第5話/初めての救助クエスト

「ミユキ、そっちの人は大丈夫か?」

「うん、少し危なかったけど……」

「分かった。そっちのあんたは大丈夫か?」

「あ、あぁ……大丈夫だ……」


 ルークとミユキが降り立った街道にて、2人は救助を行おうとしていた。

 2人が聞きつけた声の通りに馬車を守っていた傭兵の者達の多くは負傷していて、2人の救助が間に合わなければどうなっていたか……想像するのは容易かった。


「ホント助かったぜブレイブ。お前のおかげだ」

「キュルルル♪ クカカカッ♪」


 それに間に合わせられたのはブレイブの存在が大きい。

 ここ『風そよぐ緑の大地ブリーズグリーンフィールド』は、『F.F.O.』内でも木々の生い茂った地形であるため、森の中を徒歩で移動するのはなかなかに面倒だ。

 そのため、「整備された街道を利用する」または「各都市部に設置された『遠距離転移門ロングワープゲート』などの機能を利用して移動する」などといった移動方法が初心者向けの攻略サイトでは推奨されているほど。

 しかし、上級者になるほど様々な移動手段が確保できるため、今回のように従魔に運んでもらうといった方法も出てくる。

 そして今回ルーク達は、自慢の仲間であるブレイブに運んでもらうことにしたのだ。

 流石は『飛竜ワイバーン』の速度である。ある程度離れた距離であろうと彼ならあっという間だ。


「ぐっ……! あ、アンタは……何者だ……?」

「通りすがりの旅人だよ。あんま動くな、傷が開く」

「……すまないな……俺の名は『デイン』。アンタらの助力、感謝する」

「デインさんな。俺の名前はルーク。よろしくな」


 大勢の負傷者をミユキに任せた後、ルークは周りの者と比べても装備が整っている隊長格だと思われる男性――『デイン』に声をかける。

 最初は警戒していたものの、明らかに敵意を持っていないことと、自身達を襲ったところで利益がないのだろうと判断したデインは警戒を解いた。

 しかし、彼自身かなり血を流しているため戦闘の継続は厳しいだろう。

 そう判断したルークは、戦闘スキルにステータスを多く振った自身が憶えているスキルの中でも数少ない『他人に使える回復魔法』――初級回復魔法『回復ヒール』を使った。


「とりあえず回復させとくか……『回復ヒール』」

「!? アンタ、回復魔法も使えるのか……!?」

「おう。他にもそれなりに使えるけど結局は「器用貧乏」止まりだけどな」

「……はぁ……あの従魔と、あんだけの威力の『スキル』を使っておきながら、回復魔法も使えるなんて……アンタ規格外だな……」

「……まぁ、こっちにも事情があってね……」


(俺が複数のスキルを使ってることに驚いてるのか? 確かにスキルを複数覚えるのは難しいとかなんとか言われてたような……そういうのF.F.O.の設定にあったはず……)


 自身にとっては何気ないことでも、この世界の住人にとっては目を見開くほどのことらしい。

 過去の記憶を掘り起こしてみれば、そういったものがあったような……と考えるルーク。


――実際、『F.F.O.ファンタジー・フロンティア・オンライン』の設定には『スキルを極めた熟練の者にしか、新たな力を授かることはできない』というものがある。

 実際に『F.F.O.』は、現在のジョブのレベルが30程度になると他のジョブに切り替えることができるという仕様が昔から存在し、それがある種の「初心者卒業」を示す基準となっていた。

 そして他のジョブに切り替えることで、最初に選択したジョブとはまた違うスキルを覚えられるようになり、ゲーム体験をより広くしていくのがF.F.O.の魅力の一つであった。

 しかしだが、それはあくまで『プレイヤー基準』の話であって、『NPCノンプレイヤーキャラクター』……この世界の住人にとってはそう簡単なことではないらしい。


 ゲーム内の描写でも複合ジョブや上級ジョブといった『強者』と言える存在はそこらの傭兵にいるような人物ではなかった。

 そういうキャラクターは、国のお抱えの騎士やギルドマスターといった重要な役職に就いているのが普通だろう。

 だからこそ、デインはそのような反応をしたのだ。


 ちなみに余談だが、新たにジョブを選択する際などの注意事項として、低級ジョブと上級ジョブがレベルアップした際のステータスポイントの差はかなり大きい。

 1レベルアップすることで全ステータスが2上がる程度にはポイントを割り振れる「冒険者」と呼ばれる最初期のジョブに対し、様々なジョブを複合して獲得できる上級ジョブは、ようになる。


 しかし、ジョブが増えればその分だけレベルアップに必要な経験値の量も増えていくため、安定して経験値を獲得できるようになった段階のプレイヤーでもない限りこの選択をするのは厳しい。

 一応の救済措置として、初期のアップデート内容に「ジョブを変更及び上級ジョブに昇格した場合、現在のレベルに至るまでに得られなかったステータスポイントを即座に補填する」というものがあったため、右も左も分からない初心者も安心してプレイできるようになった。

 だからと言って後半まで上級ジョブになるのを渋るとそもそも攻略できないほどステータスが少ないなんてこともあるため、ある程度の計画性を持ったレベルアップとジョブ選択が推奨されている。

 もちろん、運営によって用意されたNPCにもそれは適応されており、ルークのフレンドである「ゲオル」の報告にあった『神聖国アーク』の騎士団長などはすさまじい強さを持つキャラクター……『ユニークキャラクター』として知られているほど。


 そんなことがあった『F.F.O.』の中でも最上級プレイヤーに属しているのがルーク達である。

 ただの傭兵であるデインが驚くのも無理はないだろう。


「お兄ちゃんの方は大丈夫そうだね……私も頑張らなきゃ!」


 といったことがある横で、ミユキも行動を起こしていた。

 ミユキはルーク達の所属するギルド『竜の巣ドラゴンズ・ネスト』のメンバーの中では珍しい『回復職ヒーラー』と、自身の身を守れるようにと習得した『攻撃職アタッカー』の複合ジョブに位置する『賢者セージ』である。

 それもF.F.O.のリリース最初期からプレイしている最古参プレイヤーであり、ジョブの質が良く、レベルもかなり高い。

 だからこそ、自分がすべきなのは負傷者の治療……そう判断したミユキは負傷者の中でも傷が深い者達が集められている場所に近づいていった。


「『回復ヒール』っ! 『回復ヒール』っ! 『回ふヒー』……ぐっ、魔力切れか……!」


 負傷者の治療を行っていたのは、鋭い目つきをメガネで隠した知性を感じさせるオールバックの男性。

 本来であれば冷静に立ち回っているべき立場だと予想できる彼は、その表情を苦しげに歪ませながら負傷者の治療を行っていた。

 彼の吐き捨てた言葉の通り、魔力切れを起こしてしまったのだろう。


「大丈夫ですか!? 今すぐに回復魔法をかけますね!」

「君は……だが、これだけの人数だ……一度町に引き返さなければ……!?」


 声をかけて来たミユキに、意外そうな目を一瞬だけ向けた男性だったが、その白いローブを纏った服装から回復職だと判断し、状況を説明しようとした。

 そんな彼の様子を案じながら、杖を構えたミユキがすぐさま回復魔術の詠唱に入ると、男性はその瞳を大きく見開いて絶句する。


「――『天より降る雨は命を運ぶ恵み、この者達に癒しの力を与えたまえ』――」

「これは……! 大魔法……!?」


 ミユキの詠唱と共に彼女を中心とした魔方陣が足元に構築された。

 魔法名だけを唱える簡単な魔法『回復ヒール』と違って、大きな意味を持って詠唱されるその魔法は清らかな魔力を帯びており、彼女の詠唱が進むほどにその場の上空に薄い雲がかかり始める。

 その詠唱の内容を聞いた男性が目を見開き、その魔法の正体に気づいた。


「――『私は願う』――『この者達に祝福あれ、と』――『神聖・恵みの雨ホーリー・ブレッシングレイン』――!!」


 詠唱により魔法が完成され、魔法陣が光り輝く。

 そこから放たれた魔力は上空にかかっていた雲へと昇り、一拍遅れて雨が降り始めた。


「なっ!? 突然雨が降ってきた!?」

「一体何が起こってるんだ!?」

「落ち着いてください! これは回復魔法です! 『ワイス』! そちらの方々はどうなっていますか!」

「は、はい! えっと……え、えぇ!? こ、こちらの方々の傷跡が少しずつ消えています!」


 突然雨が降ってきたことに驚きの声が上がっている傭兵達を落ち着かせるため、ミユキが唱えていた魔法の正体に気づいた男性は、継承者の治療に回っていた白衣の少女――『ワイス』に指示を飛ばす。

 驚きながらもワイスが負傷者を確認すると、決して浅くはなかった怪我がみるみるうちにふさがっていくのを目にしたのである。


「『フェアー』先生! この魔法は!?」

「……『恵みの雨』、それも神聖級……まさかこの目で見ることができるとは……」

「し、神聖級の『恵みの雨』!? だ、大魔法の中の大魔法じゃないですか!」


 フェアーと呼ばれた眼鏡をかけた男性がそう呟くと、ワイスは驚愕にぎょっとした目で魔法を発動したミユキの方を見る。


 ミユキが唱えていた魔法は、『恵みの雨』という回復系の魔法の上位スキル『神聖・恵みの雨ホーリー・ブレッシングレイン』。

 この魔法は『F.F.O.』において、詠唱が完了すると一定範囲に雨を降らせ、その範囲内にいる仲間のHPを持続的に回復させていくという、戦闘スキルの中でもかなり貴重な『広範囲に影響を与えられる回復魔法』だ。

 しかし、この魔法を覚えられるのは最初期回復職である『聖職者クレリック』……の上級ジョブである『大神官ハイプリーステス』が憶えるスキルの中でも、後半に入ったところでようやく覚えられるものであるため獲得難易度は高い。


 しかし、習得難易度に見合うようにその回復力はとても高く、『F.F.O.ファンタジー・フロンティア・オンライン』にて定期的に開催されるイベント――『レイドバトル』では必須と言われるほどの性能を誇っている。

 そんな大魔法を目の前の少女は簡単に行使してみせたのだ。

 驚くなと言う方が無理である。


「――……ふぅ、ちゃんと発動できた……あ、大丈夫ですか皆さん? まだ痛むところは……」

「……いえ、あなた方のおかげで処置が間に合いました。ご協力感謝します」

「いえいえ! 私達が好きでしたことですので! このくらいなんてことないですよ!」

「ほぇー……あれだけの魔法を使っているのに疲れていないんですねぇ……」

「えへへっ、鍛えてますから!」


 フェアーの感謝とワイスの尊敬を込めたような眼差しに笑顔で応えたミユキ。

 彼女の笑顔に、先程までピリピリとした空気を纏っていたフェアーも肩の荷を下ろしたかのように眉間のしわを薄める。


「ミユキの方も大丈夫そうだな……」

「あんたの妹さんすげぇな……あっという間に痛みがなくなった……」

「まぁな、自慢の妹だ」


 そんなミユキの様子を見守りながら、ルークはデインに肩を貸して立ち上がらせた後、周囲の様子に目を配らせた。


「あ、あんたが俺達の怪我を治してくれたんだな。ありがとう!」

「すげぇな嬢ちゃん! 前から悩まされていた腰痛まで治せちまうとは!!」

「あんたまだ腰痛めてたのかよ!?」

「あ、あはは……お大事に~……」


 負傷していた者達も突然傷が消えたことに驚いているが、ミユキが起こした『神聖・恵みの雨』の影響だと思い至ると、立ち上がって彼女に感謝を告げに言っている。


「うぉっ! ワ、ワイバーン!? は、初めて見た……!」

「すげぇ……こんなでかい従魔、王都くらいでしか見たことねぇよ……!」

「キュルルル♪」


 そして、ミユキ達が回復に回っている間に周辺の警戒をしていたブレイブの周りにも人が集まっていた。

 ミユキ達と違って見上げるほどに体格も大きく、明確な強者だと感じ取れる分、視線も集まりやすいのだろう。

 ブレイブ自身も褒められていることを理解しているのか機嫌がよさそうに喉を鳴らした。

 そんな彼らの様子を観察し終えたルークは状況を整理し始める。


(負傷していた人達はミユキの魔法で回復した。最前線で戦ってたデイン達の傷が特に酷かったけど、今は戦闘もできる程度には回復してる。ブレイブがさっきから『威嚇』を使っていたから周辺の弱い魔物は逃げているはず。あとは……ん?)

「あ、あの……」

「君は……」


 といったところで、何やら視線を感じてルークは辺りを見まわす。

 声の正体は、馬車に乗っていた気弱そうな金髪の少女であった。


 白を基調とした豪華そうな服装に身を包んだその少女を端的に表すなら……「可憐」という言葉がぴったりである。

 そんな彼女の身長はとても低く、高身長で鍛えられた体をしているルークと比較すると、ルーク側が屈まなければならないほど小さい。

 腰辺りまで伸ばされた金細工のように綺麗な髪はふんわりと風になびいており、おそるおそるルークを見上げる庇護欲をそそられる顔立ちも相まって、まるで人形のような美しさを秘めていた。


「あ……その……うぅ……」


 一目見て「この子は貴族だ」と断言できるような出で立ちの少女が、ルークを見上げていたのである。

 それも頬を赤らめながら時折視線を外しつつ、しかしルークを見つめるのをやめようとはしない。


(……な、なぁデインさん、この子は……?)

(おまっ、お嬢様のこと知らねぇのか!?)

(あー……色々と疎くてな……貴族だってことは分かるんだけど……)


 そんな少女のことを、まったく知らないと自身に聞いてきたルークの様子に、デインは驚いたように目を見開くと仕方ないと言わんばかりに頭を掻きながら少女に声をかける。


「『フィオラ』お嬢様、怪我はないか?」

「はい……皆様と、旅のお方達のおかげです……あらためて感謝を……」

「よしてくれお嬢様。俺達はルーク達が偶然助けてくれなかったらアンタ達を守り切れなかったんだ。感謝はコイツに言ってやってくれ。それじゃ、俺はあいつらの方に行ってくるよ。そんじゃルーク、頼んだ」

「あ……」

「ちょ、おいデインさん……」


 『フィオラ』と呼ばれた少女をルークに任せ、デインは部下と思われる者達の元へと駆けていってしまった。

 おそらく、デイン自身こういったものの説明は苦手なのだろう。

 要するに「名前だけは教えておいてやるからあとは頑張れ」ということなのだ。


「…………」

「…………」


 残されたルークとフィオラは互いに気まずそうにしてしまう。

 気弱そうなフィオラが言い出せないのはともかく、ルークはいつものメンバーのようにああ言えばこう言うような性格の人物ではないことを察してしまったので、どう言い出せばいいのか分からなくなってるからだ。


 しかしこのままでは話が進まないと思ったルークは口を開く。


「フィオラちゃん、でいいのか?」

「! はいっ、『フィオラ・グリーンフィールド』と申します! あ、貴方様の名前は……?」

「俺はルーク。あの子は俺の妹のミユキで、あのワイバーンはブレイブっていうんだ」

「ルーク様……そしてミユキ様にブレイブ様ですね!」

「そうそう。できれば様付けはやめてもらえると……」

「い、いえ! 私達をお救いしてくれた方々に不敬は働けません!」


 仲間にこの姿を見られればおちょくられること間違いなしの会話の仕方だったが、それでも会話を始めることは出来た。


 まだ分からないことは多くあるが、ルーク達は異世界での第一歩を無事に踏み出したのである。

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