届いてはならない想い
生きた人間と霊との間に、恋愛関係は成立するのだろうか。
私個人の答えはYESでもあり、NOでもある。
恋愛は出来る。
だが、所謂ゴールはあってはいけない。
それを望むのならば、別なのだが。
私には選択出来なかった。
中学二年生。
その日は部活をサボり、堤防の斜面に座っていた。
季節は夏の終わりを感じる頃。
夕陽が美しい時間を楽しみながら煙草をふかす。
駅も無い田舎町。
堤防を歩く人などいない。
思春期の私は、この時間が大人になったような気がして好きだった。
「何してるんですか?」
不意に後ろから声を掛けられ、焦って口の中に煙草を放り込む。
これは校舎で吸っている時に、教師が来た時に覚えた技である。
初めて見る制服を着た女の子。
可愛らしい顔が夕陽に照らされ、私の目が釘付けになった。
「早く口から出した方が良いですよ」
彼女が笑いながら言う。
私は少しムッとしたフリをしながら吐き出す。
「隣に座っていいですか?あ、吸ってもいいですよ?」
私の胸が高鳴っている。
煙草に火を点け、冷静さを取り戻すよう試みる。
「たまに来てますよね?見てました」
なんなんだ、この子は。
人を食ったような笑顔で言う。
少しずつお互いのことを話していく。
彼女は高校一年生。
遠方に住んでいて、事情があり祖母の家に来ているそうだ。
「次はいつ来ますか?」
彼女が頭を少し傾け、笑顔で訪ねてくる。
それから私はしばらく部活に行かなくなるわけだが。
毎日彼女との時間を過ごした。
学校が終わるとすぐに堤防へ向かう。
既に彼女は斜面に座っていた。
「こんにちは」
彼女の透き通る声、あの頃の私には大人っぽさを感じさせる憂いを帯びた笑顔、石鹸の香りが心地良かった。
毎日。
毎日。
暗くなるまで語り合った。
彼女は父親に性的な虐待を受けていることも知った。
いつしか一緒にいる時間は手を握って過ごした。
初めて手を握ろうとした時に、頑なに拒否をする彼女。
手首にはリストカットの跡が多数。
苦しいよね。
涙を流し、私の胸に身体を預けてくれた。
その年のクリスマス。
私の友人の部屋は離れ。
今日一日貸してくれるとのこと。
彼女と一緒に過ごせるよう、友人が計らってくれたのだ。
朝に迎えに行き、自転車の後ろに乗せ彼女を連れてくる。
制服ではなく、白いニットにスカート。
キャメルカラーのダッフルコートを着た彼女はとても美しかった。
いつもは夕方からの短い時間しか一緒にいられない。
今日はゆっくりした時間を過ごせる。
そう、私は彼女に惚れていた。
父親からも守ってやれる気がしていた。
今考えれば何を馬鹿なことを考えていたのだろうと思う。
だが、当時の私は本気で彼女を守りたかった。
いつもより距離が近い。
しっかり手も握っている。
彼女も身体を私に預けてくる。
ふと目が合い、ゆっくりと顔を近づけ、キスをした。
冷たい唇。
届かない想い
私は気付いていた。
彼女の正体に。
彼女も私が気付いていることをわかっていた。
だが一度火が点いた心は止まらなかった。
強く抱きしめ、彼女の身体をゆっくりと倒す。
もう一度キスをする。
彼女がそのまま話す。
「本当にいいの?」
「何が?」
「わかってるんでしょ?」
「うん、わかってる・・・いいよ」
彼女が黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと起き上がり、私の目を見て言った。
「今までありがとう・・・楽しかった。○○○君のことは好き・・・ずっと一緒にいたい・・・でもダメ。これ以上一緒にいたら、私はあなたを連れていかなければいけない」
私はそれでも良いと言った。
だが、彼女は無言で首を横に振る。
「好きだよ・・・幸せになってね」
綺麗な瞳に涙を浮かべた彼女、私が瞬きをした瞬間に目の前から消えていた。
喪失感。
涙が止まらなかった。
正面の鏡に写る私。
ガリガリにやつれた、酷い顔だった。
私は彼女に生かされた。
父親からの性的な虐待から守ろうと、祖母が彼女を連れて帰って来たそうだ。
しばらくは平穏な生活をしてた。
だが父親が頻繁にやってくるようになる。
その度に祖母と父親が激しい言い争いをする。
時には警察沙汰にもなっていたそうだ。
ある時祖母を蹴飛ばし、彼女の部屋に向かってくる父親。
ダンダンダンダンダンダン!
階段を駆け上がる父親。
彼女は恐怖に打ち勝つことが出来なかった。
そのまま持っていたカッターナイフで手首を深々と切り、自らの命を絶った。
今でも夕陽を見ると思い出す。
目を閉じれば、あの笑顔がそこにある。
彼女を思うと石鹸の香りがする。
とても短い間ではあったが、私の心を彩ってくれた彼女。
彼女のお陰で今の私がある。
この記事を書いている間、涙が止まらなかった。
一つだけ後悔がある。
どうして最後に言えなかったのか。
ありがとう・・・と。
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