第25話 再会②

 時は七年前の夏に遡る。


「テレビは誰が観れるのか分かんない高校野球流れてるし、大人たちはよく分らない会話してるし、父さんは酒飲んで寝始めるし……なんで、ばあちゃんの家に遊びにきて、アウェーになるんだよ」


 夏休み、俺はおばあちゃんの家に来ていた。お盆の時期におばあちゃんの家に来て、それから一週間くらいそのままおばあちゃんの家にお泊りをする。


 その予定の初日、俺は親せきの会話や野球中継に飽きて、ジュースを求めて駄菓子屋の前にある自販機に向かっていた。


 何度も通った十字路を右に曲がって駄菓子屋の前まで行くと、そこには肩くらいの長さのある髪をした女の子がぺたんと座り込んでいた。


 なにしてんだ、この子?


 ……さすがに、無視をするわけにはいかによな。


「何してんの?」


「ひっ……」


「ひ?」


 俺が後ろから話しかけると、その女の子は大きく肩をビクンとさせると、錆びれた機械のようにゆっくりと振り向いた。


 そして、俺と目が合うと、言葉にならないような声を出してガクガクと震えていた。


 いや、俺はお化けじゃないぞ。


 前髪が長すぎてその子の目元が良く見えなかった。すると、不意に吹いた風が彼女の瞳を露にした。


 水の中みたいに透き通った真っ黒な瞳。あまりにもそれが綺麗だったので、俺は一瞬それに魅入ってしまって言葉を失っていた。


 俺がじっと覗き込むように見ていると、その子は自分の顔を両手で隠してしまった。


それを見て、その子の目を見過ぎていたのだと自覚して、俺は本題に戻ることにした。


「どうした? 迷子か?」


 俺がその子と視線が合うように座り込むと、女の子は少しだけ安心したように息を吐いた。


 ばあちゃんが犬を触るときは視線を合わせろって言ってたけど、こんな所でその知識が役に立つとは思わなかったな。


「それで、迷子なのか?」


俺が再びそう尋ねると、その子はふるふると顔を振って俺の言葉を否定した、そして、ただ俺の目をじっと見て黙り込んでしまった。


「なんでこんな所に……あ、もしかして、駄菓子屋に来たのか?」


 俺がそう問いかけると、その子はぴくんと反応した後に何度も激しく頷いた。なるほど、よりによって、今日駄菓子屋に来たのか。


「駄菓子屋のばあさん、今日はゲートボールの大会でいないぞ」


「じゃ、じゃあ、駄菓子屋さんは閉店?」


「いや、そもそも開店してないんだよ」


「うそ……楽しみにしてたのに」


「いや、楽しみにするほどじゃないだろ」


 どこにでもある普通の駄菓子屋だぞ、ここ。


 まぁ、これ以上は俺にはどうすることもできないか。


 俺はうな垂れる女の子をそのままに、駄菓子屋の前に並んでいる自販機で甘い炭酸飲料を購入して、キャップを開けた。


 炭酸の弾ける音が、BGMのようになり響いているセミの音と重なりあって、夏の音を奏でていた。


「……ごくっ」


 俺がそのまま口をつけようとしていると、離れたこちらまで聞こえてきそうな喉を鳴らす音が聞こえてきた。


 ちらりと視線を向けると、先程までうな垂れていた女の子が、俺の方を食い入るように見ていた。


 いや、俺の持っている炭酸飲料を見ているのか。


「飲むか?」


「うん!」


「……飲み過ぎるなよ」


 俺は買ったばかりの炭酸飲料をその女の子に手渡した。


 すると、その子は喉が結構乾いていたらしく目をキラキラさせながら、炭酸飲料をぐびぐびと飲んでいた。


 ……警戒心解けるの簡単すぎないか? この子、簡単に誘拐とかされそうだけど、大丈夫なのだろうか?


「おまえ、何歳?」


「は、八歳」


「八歳か。じゃあ、俺の方が『お兄ちゃん』だな」


 よく父さんから年下の子には優しくしてあげなさいって言われてるし、この子をこのまま放置するのもよくないよな。


 そんなことを考えていると、その子は上目遣いで俺のことを覗き込んできた。


「『お兄ちゃん』?」


「おう、『お兄ちゃん』だ。それで、おまえ、名前は?」


「『みゆ』」


「『みゅー』? ふーん、変わった名前だな」


 なんか舌足らずな話し方だし、本当に一つ年下なのだろうか? 


そういえば、たっちゃんの兄ちゃんが『年齢聞かれたら、二つくらい上の年齢を言っておけば舐められねぇからぁ!』って言ってたな。


 ていうことは、この子六歳か? ……六歳にしては随分しっかりしてる気がする。うん、えらいな。


 俺はそう解釈すると、『みゅー』の頭を優しく撫でながら言葉を続けた。


「しょうがない、『お兄ちゃん』が駄菓子屋以上に面白い所に連れていってやるよ」


「ほ、本当!?」


「ああ、年上だからな。『お兄ちゃん』に任せとけ」


 こんなひょんな出会いから、俺たちはその年の夏休みの一週間を共に過ごすことになったのだった。

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