手を合わせる男
私の実家には私達家族が住み始める以前から、その家を自分の居場所としている者がいる。
それは普通の人間と同じように生活をしているように見えた。
朝何処からともなく起床してきて、スーツに着替え家を出る。
そして夜には音も無く帰宅し、風呂に入り、居間でリラックスし、何処かへ消えて行く。
土日には休日なのか、家での時間を満喫している。
私の母も視える人間の為、それの存在には気付いていた。
妹も時折階段を降りてくるそれを目にして驚いていた。
そう、先住者は男の霊。
あちらもこちらには干渉せず、こちらも私と母以外は気付いていない為、特に気にせず生活していた。
だが、どうやらそんな彼も、接触している家族がいた。
当時飼っていた犬、パグのリクだ。
リクは家族以外には決して心を開かない。
家の敷地に他人が足を踏み入れる音が聞こえると、すぐに吠え始める。
居間に客を通すと吠えはしないが、立ったまま客に対して睨みを効かせているような子だった。
そんなリクも彼には懐いているのか、彼が近寄ると尻尾を振って彼を見ていた。
彼も愛おしそうに頭を撫でていた。
そんな姿を私と母は面白がって見ていたものだ。
リクもその頃には歳を重ね、いよいよ足腰も弱り寝て過ごすことが多くなってきた。
彼も心配そうに見ていた。
ある日、私が外出中に妹からメールが届いた。
「リクが逝きました」
私は用事を済ませ、急いで自宅へ戻る。
妹は膝の上にリクを乗せ、涙を流しながら撫でていた。
「さっき急に息が荒くなって、そのまま・・・」
「そうか・・・」
私もまだ温かい、だが少しずつ冷たく、硬くなっていくリクを撫でていた。
完全に硬直してしまう前に、いつもリクが寝ている姿に戻す。
そして、すっかり固くなってしまったリクをクッションの上に乗せ、線香を用意し二人でぼんやりと見ていた。
すると、いつもの時間に帰宅した彼がリクを見て、表情こそ変えないが、僅かにその瞳が憂いを帯びた気がした。
彼はリクの前に座り、リクに向かい手を合わせた。
私は目の前で起きている光景が不思議であり、微笑ましくもあり、嬉しくもあった。
妹に、今彼がリクに手を合わせていると伝える。妹は涙を流して喜んだ。
気のせいだろうか。
彼の目にも涙が浮かんでいた。
現在、私の実家では犬と猫を飼っている。
一年に一度帰省するのだが、彼はまだいてくれているようだ。
彼が歩く後ろには、犬と猫がくっついて歩いている。
動物に愛される、優しい男なのだろう。
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