境界線の向こう側
堕なの。
遠回り
春、新学期が始まる季節。満開になった桜ははらりはらりと舞い散り、薄桃色に道を染めていく。想像以上に水分を含みしっとりとした花びらは、地面に落ちると舞い上がることなど二度とない。人に踏まれ、車に引き摺られ、茶色くなっていく。
始業式が終わって、週が明けた月曜日。私は重い足を引きずって学校へと向かっていた。私の家は中学校からは遠く、歩きでの通学のみ許されているため毎日四十五分ほどかけて学校へと向かっていた。
ふと、後ろを振り向く。そこはいつも先輩と合流していた十字路だった。もう居ない人、そんなことは分かっている。それでもその目があの人を探してしまうのは、二年間の教育の賜物だろうか。
「学校行こう」
一言、そう口の中で転がせば自然と足は学校へ向いた。筈だった。
「うっわー!自転車登校だー!」
一緒に行っていた先輩が坂の上から楽しそうな声で降りてきた。顔を見るだけで、嬉しくて泣きたくなる。
「お!ユーリ遅刻じゃねぇか。急げよー!」
あなたとの待ち合わせがないからなかなか家を出られなかったなんて、言ったらどんな顔するだろうか。初めて会ったあの日もこんな感じだった気がする。
「はぁ」
口から溢れるのは重い溜息。学校など行きたくないという頑なな意志は親の行ってきなさいという一声で打ち砕かれた。そのためなるべく遅く学校に着くようにするために遠回りをして学校へと向かっている最中だった。
「やーばい、今日も遅刻じゃねぇか」
坂の上から転がり落ちるように駆けてくるおそらく先輩。おおよそ先輩とは思えないようなその行動がとても目を引いた。
「お、後輩か? 遅刻だから走るぞー」
そしてあろうことか、その人は私の手を引き走り出した。
「いやです。ちょっ、やめてください」
「何でだ? 怒られるぞ」
至極当然とでも言うように首を傾げる。その目にあるのは純粋な疑問心。
「行きたくないからわざわざゆっくり歩いてたんじゃないですか。学校なんて行ったところで何にもなりませんよ」
「何だお前、虐められてんのか?」
「何でそうなるんですか」
この人の中では、「学校に行きたくない=虐められている」らしい。あいにくそういうわけではない。ただ、面倒なだけだ。女子同士の人間関係も将来ためにならなそうな勉強も。
「ふーん。じゃあ、学校に行く意味がないから遅刻しようとしてたってことか」
「そうですけど」
「でもその時間が無駄だろ」
正論。心にグサグサっと刺さってくるそれはこちらの都合を考えてはくれない。
「うーん、じゃあこれからはここで待ち合わせして一緒に行こーぜ。そしたらお前は学校に行く理由ができる。俺は待ち合わせがあるから学校に遅刻せずに済む。つまりwin-winだ」
名案だとでもいうように自慢げに意見を話してくる先輩(一応)。
「嫌ですよ。何がwin-winですか。私が学校に行きたい理由にはならないんですけど」
「えー、お前楽しそうだぞ」
楽し、そう? 私は今楽しんでいるのだろうか。確かに、少しだけ口元が緩んでいるかもしれない。
「ははっ、何かキリッとした顔に直された」
まあ、この人の誘いに乗ってみてもいいかもしれない。気まぐれに、そう思った。
思った以上に楽しい日々だった。この人と話しながら歩く通学路は、いつもよりも格別きれいに見えた。だからこの色褪せた道が苦しくて、何を楽しみにすればいいのか分からなくて学校から遠ざかっていた。あの日先輩と出会ったこの遠回りの道を選んで歩いていた。
「お前なぁ、もう俺は居ないんだから。一人で学校行くんだぞ」
「そうですね、私は先輩と違って大人ですから」
「ちょ、俺がガキっぽいってことじゃねぇか」
「ふふ」
このテンポが懐かしくて、恋しくて。でも、もう時間は交わらないから。
「俺は遅刻寸前だからもう行くな。お前も急げよ」
先輩はサドルから腰を上げてまたスピードを速くした。その自転車に乗って遠ざかっていく背中に、卒業式の日に引かれた境界線が見えた。
あなたはその線の向こう側。
境界線の向こう側 堕なの。 @danano
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