書室の方へと向かった。


「でさ、映画の小説版がうちの学校にもあってね、ホラー描写がすごく緻密なの! 凛……にもぜひ読んで欲しいな!」


 氷月さんはちらっと僕を見ると、すぐに目を伏せて、「本当? 木実がそこまでいうなら読んでみようかな」と慌てて付いて行った。


 やっぱり不自然だ。が、まあ、いいや。


 僕らの関係がバレていないのであればそれでいい。


「氷月さんも調子を取り戻したみたいだし、心配は無用か」


 僕は席に着いて授業の準備を始めた。


     ☆☆☆


「あっっっぶな~~~。あやうくバレる所だったよ」


「うん、危なかった……ありがとう、木実」


 2人は図書室へと向かわず、階段の踊り場で息を整えていた。教室を出たあと走ったのだろう。ふぅ、と額をハンカチで拭って氷月さんが口を開いた。


「でも、あんなやり取りでいいの? なんだか、おざなりって感じに見えたけど」


「いいのいいの。男子なんて雑に扱っても勝手に脳で補完する生き物だから。むしろ仲良くしすぎると重いって思われちゃうかもね」


「そうなんだ………嫌われたりとか」


「ないない! 少なくともけんジィはこんな事で嫌ったりしないよ」


「ふぅん……」


 来栖があまりにもきっぱりと言い切るので氷月さんは釈然としない思いを抱えながら「まぁ、八重山のことなんて聞いてないけど」と付け加える。


「でも、案外普通でいいのね」


「うん。氷月さん……じゃないや、凛ならそのままでとっても素敵だもん。特別なことなんかしたら相手が困っちゃうよ」


「それ、八重山にも言われた」


「うん?」


「この前、街でばったり遭遇した時にね、好意と性欲を勘違いした男子ほど見苦しいものはないって」


「あっはは! けんジィらしい〜」


「こっちからしたら普通のことだってのにさ、困っちゃう」


 氷月さんはやれやれとため息をつく。これはあくまで僕の心の声なのだけど、腕を抱きしめて歩くのはもはや恋人のすることだと思う。いや、恋人なのだけど、相思相愛の恋人でなければやってはいけないと僕は思うのだ。しかし僕はこの場にいないので訂正はできないしこのやりとりを知るよしもない。


 教室へと戻りながら来栖が口を開く。


「でも意外だな。凛が男子との話し方を教えてほしいなんて」


「そう? 私だって恋をしたりするよ?」


「頭の中でシミュレーションするときは完璧なのに、いざ目の前にするとわたわたしちゃったり?」


「うんうんうんうん。まさにそうなの」と、氷月さんは勢い込んで言った。「普通に話すだけならまだいいんだけど、顔が近いとか、良い匂いとか、そういうのに気づくともうダメになって、笑ったって思うと、もう、もう〜〜〜〜〜」


「わかるよ〜〜〜〜。胸がきゅんってなって頭の中が『好き』でいっぱいになるよね! それはねえ、もう、そのままでいいと思うんだ」


「そのままで?」


「うん。変に取り繕うよりも素直な気持ちをそのままぶつけるといいよ。なんていうのかな、恋のテクニックってのはあったら困らないだろうけれど、でも、この人しかいない! っていう人を見つけた時には結局気持ちが大切だと思うんだ。純粋な好意に勝る武器はないと思うよ」


「…………」


「って、私が言っても説得力ないか〜〜」


「なんで?」


 来栖は教室のドアを開けながら「たはは」と笑う。


「だって、ほら、私の好きな人はまったく無関心なんだもの」と、来栖の視線の先には僕がいた。


「あいつさ、人のことなんてお見通しって面しながら私の気持ちには全く気づかないの。鈍感にも程があるよね」


「…………」


「ね、凛が好きな人が誰か教えてよ。私、凛の恋を応援する!」


「…………」


「凛?」


 氷月さんは俯いた。


「恥ずかしい……かな」


「だよね〜。人もたくさんいる前じゃあね」


 来栖は「ごめんね」と謝ってから、ホームルームが始まるので、席に着いた。

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