幕間吸血鬼と呼ばれた一族の少女

 王都から領地への帰り道の事。年配の男性が領主として治めている村で一泊する事になったんだ。年配の男性を村の人はゼーレン村長と呼んで慕っている。


 そんなゼーレン村長から色々若い頃の話を聞かせてもらった。色々な場所に行った事があるんだそうだ。そのなかでも俺が特に聞きたかったのは調味料の事だ。何故そんな事が聞きたかったのかって?


 それはこの世界の料理がシンプル過ぎる事に起因する。王宮の料理も確かに美味しかったんだけど、味付けの幅が少ないのだ。塩や胡椒等による味付けはあるものの醤油や味噌はこの世界に来てから口にした事がないからだ。この地域にはなくても他の地域ならと思っていたんだけど…どうやら存在してないみたい…。



「―私が知らないだけかも知れませんが…」


「いえ、大変為になる話ばかりでした。ありがとうございます!」


「それにしてもエル君は3歳児なのにしっかりしてるね?私の小さい頃とは雲泥の差があるよ」


「そんな事はないですよ」


「まあ、エル君は料理に興味があるみたいだし、私が昔の事で何か思い出したりしたらエル君に手紙を書いて教えてあげる事を約束するよ」


「ありがとうございます!」




***


 ゼーレン村長との話を終えた俺は宿へと戻る事にした。村ののどかな雰囲気を味わいながら。田舎の村ってこういう情緒溢れる景色がまたいいんだよね…。


「エル様は料理に興味があるアルか?」


 ―と、聞いてきたのは侍女のリンリン。髪の毛でお団子を2つ作り、シニヨンキャップをそれに被せている。これがまた似合うこと…。チャイナドレスを着せたら某格闘ゲームのキャラのコスプレが完成だな…。


「…色々な事を知っておきたいだけだよ?」


「エル様は3歳なのに感心アルな…」


 中身は違うけどね…。まあ、そんな他愛もない話をリンリンとしていると、



「さっさと歩けっ!」


 のどかな雰囲気をぶち壊すかの様な怒号が聞こえてきた。視線を声がした方に向けると身なりがいい女性と俺と歳がそう変わらないボロボロの服を着た白髪の色白い痩せ細った少女の姿…。


「―ったく…買い付けに来たらこんな商品だったとは…ほら、早く歩かないと日が暮れちまうだろ!」

「……はぃ」




「…あれは」


「…奴隷アル…。エル様、あまり見ない方がいいアル」


 そういえばこの世界には当然の様に奴隷が存在している…。奴隷に身を墜としている人は鉄製の首輪を嵌められている。王都でもちょくちょく見掛けはしたんだけど…


「たぶん、奴隷商アルよ。エル様、早く…」


「…あっ…う、うん」


 リンリンが俺の手を引き連れて行こうとする。


「あ〜くそっ!また鞭を振るわれないと分らないのかい?」


 俺はリンリンに優しく掴まれた手を振りほどき、その奴隷商の元へと駆け出した…。


「え、エル様!?」



「ちょっと待って!」


「…なんだい。何か用かい?」


 何やら値踏みするような相手の視線。


「どこかの貴族の子供みたいだけど…子供が出る幕ではないよ?」


「…その子は?」


「聞いても意味ないと思うけど…商品だよ…」


 商品…。これはこの世界では普通の事。奴隷になった者を全員救うのかと言われればそれは無理な話だ。領地の開拓等、主に労働力として必要な事だと書物で読んだし、頭では分かっている。けど…


「…その子を買いたい」


 その子の目を見たら放って置けなかったんだ。


「買いたいって…君がかい…」


「エル様!?」


「……エル…エル…もしかしてアルタイル公爵様の?」


「僕と母さんを知ってるの?」


「それはそうでしょう…。商売人は情報が命ですしね…。しかし、本当に買うのですか?失礼ですがエル様はお金をお持ちで?」


「…幾らなんです?」


「曰く付きなのでサービスはしますが…」


 曰く付き?


「エル様、帰りましょう」


「…曰く付きって?」


「彼女の一族は吸血鬼一族と呼ばれているのですよ?気味悪がられ買い手がつかない。だからこそ私が安く買い付けて来たのです。今はその帰り道なんですが…手数料、その他諸々合わせると…これくらいですかね?」


 奴隷商は掌を前に出し指を使って数字を示す…。指し示すのは3の数字…。


「エル様、ぼったくりアルよ!普通の奴隷よりは安いと思うアルが、曰く付きでその値段って…」


「勘違いされないで頂きたい…サービスして普通の奴隷の3倍の値段なだけですよ?」


「さ、3倍アルかっ!?エル様早く帰りましょう!あの子は可哀想とは思いますが…」


「買うよ」


「「…はっ?」」


 リンリン…驚いて奴隷商の女性と声がハモっているよ?奴隷商も何で驚いているのさ…。


「…本気ですか?」


「うん。悪いんだけど、リンリン、母さんに連絡を…。お金の事なら僕が必ず返すからと伝えてくれる?考えてる事があるんだ」


「で、でも…」


「それなら…お金は結構。ただし…そのエル様の考えてる事に…一枚噛ませてもらいたいと思います。いかがですか?」


 考えてる事には人手はいる…。奴隷商なら顔も広いし、人手不足も解消出来るか?


「本当にそれでいいのです?僕としては人手も顔が広い人も必要でしたので…」


「契約成立ですかね?遅くなりましたが奴隷商を営むウーシェンと申します。以後お見知り置きを…」


「では、ウーシェンさん宜しくお願いします」


「ウーシェンと呼んで頂いて宜しいですよ?」


「…じゃあ…ウーシェン。この後は一度帰るの?」


「ええ…ここからですと、王都の先にあるカンリンセンという街が私が店を構えている場所ですので…」


「じゃあ、準備が出来次第、僕の所に来てほしいんだけど…手先が器用な人、それと料理に優れた人の手も借りたい…」


「承知しました…すぐにでも…。では早速私は旅立つ事にします…レイラ、こちらが今日から貴女の主人よ、良いわね?」


「…はい」


「それではエル様…また…」




 挨拶を終えたウーシェンは足早に去っていく。こうして俺はこの世界に来て初めて奴隷を引き取ったんだ…。













 

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