すれ違いディストーション

第27話「すれ違いディストーション①」

 祇園祭、宵々で賑わう街。環は幼馴染で同じバンドの優里と瑞稀の三人で屋台を冷やかしながら回っていた。優里にしたら今日は同じく幼馴染で一個上の大智に告白する大事な日でもあった。

「大智連絡ついた?」

 環がスマホの画面から目を離さない優里に聞いた。

「あかん、アイツやっぱり今日バックれるつもりやん」

「GPSとかつけとけばよかったんやない?」

 瑞稀が真顔で怖いことを言う。

「いくら吹部で面倒見ええ先輩って言われてても、うちら毎年三人で宵山さん来てたやないか。それなのに……」

「もうええわ、たまちゃん。まだ時期やないっちゅーことやろ」

 優里がため息混じりに諦めの言葉を吐くと、瑞稀がグイッと二人の前に出て勢いよく立ち止まる。

「あかんて。子供の頃からずっと思ってきたんやろ? リップかて買うたし、メイクかて。全部今日のためにやってきたんやないの?」

 優里にとって大智がただの幼馴染では無いと思い始めたのは中学に入った頃だった。幼い頃、結婚の約束をして、環と三人で家族になろうって約束した時からずっと一緒と思っていたが、それが恋愛感情とは思っていなかった。恋愛として好きと気付いた時から、優里は大智にちゃんと好きって伝えるキッカケを探していた。それを横で見ていた環は「早く付き合っちゃえばええのに」と思っていたほどで、何度も作戦会議を開いたくらいだった。優里は高校に入ってからかななんて引き伸ばしていたが、やんわり濁していた訳じゃなくちゃんと考えていたようで、この前のメイクの日にそれがわかった。それなのに大智が連絡取れないとかなんなん! と、環はイライラしていた。

 夜の八時を過ぎて、そろそろ解散という時間。環のスマホの通知が鳴る。環がスマホを取り出すと、優里や瑞稀にも通知が来ていたようで、二人ともスマホを取り出そうとポーチやポケットを探していた。三人ともに来ているってことはのんちゃんからか軽音のグループチャットだ。

 環がスマホの通知画面をタップするとシュパパパパと通知音が鳴り、グループチャットの画面に十数枚の写真が流れる。下校時の生徒を撮った写真のようだった。環はその一枚をタップして少し拡大してみる。そこに写った少女の顔は見覚えがある。伊藤ののか、同じバンドのキーボード、のんちゃん先輩だ。

「のんちゃん?」

 なぜののかの写真が送られてきたのかわからないので、それ以外の写真もよく見てみる。全てにののかが写っている。ただ、一緒に写っている男子は全員違う人っぽかった。そして最後に送られてきた副部長、平井からのメッセージを読む。

――軽音楽部副部長として、風紀的に許せない事案を確認したので問題提起します――

 風紀? 環はその言葉を見た後にハッとして写真を見返す。

 その写真には、男性とラブホテルに入って行こうとしているののかが写っていた。それも違う男性と。他に抱き合っている写真、男性に膝枕してもらっていたり、甘えている写真もある。それが十数枚。

「なんなんこれ⁉︎」

 環は混乱しながら何回も送られてきた写真を見返す。これでは、ののかが複数の男性と遊び歩いているようにしか見えない。それもラブホテルに入ろうとしている写真も複数ある。

「のんちゃんが色んな男子とそういうことしとるってこと? でもなんでグループチャットに写真が送られてくんの⁉︎」

 環は隣にいた瑞稀に問いかける。瑞稀は目を閉じ、微かに怒っているような感じに見えたが、眼を開き、上を見上げると、「帰るわ」と言い足早に駅の方へ走って行ってしまう。

「瑞稀!」

 追いかけようとするが瑞稀は既に人ごみの中に消えている。環は優里のいる場所へと近付き、「あかん、瑞稀行ってしもた」と声を掛ける。ずっとスマホの画面を注視していた優里が困惑した顔で環へ告げる。

「この、のんちゃんと一緒に写ってる人、大智や……」

「嘘やろ」

 環は優里のスマホを取り上げて表示されてる写真を見る。そこには腕を組んで仲睦まじくホテルへ入って行こうとするののかと大智の写真があった。

「え? 大智? なんで? あ、でものんちゃんを紹介して来たのって――」

「大智や」

 憮然とした表情で優里は答える。

 環は混乱した。

「たまちゃん」

 優里の呼びかけに環はハッとする。

「今日中にハッキリさすよ。家帰ろう」

 環と優里、大智は同じマンションに住んでいる。大智が帰ってくるのを待って問い詰める気だ。

 優里は環の手を掴むと駅の方へ足早に向かった。電車の中でバンドのグループチャットを見たらののかから「迷惑かけると思う。ごめん」とメッセージが入っていたが、環はなんて答えていいかわからなず返信出来なかった。


 同じ頃、岡崎舞星も平井から送られてきた写真を見て愕然としていた。

「こんなことして欲しかったんと違うし!!」

 声が漏れる。身体が震えているのがわかる。手に持っているスマホで平井へ電話するが繋がらない。LINEを開くと『平井くん、なにしてんの!? 信じられへん! 通話出て!』とメッセージを送るが、その日、そのメッセージが既読になる事は無かった。


 夜の九時を過ぎた頃、大智は吹部の皆と別れて電車で地元の駅まで帰ってきていた。自宅のマンションまで歩いて五分。祭りの余韻に浸りながらゆっくり歩いているとメッセージを知らせる通知音が鳴った。また環か優里かと思い、今日無視してたし気まずい気持ちでスマホを開くと、ののかから『迷惑かけてもてごめんな』とメッセージが入っている。何かあったのかとすぐ返信するが、しばらく待っても既読にはならなかった。仕方なく自宅へ向かうと、マンションの入り口の階段に座っている優里と、車椅子用のスロープの柵に寄りかかっている環に気付く。

「あー、やっぱりあの二人怒っとるな」

マンションの灯りで逆行になっているのでうっすらとしか表情は見えないが、環と優里から漂うオーラはハッキリと怒りを感じさせる。そのオーラに一瞬たじろぐ大智。それが伝わったのか、階段に座っていた優里が大智の方を見てゆっくりと立ち上がる。

「えらい早いお帰りどすなぁ」

 貼り付けたような笑顔で優里は大智に向かってゆっくりと語りかける。その後方で環は苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。どちらにせよ何を言っても無駄なようだと大智は覚悟を決めた。

「先輩や可愛い後輩に囲まれたあとは、ええ気分のまま彼女はんとお泊まりかと思てましたえ」

「は? 彼女? そんなんおらんし」

ふぅ、ではお兄様は付き合うてもいない女子と抱き合ったり、ラブホテルなんちゅうとこへ行ったりしますの?」

 嫌な汗が吹き出してきた。これは暑さのせいじゃないと大智は覚悟を決めた。もちろん身に覚えがあるからだ。でも証拠は無い。昨日まで普通に喋ってたし、この二人は今日連絡無視した当て付けで適当な事を言ってるに違いない。こっちからペラペラと認めたら逆に怪しいんじゃないかと大智は思う。

「な、何言ってるんやお前ら。ラブホなんて行かへんて」

 しらばっくれる大智の前にあの写真を表示したスマホを突き付ける優里。

「じゃあこれはなんなん⁉︎」

 大智の腕に両手で抱き付くののかがラブホテルに入ろうとしている写真。優里や環にとっては見慣れた私服姿だった。

 予想だにしない写真を突き付けられて大智は動揺を隠せなかった。優里からスマホを取り上げるとじっくりとその写真を見つめた。

「これは……」

 環が近寄ってきて大智が見ている優里のスマホの画面をスワイプさせて他の男達とも抱き合ったり、ホテルに入って行こうとしている写真を見せる。

「大智は騙されてたんと違う? のんちゃんは色んな男子とこう、関係してたみたいやんか」

「だからか……」

 大智は優里のスマホを環に渡して自分のスマホのメッセージを確認する。ののかとのトークルーム、大智が最後に送ったメッセージに既読の文字は付いていない。

 優里が環が持っているスマホを取り上げると、写真をスワイプさせ大智とののかの写真にし、その画面を真っ直ぐ大地に向ける。

「騙されたとかそんなんはもうええわ。ひとつハッキリさせて。のんちゃんとやったんか⁉︎」

「は? 優里お前何いうてんの。ヤッたとかヤってひんとか関係あらへんやろ」

「いや、ウチら三人の間に隠し事はあったらあかん」

「いや流石に関係無いやろ」

 大智はののかが心配だった。今すぐに連絡取らないととんでもない事態になる予感がした。

「俺、行かんと」

 駅の方に歩き出す大智を優里が止める。

「ウチにとっては大事なことなんよ。教えて、のんちゃんとヤったんやろ」

 大地は振り返り、優里と環の肩に手を置いた。昔から大智が二人に大事な事を言う時にやる癖だった。

「ヤったやら勲章の様に言いふらす奴も多いけど、俺はそれってちゃう思てる。もっとデリケートな部分ちゃうんか? なあ優里、環、あんた達セックスした相手が、二人の知らへんところで「オレ、アイツとやったんやで」やら言うとったらどう思う? 俺はイヤやな。相手が言うてるならまだええ。そやさかいもしののかさんが、俺とヤったって言うなら言うし、ヤってへんって言うなら俺もヤってへんって言う」

「それって……ずっこい」

「真実はある。そやけど、相手がどう思うか考えて行動するのんが男やろ。俺の目の前でののかさんがどっちか答えたら俺も言う。それでええな」

 環も優里も確かに知らないところで勝手に言いふらされたらと考えると良くないと感じた。

「それよりも今はののかさんが心配や。て言うか、その写真誰から送られて来たん?」

「副部長の平井が軽音楽部のグループチャットで」

「マジか⁉︎ グループチャットはあかん!」

 大智は自分のスマホでLINEを確認する。

「俺の写真がハッキリ写っとるが、俺には誰からの連絡も入っとらん。つまりまだ軽音とその近い人くらいしか知らんはずやと思う。だけど、軽音のグループチャットなら顧問も確認してるやろな……」

「あ……」

「学校全体の問題になる可能性があるよ。それに面白がって男特定するヤツも出てくるやろし、ののかさんへのバッシングもかなりあると思うで」

 大智の言葉を環が遮る。

「でもな、こんなにぎょうさんの男の人と関係持ってるのんちゃんにも責任あるんやない?」

「アホ! 今は誰と誰がセックスしたとかどうでもええんや。問題はその写真や」

「写真?」

「全部盗撮やろ?」

「そやけど」

「本人がSNSやらにアップしたんのならしゃあないと思うが、特定の女子の後をつけて盗撮した数十枚の写真を学校の部活のグループチャットに流すって、異常だと思わんか? 最後の風紀がどうとか言うメッセージに騙されたらあかん」

「言われてみればそやね」

「種を蒔いてしまったのはののかさんかもしれんが、盗撮とそれを拡散するのは別問題やと思う」

 温厚の塊の様な大地にしては珍しく怒っていた。環はあのののかがこんな事をしてたなんてと言うショックで頭が回らず、まんまと平井の術中にハマってしまっていた自分を責めた。慌ててスマホを取り出すとバンドのグループチャットに「のんちゃん大丈夫? 今どこにいるん? 返事ちょうだい」とメッセージを入れていた。優里も反省したようで、同じようなメッセージをグループチャットに投稿している。

 何も出来ずに一時間が経った。環と優里、大智の送ったメッセージは既読にもならず、夜は深くなっていく。

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