ロックの免罪符
第22話「ロックの免罪符①」
瑞稀からオーディションの一次審査に受かったとグループLINEにメッセージが来た。来週末に東京で二次審査があって、お母さんと一緒に行くらしい。お土産買ってくるねと言う瑞稀に、環は『東京ばな奈以外で美味しいお菓子をお願いした。まあ、別に東京ばな奈でもいいんだけど美味しいし。環はそう思いながら瑞稀が東京のお土産コーナーで悩んでる姿を想像してふっと笑った。きっとお母さんに頼るんだろう。
見るからに瑞稀はママっ子だから。
オーディションの二次審査は、ダンス、セリフ、課題曲での歌唱審査の後に面接が行われ、一ヶ月後に行われる最終審査に残る数名が選ばれる。最終審査は学園祭ライブの二週間前で、スケジュール的には問題は無い。しかし、ののかは少し悩んでいた。
「なあ、ちょっと真面目な話してええか?」
瑞稀が東京へオーディションへ行った日曜日。環、優里、ののかはミーティングを兼ねてカラオケボックスにいた。
「どないしたん?」
デンモクをいじっていた優里がののかに視線を移して聞いた。
「本人がおらんとこで言うのもなんやけど、いや、本人に話す前に2人には聞いときとうてな」
ギターのチューニングをしていた環もののかを見やる。
「正直なとこ瑞稀の歌ってどう思っとー?」
環と優里は一瞬顔を合わせてから言った。
「普通ですなぁ」
「思ったよりもな」
2人の意見を聞いたののかはやれやれと言った感じでおでこに手を当ててため息を吐いた。
「やっぱそやな」
ギターで軽くメロディを弾きながら環は続ける。
「音を外すことも無う、高音も伸びてロングトーンもビブラートも綺麗やしな。そやけどなんて言うか……」
環はバツが悪そうに優里に視線を移す。
「普通ですなぁ」
優里は環が言いづらいのを察してさっき言ったセリフを繰り返し言った。
「そやな、普通なんよ。鼻腔共鳴やらあないビリビリ来るほど伝わって来んのに普通って印象の方が強いんよな」
ののかは頭をかいた。
「まあ、初めて会うた日に見たダンスのような……。なんて言うんやろう、内から伝わってくる怒りに似た熱さを見とるから物足らん感じはするけど」
「まあ、そうやね」
「でも柔らかくて儚い感じがする今の瑞稀の歌もええ思いますよ」
環はギターを弾く手を止めてののかに言う。確かに若干ぎこちない感じはするが、それは回数をこなせばなんとでもなると環は思っていた。
「でもな、それやと全力の環と合わんねや」
言葉に詰まる環。
「瑞稀も言いよったよね、バンマスは環かて。そやからこのバンドの基本路線は環のギターなんやで。もちろん環にも合わしてもらわなあかん事は沢山ある。そやけどまずはその基本に向かわなあかん思うんや。ただな……」
「ただ?」
「クラシックやミュージカルとしては正しい方向なんよ。瑞稀はミュージカル志望で今オーディションの真っ最中やんか。そんな大事な時に歌い方弄るとか、そんな事してええんかって思て」
自分はいい、ポリシーも無いから何にでも合わせられる。でも自分が見たいと思ったのはやっぱり環のギターサウンドだ。優里も同じだろう。そして2人の目指す音楽はハードロックだ。そして2人が一番生きるのもハードロックだ。なら瑞稀に寄せてもらうしか無い。でも瑞稀はミュージカルの舞台に立つ為にボイトレや声楽なんかも勉強してる。瑞稀が目指してる目標の為に努力してきた歌を部活であるバンド活動の為にいじってしまっていいのかとののかは悩んでいた。
「瑞稀は大丈夫だと思いますよ」
環がののかに言う。
「私もいける思いますえ」
優里も続く。
「うーん」
珍しくののかが躊躇しているのを見て環は言った。
「瑞稀はそんな事すぐクリアできる思いますし、のんちゃんが言うなら余計に大丈夫と思います」
「瑞稀はたまちゃん以上に面倒で一匹狼みたいやけど、信頼してる人の言う事は絶対聞くし裏切らへん思いますわぁ」
「信頼? うち?」
きょとんとした表情でののかは問うた。
「気付いてませんの? 全方向に喧嘩売ってるような子ぉが、のんちゃんの話にはえらい従順なのになぁ」
優里の言葉に環も頷く。
「瑞稀って今まで周りの人に失望させられてばっかやったんですよ」
「失望?」
「本気の度合いが違うって言うんですかな? おんなじように役者やったりダンスの世界を目指しとったりする人いるじゃないですか。瑞稀の場合は24時間全部その目標の為に使うけど、みんなおんなじとちがう。同じ芸事の世界目指してるっちゅうても、友達とカラオケ行ったり食べホやゲーセン行くのも楽しみにしてる子ぉも多いし、趣味レベルでそないな世界に触れたいって子もおる。そうなりたいって口だけで行動にしいひん子ぉの方実際多い思うしなぁ」
「そんな口先ばっかのヤツらにうんざりして、思いっきり爆発した時にうちら出会ったんです」
「そうやったんや」
「そして、のんちゃんの音楽にぶん殴られたって事ですわ」
「ぶん殴られたって……。言い過ぎやろ」
「いや、あの音楽室でうちもたまちゃんも思いっきりぶん殴られましたからなぁ。遅れて入ってきた瑞稀の表情がめっちゃキラキラになったんハッキリと見ましたし」
「見た見た! 多分、瑞稀にとって口だけやない先輩って初めてだったんと違うかな」
森澤瑞稀の噂はののか達二年生の間にも聞こえてきていた。凄い可愛い一年生が入ってきたっていうのも聞いたが、その存在をハッキリ認識したのは5月の新入生お披露目ライブの少し前、演劇部の三年生がグーで殴られた事件だ。同じクラスにいる演劇部員の子に聞いたのだが、入部してきた瑞稀にその三年が一目惚れし、面白がった他の部員達が2人をくっつけようとして色々仕掛けたらしく、歓迎会という名目で行ったカラオケで調子に乗った三年が皆の目で告白して瑞稀を抱きしめたらしい。それに怒った瑞稀が三年を振り解いて一発パンチをお見舞いしたそうだ。幸い、学校の外での出来事だったので大きい問題にはならなかったのだが、それによって彼女の名前は全校生徒が知る事になった。結局この事件がキッカケで瑞稀は演劇部を辞める事になったんだが、逆恨みした演劇部員らを中心に紅葉館の残念ジュリエットという仇名がついて回るようになった。
「まあ、軽音もそうやけど、承認欲求バリバリなアホなヤツ多いからな。うちの事は置いといても失望すんのは分からんでもない」
その時、3人のスマホにグループチャットの着信が鳴った。
「瑞稀だ!」
環がLINEを開いて瑞稀からのメッセージを読み上げる。
「えーと、今できる事全部ぶつけてきたーって」
「よかったやん」
「やりましたな」
続けて瑞稀からメッセージが届く。
『ねえ聞いて! 東京ってぐるーって見回しても山が無いんだよ、凄くない⁉︎』
それを見た環と優里が笑っている。楽しそうだな。と、ののかは思った。そうか、この2人はともかく、瑞稀にはいつも敬語で話されるし距離置かれてるのかと思ってたけど、少しは信頼されてるのか。信頼されてるなんて実感した事はないけれど、それは少し心地よい感じがした。
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