第159話 戻りつつある日常

 「まずいな」


 久しぶりの家での睡眠。


 ベッドの質こそ月の都の方が上だがやはり実家の安心感は強い。


 熟睡した結果既に夕方の5時だ。夏休みとはいえだらけ過ぎている。


 「今日はダンジョン行けそうにないな」


 筋トレしつつ眠った身体を動かして寝れるレベルに疲労させよう。


 そう決めて起きようとしたら、ドアの隙間から視線を感じた。


 「ジー」


 「⋯⋯?」


 マナが目を細めて俺をじっと見てくる。


 妹の奇行に恐怖を感じない兄はこの世に居ないと断言してやろう。


 「どうしたの?」


 「いつも通りだね。今日は本物の兄さんだね?」


 「何言ってんの」


 俺が居ない間、代役を誰かのペアスライムに頼んでいたりする。


 まぁ帰ってから両親に激怒された事から色々とバレたがあまり気にしている様子はなかった。


 友達の家に泊まってた、と言う見苦しい言い訳は砕かれたよ。


 『友達なんて居ないでしょ!』


 の一言で。


 なのでこれから代役を立てるのは学校に行く日だけで良くなった。


 家族にもアリスにも偽物ってバレるから。


 「数日居なかったのなんで?」


 「秘密」


 「も、もしかして彼女⋯⋯は無いか。兄さんだもんね」


 「バカにしてる?」


 「信用だよ」


 ちょこんと俺の隣に座る。


 え、なんなの?


 「俺着替えたいんだけど?」


 ライムも酷使したので休ませているため、今は普通のパジャマだ。


 着替えたいので出て行って欲しい。


 「大丈夫気にしないで」


 「気にするからスマホをこっちに向けないで」


 追い出してから着替えてリビングで会話をする。


 「兄さんが居なくなって寂しかった。後は怖かった」


 「まぁ色々としてたんだよ」


 「うん。それは分かってる。でも妹としてやっぱり心配だよ」


 「悪いな」


 頭を撫でると機嫌が良くなるので撫でる。


 しかし、今日は不満たらたらの様子で俺の方を睨む。


 何を望んでいるんだ⋯⋯。


 「飯でも作るか?」


 「まだ早い」


 「⋯⋯何か欲しい物でも?」


 「おに⋯⋯特に無い」


 「じゃあなんだ。どうしてそんなに機嫌が悪い」


 マナの誕生日でも無ければ何かの祝う日でも無い。


 一体なんだって言うんだ。分からん。年頃の女の子何考えてるか分からん。


 「夏祭りの思い出、話し合いたかったのに、居なかった」


 ボソリと素直に本音を語ってくれた。


 夏祭りの思い出話がしたかったのね。ウンウン。


 そうだな。俺が一言言えるとしたらあれだ。


 うちの妹を配信に出しても全く問題ないと思うんだ。うん。


 「そっか。クッキー焼こうか。おまけがあった方が話は弾むだろ?」


 「分かった。一緒にやろ」


 クッキーを作りながら夏祭りでは誰とどうしたとか、何を食べたとか色々と話した。


 楽しそうに話すマナを見ながら俺は思った。


 ⋯⋯やっぱりこの笑顔を守りたい。


 クッキーを食べながら楽しく話していると、晩御飯の時間がやって来たのかインターホンが鳴る。


 アリスがやって来た。


 「今日もおじゃまするね」


 「まだ何も作って無いから中で待っとき」


 「⋯⋯今日はスライムじゃないんだね」


 「ああ。終わったからな。一応」


 「そっか」


 アリスが軽く背中を押して来る。


 「おつかれ」


 「あんがと」


 晩御飯を食べて翌日。


 身体を動かせなかったので寝れずに一夜が明けた。


 このままではまずいので生活習慣を戻すべくいつも通りのルーティンに少しだけ修正をかける。


 修正した状態から徐々に元の生活に戻してルーティンを取り戻す。


 生活習慣の乱れは心と技の乱れだ。


 さてダンジョン⋯⋯の前にユリのお見舞いに行かないとな。


 月の都に行くには月を見上げる必要があるんだよなぁ。


 朝の六時。


 「⋯⋯転送してもらわずに直で行くか」


 『行けんの?』


 「魔法よろしく」


 俺はサキュバスになって月があるだろう方角に向かって最速で飛行する。


 大気圏に突入したら魔法となって進む。


 魔法になれば飛行速度も上がるのか⋯⋯これは今後も活用できそうである。


 ただサングラス的な光を遮る物が必須だ。


 月には外から都が見えなくなる結界と空気などの生活に必要なモノを用意する結界がレイの手で張られている。


 通過すると身体をくすぐるような感覚に一瞬襲われ、外から見えなかった都が目視できる。


 「やっぱり行けたか」


 『今後は宇宙での訓練も含む?』


 「どうしようかな」


 『冗談だよ?』


 最初に出会ったホブゴブリンにユリの場所を聞いて会いに行く。


 ユリはだいぶ回復している様子だったが足の骨は折れており立てる状況じゃなかった。


 腕の方は動かせるレベルだが痛みが伴うらしい。


 燃え切れたせいで髪の毛はかなり短くなっており、皮膚の所々に焼け跡が残っている。


 ユリが壮絶な戦いを繰り広げたのは言うまでもないだろう。


 今回の戦いで最も重症なのは間違いなくユリである。


 その原因の一つが侵略者が所持していた魔剣。見上げても全貌が見えなかった巨大な魔剣が今や人間サイズの刀だ。


 俺が触ろうとすると発火するので放置している。


 「ユリ、体調の方はどうだ?」


 「走りたいです。素振りしたいです」


 「安静にしろよ頼むから」


 「分かってますよ。⋯⋯も、もう少し近くに来てくれませんか?」


 かなり近い位置に居るが、要望に応えるとしよう。


 ユリの真横に座る。病院ベッドの上は俺が普段使っているベッドよりもフカフカだ。


 「すみません。臭いですかね?」


 「いや、特に臭わないぞ」


 無臭である。


 「その。身体を預けてもよろしいですか?」


 「ああ」


 胸にユリが頭を預けて持たれて来る。


 自暴自棄のような状態から回復した後から甘えん坊さんになった気がする。


 ただ壁になるのも気分的に嫌なので、頭を撫でる事にした。


 背中を撫でるのは犯罪臭するからね。一番安全な所だと思う。


 「私、頑張りました」


 「ああ。そうだな。良くやった」


 「でも、一番ボロボロです」


 クオンはまず前提が違うし、他の奴らは雑魚狩りだ。


 仕方ないと言える。


 でも違うんだろうな。敵の意思とか強さは関係ないんだ。


 ボロボロになった事実が嫌なんだろう。


 「幹部の奴一人にすら、魔剣の気まぐれが無ければ勝てませんでした」


 ユリの影に潜んでいたホブゴブリンから話は聞いている。


 ユリの技術は決して低くない。むしろ、タチバナに届いていただろう。


 刀だけで対処できる領域に相手はいなかった、それだけの話だろう。


 「でも私は強くなります。ご主人様と肩を並べられるように。私の憧れに近づくために」


 ユリは痛むだろう左手を俺の肩に、右手を頭に伸ばして目を強く合わせる。


 顔がかなり近い距離。瞳と瞳が交差しどちらも放さない状況。


 「ご主人様。見ていてください。必ずや私はアナタと共に戦う剣となる」


 「ああ見ているさ。ずっとな。俺はお前から目を放さない。初めて出会ったあの日からな」


 誰も居ない今がチャンスか。少し恥ずかしいが、ちゃんと伝えておこう。


 「ユリ、確かに俺は物理的にお前を見ている時間は他の奴よりも少ない。でもな、ユリと出会った日からずっと見ている。お前の成長をずっと見ているんだ」


 「ご主人様⋯⋯」


 「忘れるな。ユリ、お前の成長を一番見て喜んでいるのは俺だ。他の誰でもないこの俺だ。⋯⋯最近その自信も薄れているけど」


 ユリだけじゃない。他の奴らも全員月の都や先生の所。


 俺の知らないところで頑張って凄く強くなってる。


 俺が一番見てなくちゃならないのに、俺以外の人達が見ている気がする。


 過程を知らずに結果だけを見ている日々が続いている。


 それは嬉しいと同時にとても寂しい事だ。


 「そんな事はありません。ご主人様の想いはしっかり、感じております」


 「ダウト。それだったら身をボロボロにする訓練なんかしない」


 「ふふ、意地悪ですね」


 「はは、だろ?」


 二人して笑い合い、辛そうなユリの腕を離して寝転がした。

 

 早く回復して、一緒にダンジョンに行きたいモノだ。


 ◆


 「ローズ、凄く入りずらいんだけど」


 「シッ。主人に聞こえてしまう。今はあの尊い空間を見守ろう」


 「気配はバレてるだろ。⋯⋯お前も視聴者に染まって来たな」





◆あとがき◆

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