2.5-飛翔/Departure
〖五十五番星〗愛憎
「つれないなあ、寂しいよ兄弟。昔は喜んで遊び相手してくれたじゃん?」
「喜んで、じゃない。無視したらそっちの方が面倒だから仕方なく相手してやってただけ。勘違いすんなよ」
血のように赤黒い色の髪を持つ少年はにじり寄る。その姿は狩りを楽しむ猛獣のようだ。
一方、叶都は嫌悪を隠そうともせず眉をひそめる。
「お前がブラッドフォードの言いなりになるとは、期待してた俺が馬鹿みたいだ。――レイズ」
その名を口にすれば、もう一人の少年は心底嬉しそうに口角を上げた。
叶都にとって彼は、心情を見透かしてどうこうするまでもないほどに馴染んだ相手だ。そして、逆もまた然り。
レイズ――彼は人生そのものを遊びとしか考えていない。
自分が楽しいならそれでいい。だが、そうでないならチェス盤すら滅茶苦茶にしてしまう。
「つまんねー冗談抜かすなよ、分かってんだろ? 頭のお堅いジジババが嫌いなのはオレもおんなじ」
「そうだったっけ、お前に興味ないから忘れてたわ」
大きな騒ぎになってしまうと面倒なので街から離れた海岸まで誘導したはいいものの、如何せん彼の扱う魔術は派手で、周りに自分たちの存在を悟られるのは時間の問題だ。
「それで……ブラッドフォードに頼まれたわけでもないのに現れたってことは、単純に俺と遊びたかったってことだろ。その『お遊び』をここまで本気でやるから嫌いなんだよ」
言葉とは裏腹に、叶都の身体は既に限界を迎えつつあった。街中での奇襲によって腹部を深く抉られ、喉には血の味が広がっている。視界はふらつき、息苦しさも増してきた。
脇腹から滴る赤を見て、レイズはじゅるりと舌なめずりをする。
「あーあ、もったいない。降参してくれたら骨も残さず食べてあげるのに。あ、でもやっぱ降参はしないで、つまんないから!」
彼の思考は昔から常軌を逸していた。叶都はその異様さに眉を寄せ、苛立ちを隠せずに舌打ちをする。
「
体に力が入らず後ずさる足――言葉には棘があったが、声色は次第に弱々しくなっていく。
「カーミラの癖に日光を浴びても血を啜らなくても生きていける異端児――。お前だからこそ言えるセリフだねえ、おもしれー……」
冷笑を浮かべながらレイズは呟く。
カーミラを代表する一族・ブラッドフォード家。彼らは魔族の中での権力や地位に固執している。
当家にはカーミラとしての強い能力を持たずに生まれた娘がいた。
彼女の境遇については想像に難くない。
力がすべての魔族の世界で、彼女は虐げられ、蔑まれ続けた末に、異族の男との政略結婚を強いられる。
だが皮肉にも、その屈辱の結末から生まれた子供は、カーミラが幾千年に渡り求め続けていた夢そのものだった。
『あの女が産んだガキ、太陽の下を歩けるらしい』
『こんなことは決してあってはならない。他の一族に知られる前に殺すぞ』
『この濁血が――』
少年は幼いながらも、それらを馬鹿馬鹿しく思っていた。
自分を排除したところで本家の力が強くなるわけじゃないのに、なんてくだらないのだろう。
「これはあいつらが自ら招いた結果なのに、穢れた血だって散々虐げてきたくせに、あいつらはその執着で自滅した。これ以上に気持ち悪いことってある? 不快で、滑稽で――」
カーミラの異端児と呼ばれた少年は冷たい嘲笑を浮かべた。
それは痛みからか、はたまた狂気からか。
「――最高に面白い」
誰かの言いなりになるくらいなら死んだ方がマシだ。
ただひたすらに自分の愉悦を追い求める――それは叶都とレイズに共通していること。
「最高だよマイ・ディア! だからオレはお前が好きなんだ!! 神に愛された悪魔ってだけで味が気になるのに、その上中身も面白いだなんて」
レイズは歓喜に目を輝かせると、叶都に向かって一歩踏み出した。
「骨も、血一滴すら残さず喰らいつくして――お前と一つになりたい!!!」
イカれている。
叶都は眉を寄せるも薄い笑みを浮かべる。
そして腹部から流れ出る血液を刃へと変え、レイズに向けた。
「悪いけど、それだけは許せないな。マジでやるって言うなら意地でも相打ちまでは持ってくぞ」
――そして、叶都は最後に付け加える。
「俺のことをその愛称で呼べるのは、今んとここの世界に一人しかいねーよ」
互いの視線が交錯し、再び戦いの火ぶたが切られる。
しかし叶都にはその勝負の結果は目に見えていた。
良くて相打ち、悪くて――喰らいつくされる。
それでも相打ちの可能性が僅かに残っているのは、ある少女との契約のおかげだった。
叶都は魔術の扱いに長けていたし、ずば抜けた戦闘センスも持っている。所持魔力の少なさだけが欠点だったのだが、それは今や解消されている。
契約時に彼女が求めたのは「旅がしたい」ということ。
叶都と旅が――とは言っていないので、ただ彼女をスタートラインまで導くだけで膨大な魔力が手に入る、簡単な仕事だった。
偶然迷い込んでしまったニヴルヘイムから抜け出せたのも彼女のおかげではあったし、彼女の背負う運命も考えるとそれなりに面白い少女ではあったが、それだけのことだった。
それだけのはずだった。
今この瞬間までは。
「じゃま――」
覚悟した運命を、鋭い氷柱の雨が貫いて――壊す。
まるで亡霊を目にしたかのように、琥珀色の瞳は大きく見開かれた。
一度壊してしまった玩具は二度と戻らない。そんなの幼い子どもでも分かることだ。
しかし彼女は現れた。
小さな足から薄い氷の層が広がって、キラキラと陽光を反射させる。
まるで天使のように、彼女は凛然と空から舞い降りる。
ふわりと広がるまっしろな髪、しなやかな細い体、そしてそれらとは裏腹に悍ましいほどの魔力――。
いとも簡単に、叶都は少女に釘付けになった。
悪魔である自分が天使を綺麗だと思うだなんて馬鹿げているけれど、この感情は紛れもない真実だ。
凛の純粋さがずっと嫌いだった。
凛の冬のように暖かいまなざしがずっと好きだった。
嫌いな物は壊してスッキリしたいし、好きな物を壊した時の背徳感も味わい深い。
ならば、愛憎んだものをこの手で壊すのは、どれだけ気持ちがいいか。
「――――…」
叶都はあまりの興奮に言葉を失った。
――――きっとこれ以上に愉しいことはない。
叶都は自嘲的な笑みを浮かべながら、凛を見つめる。その瞳には、狂気と熱が宿っていた――。
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