ツイントーーク!① 私ってツイてない……?
「はぁ〜〜〜……」
山ガールの服を脱いだ千影は、下着姿になって、大きなため息をついた。
(私って、ほんとツイてないなぁ……)
猫は嫌いではないが苦手——それは自分の心の問題なのだが、こうも猫ばかりいる町だと、心が落ち着かない。猫町だから仕方がないのだが、咲人に旅行先を提案されるより先に、そのことを伝えておけば良かったとも思う。
(しかも熊まで出ちゃうし……)
楽しみにしていた山登りも中止になり、まさに踏んだり蹴ったり。
それが自分一人の問題で済む話ならいい。
けれど咲人や光莉も巻き込んでしまっている。
(……ううん、こういうときこそ笑顔でいなくちゃっ!)
気を取り直そうと、パンパンと顔を叩くと——
パァーーーン! ……ギャアアアアアァーーー……——
急に耳の奥で発砲音が鳴り響き、はっとした。
(あれ……聞き間違いじゃなかったよね……)
妹子山の発砲音のあとの……あれは、人間の悲鳴だった。
それとも、人間の悲鳴に似た鳴き声を出せる動物がいるのだろうか——
(それに、あのお婆ちゃん……)
最後の意味深な言葉がどうしても鼓膜に残っている——
『覚えておくといいよ。——この山はあんたにとって、とても危険な山さ……』
あの言葉の意味はなんだったのか。
(あの山に、なにがあるの……?)
そのあと老婆は忽然と姿を消した。
いったい、どこに消えてしまったのだろう——
「隙ありぃーーーっ!」
「きゃあっ!」
突然千影は後ろから胸を揉まれた。
「って、ひーちゃん……⁉ 驚かせないでよっ! ていうか、揉むのやめてっ!」
「だって、うちが近づいても気づく気配がなかったから。というか、なにをそんなに悩んでいるの?」
「べつに、悩んでないよ。ちょっと考え事をしていただけ……」
千影がそう言うと、光莉はいつになく心配そうな顔で見つめてくる。
「……もしかして、マシロのことかな?」
「え?」
数年前に宇佐見家で飼っていていたマシロという白い猫——たしかに、この町に来てから、ずっとそのことが頭の片隅にあった。電車の中で見た夢のせいかもしれない。
ただ、今はそのことを考えていたわけではない。
「……ううん、そうじゃなくて、あのお婆ちゃんのこと」
「ああ、うん……どこに消えちゃったんだろうね……?」
と、光莉は思い出して青ざめた顔をした。
光莉は昔からおばけが苦手だ。様々な学問に精通していても、苦手なものは苦手らしく、非科学的なものは信じないと言いつつも、小刻みに震えている。
そんな姉を見て、千影はなんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなった。
「ひーちゃん、早く着替えて海に行こ? 私のことは気にしなくていいから」
「え? でも……」
「咲人くんと三人で素敵な思い出をつくらなきゃ——でしょ?」
千影がにっこりと微笑むと、光莉も明るい表情になって「うん」と頷いた。
「そうだね! いっぱい楽しい思い出をつくろうね!」
光莉はいそいそと水着に着替え始めたが、千影はその様子を横目で見ながら、そっと小さくため息を吐いた。
(私のせいで旅行を台無しにしたくない……三人にとって、素敵な旅行にしなくちゃ!)
それは使命感なのか、義務感なのか。
どちらにせよ、千影は頭の中を切り替えることにしたのだが、頭の片隅では、あの老婆の言葉と、マシロのことがぼんやりと浮かんでいた。
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