第30話「すれ違いディストーション④」
環たち3人は瑞稀のマンションへ向かっていた。
途中、環が何回も電話やメッセージを入れるが返信どころか既読も付かない。
「あかん、瑞稀完全に無視しとる」
環が「あっ」っろ言って優里の袖を引っ張る。
「なんですの? 服が伸びてまうわ」
「メイクグループのチャットに瑞稀ママおったやん! 連絡してみよーや」
「いやー、それはやめた方がええんやない?」
優里はバツが悪そうに言う。
「でも、うち瑞稀ママと週に何回かメッセしてんねん。仲良しなんよ」
「ぐっ、いつの間に……」
ののかが2人の背中にそっと手を置く。
「瑞稀の性格を考えたら、早い方がええ思う。それに学祭ライブの選考会はもう来週やから」
環がメイクグループのチャットに『瑞樹の事で相談あるんですけど』と、メッセージを入れる。その数秒後、瑞稀の母親から環のスマホに着信が入った。
「もしもし」
「あー、たまちゃん。瑞稀なぁ、今バイトなんよ。一時間位で帰ってくる予定なんやけど」
「ほなら、今からお家にお邪魔してもええですか? どないしても今日中に話がしたいんです」
3人は電車に乗り、中書橋駅に向かった。駅に着くとであい橋近くにある瑞稀のマンションまで走った。
オートロックを開けてもらい、瑞稀の家のドア前のインターフォンを押すと瑞稀の母がびっくりしながら出迎えてくれた。
「どないしたんたまちゃん、浮かへん顔やなァ、みんなも」
環と優里が話しづらそうにしているのをみて、ののかは今回の一件を全て話した。自分が誰彼構わず仲良くなった男性と身体の関係を持ち、それを快く思わない生徒が学校の連絡掲示板に証拠の写真と経緯を投稿して全てが明るみに出てしまった事、もちろん学校では問題になって処分は受けたが、出来るだけフォローしてバンドには迷惑かけないで済んだ事、経緯と説明はバンドのグループチャットで全て打ち明けて謝罪をしたが、瑞稀にもう一緒に出来ないと言われてしまった事、そして、皆、瑞稀と一緒にやりたいと思ってる事、ののかは直接謝りたい旨を伝えた。
瑞稀のお母さんはじっと目を瞑って話を聞いてくれていたが、「わかった」と言うとゆっくりと話し始めた。
「本人おらなこでいうのもなんやけど、あんたたちには聞いといて欲しい。あのな、ウチんとこ離婚してるやろ。瑞稀の父親って色々あって酒に逃げたんよ。元々気ぃ小さい男やったけどな……。それで毎晩飲み歩いてしまいには飲み屋の女とくっついてしもうてーな。離婚する前にその女家にあげたりしとって瑞稀も相当嫌な思いをしとったんやろな。そやさかい瑞稀はなかなか心開かへんし、セックスや男女関係に関しては物凄う嫌うてんねん。今回の事もそれが大きいんやあらへんやろか」
「そうなんですか」
ののかは責任を感じたのかうなだれて言う。
「で、まあ、酔っ払って瑞稀のお腹を蹴り上げたの見て頭来てボコボコにしたって離婚や。あれから10年近う経つのに瑞稀の中では引っかかってんのやな」
「そうなんか」
環が低く呟いた時、玄関が開いて瑞稀が帰ってくる。玄関の靴を見るとリビングにいる環たちへと語りかける。
「話す事は無いって送ったやろ。もう終わりや。早よ帰って」
環、優里、ののかは何も言い返せない。その時瑞稀のお母さんは立ち上がって玄関まで行き、瑞稀の腕を掴んでリビングまで引っ張って来る。
「あんたな、友達訪ねてきてくれてるんやで。話しがあらへんってどないな事なん? 瑞稀はいつもそう、嫌な事に向き合わへんさかいいつも関係切れてってまう。あんた、ここ数ヶ月楽しそうやったやん。帰って来るとのんちゃん先輩がーやらたまちゃんがーやら優里がこんなん言うとったやらそないなんばっかやったとちがう。えらい好きなんやろ? やったらとことんまで話し合わんとずっとひとりぼっちやで」
母の言葉に反論出来る語彙力もまとまった考えも無く瑞稀は何も言い返せないでいる。
「どうせしっかり本音で話し合うてへんのやん? せっかく全員いるんやさかい、ちゃんと話ししたらええのに」
誰も口を開かなかった。いや、開けなかった。理解が追いつかなかった。そんな中、瑞稀のお母さんが話し始める。
「まあ、こども中心に話するのも辛い話題かいな。話は大体聞いてるさかい、おばちゃんが話し進めてくわ。ええわなあ?」
渋々頷く瑞稀、それに続いて環たちも『お願いします』と続いた。瑞稀のお母さんは視線をののかにゆっくりむけて話し始めた。
「ののかちゃん。おばちゃんは古い人間やさかい複数の男の子と同時に関係持つってのはイマイチ理解出来ひんで。もしののかちゃんがええんなら、のののかちゃんの気持ちを聞かしてくれへんかな。家まで来てくれるって事は瑞稀と仲良うしたいって思てくれたんやろ?」
真剣な表情で頷くののか。
「瑞稀、瑞稀も思ってる事あるんやろ? ちゃんと自分の気持ち言わなあかん。あんたが父親の事でそういう事に対して嫌悪感を持つのんはわかる。瑞稀は知らへんかもしれへんけど、お父さんね、ええとこもぎょうさんあったんえ。気の弱い人やったさかい、最後は酒に逃げて、あないな女に引っ掛かってもうたけどなぁ。うちにはええ思い出もぎょうさんある。今思たらもっともっと話したらよかった思てる。そやさかい瑞稀はそないな思いしてほしないで」
瑞稀はどうしていいかわからなかった。
ののかは立ち上がり、リビングの椅子に座っている瑞稀の前まで来る。
「瑞稀あのな。いや、みんなも聞いて欲しいんやけど。ウチ人と距離感が違うんよ。子供の頃から家族や周りにようかいらしいかいらしいって抱きしめられとった。ウチもおにいや友達にくっついてギューって抱きしめとったし、それが普通って思うとった。パーソナルスペースったーるやん。アレって普通は自分の両手を広げたくらいの範囲なんやって。そやけどうちは(瑞稀の顔に鼻当たるくらいまで近付いて)これくらいでも全然平気。不快にもならへんし、ドキドキする事もあらへん。感覚がわからへんさかい男の子との距離感も近なる。それが続くと、みんな『俺の事好きなんとちがうか?』って思てだんだん身体の関係を求めて来るんや。うち、実はキスもセックスもイヤやないの。みんなが女の子同士でハグする位の感覚しかあらへんのや。もちろん相手は選ぶけど、求められるのんは愛されてるって感じてまうんだ。それに、拒否してるとだんだん相手が子供みたいにしゅんとなったりして、可哀想になってまうんよ。だからもうどうでもいいってなって……。おかしいんよ、うち」
沈黙が続いた。瑞稀には理解が追いつかなかった。環も優里も同じだった。しばらくの沈黙の後、瑞稀のお母さんがゆっくりと口を開く。
「おかしないで。感覚の違いは大きゅうも小そうも誰にもあるものやさかい。ただ、女の子の身体は色々大変やさかい、もっと気ぃ付けないかん。簡単に身体の関係を持つのんはいつかののかちゃんの気持ちも身体もぶち壊すような事に繋がりかねへん。そこはわかるわなあ」
ののかが小さく頷く。
「それと人様のもんに手を出したらあかん、揉めるわ」
「それは、相手が嘘言う事もあるんで……」
「まあ、それが男のずるいとこやしな」
その時、優里がソファから立ち上がりののかに聞いた。
「大智とは、藤井大智とはどないなってるんどすか? のんちゃんをバンドに紹介してきたの大智やし、写真にも腕組んで歩いてるの写っとったし」
「大智はな、一度だけ関係持った。そやけど、それ以降は友達なんや。大智は他のみんなみたいにいちびって毎回しつこう身体求めてこんし、相談に乗ってくれたりうちのことめっさ大事にしてくれる。そやから男とか女とかの話ちゃうくて大切にしたい友達。うちは恋愛的な好きがようわからんから、大智の事が好きなのかはわからん。そやけど関係は切りたない。友達としてな」
環が優里の手を握る。優里は頷いてののかに手を伸ばす。
「のんちゃん、一緒にやろう。大智の事やら色々もうええわ。たまちゃんもウチものんちゃんと音楽がしたいで。瑞稀はどうや?」
「うちは……」
瑞稀が口篭っていると、お母さんは瑞稀を抱きしめる。
「お父さんの事でずっと辛い思いをさせてしもうたなァ。今はお父さんを許せんでもな、男と女の関係ってもっと複雑なんよ。瑞稀にもきっとわかる時来る。その時になって今日の事を後悔する日も来るかもしれへん。自分の考えとちゃう人は受け入れられへん? 毎日のようにのんちゃんのんちゃんって楽しそうに話しとった気持ちはこないな事でのうなってまうの? せっかく仲良うなったたまちゃんや優里ちゃんともお別れでええの?」
「イヤ!」そう言うと瑞稀は母にしがみついた。
「瑞稀のめんどくささはたまちゃん以上や」
優里がやれやれと言う感じでこの場をまとめるように言う。
「ウチもたまちゃんも瑞稀ものんちゃんの音楽に惚れとるんやからやらないって選択肢は無いやろ。選考会まで一週間しか無いんよ。揉めてる場合やないの。明日から一生懸命練習せんとなぁ」
優里の言葉に皆が頷く。ののかは瑞稀の母に向かって何か伝えたい表情だったが、瑞稀の母には十分伝わっていた。そして瑞稀の事をよろしくと言う母の願いもバンドメンバー全員にしっかり伝わっていた。
青いウサギはそこにいる 鈴木志季 @suzuki_san
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