第182話 天使の天敵
短く揃えられた青い髪に、幼さの残る顔立ち。
背も百五十センチほどと低く、
それだけでも防御力は十分そうではあるが――
「助けに来てくれたのは嬉しいけど……レティシア、鎧は?」
「え、嫌です。あんな趣味の悪い装備は身に付けたくありません」
少しの遠慮もないレティシアの言葉に、がっくりと肩を落とすアルカ。
しかし、それも無理はない。キラキラと金色に輝く鎧を喜んで着る年頃の乙女はいないだろう。
四ヶ月後の作戦に備えてのことだが、二百年振りに家臣に授けた魔導具が金色の鎧だったのだ。
レティシアが拒絶するのも、ある意味で当然であった。
「オリハルコン製の鎧だよ!? スキルも付与された国宝級の魔導具なんだけど!」
「幾ら性能が良くても、全身オリハルコンって趣味が悪いですよ。動きにくいですし、私の戦闘スタイルにはあっていないので……カルディア様」
「ん? どうかした?」
「その装備、どこで手に入れられたのですか? 私も欲しいです!」
「ええええええ! 黄金の鎧の方が格好良いじゃん! なんでメイド服なんだよ」
「格好良さなんて求めていませんから。動きやすさと機能性重視です」
カオスだった。
気の抜けたやり取りをするアルカとレティシアに呆れるセレスティア。
「レティシア。アルカの言うことに一々、反応しなくていいです。カルディアも付き合わなくていいですよ」
「私だけ悪者にみたいな扱いを受けるのは納得が行かないんだけど……」
自分だけが責められ、納得の行かない様子を見せるアルカ。
しかし、そんなことをしている場合ではないとセレスティアは諭す。
「あの程度の攻撃で倒せるとは思えませんし、街中に逃げられると厄介です。すぐに追いますよ」
「その必要はないと思うよ? レティシアもそのつもりで聖剣を使ったんだろう?」
だよねと尋ねてくるアルカに、レティシアは頷き返す。
「はい、あちらの方角には
二人が何を言っているのか分からず、ガブリエルが弾き飛ばされた方角を見るセレスティア。
感覚を研ぎ澄まし、そして――
「シイナ様? まさか、ここまで予見して……」
二人が落ち着いている理由に、ようやく気付くのであった。
◆
今日は一人で珍しい魔導具や魔導書を求めて、〈精霊殿〉の巫女さんにオススメしてもらった店を巡っていた。
先代とセレスティアは先日の会議の続きがあるそうで政庁に出向いているし、〈魔女王〉も二人について行っていた。〈白き国〉の女王と言う話だしな。国はもうないとはいえ、女王としてやるべきことがあるのだろう。
だから出掛けるなら、タイミング的にも丁度いいと思った訳だ。
テレジアとオルテシアはどうしたのかって?
あの二人が一緒だと目立って、店を見て回るどころじゃないからな。
二人には内緒で、こっそりと〈精霊殿〉を抜け出してきた。
「大漁、大漁。いやあ、良い買い物が出来たな。巫女さんには感謝しないと」
その甲斐もあって良い買い物が出来た。
さすがは〈精霊の一族〉が治める国だ。特に精霊に関して書かれた本が多く、なかなか興味深い魔導書も見つかった。魔導具も壊れて動かないと言う理由で、良い物が安値で買えたしな。
修理すれば使えるのに勿体ないことをするものだ。
でも助かったのは事実だ。イスリアに頼まれた生徒たちの魔導具を製作しようとしたのだが、俺の手持ちの素材は使わないようにと先代やセレスティアから釘を刺されていた。
特に〈
だからと言って魔導具製作に手を抜きたくはない。特に生徒たちのものなら尚更だ。そこで考えたのが、市場で手に入るものを使えば、さすがに先代やセレスティアも文句はないだろうと言うことだった。
そのため、出来るだけ予算を抑えて良い物を作りたかったので、掘り出し物を求めて魔導具店を巡ることにしたと言う訳だ。結果は大勝利だった訳だが、これも俺の日頃の行いが良いからだろう。
しかし、やはり市場の素材だけで魔導具を作るのは大変だな……。
せめて〈深層〉の素材くらいは使わせてくれるように、先代とセレスティアに交渉してみるか。
「エミリアとシキのことも気になるが、まずは目の前の問題を解決してからだな」
二人のことも心配だが、この世界のことも見捨てるつもりはない。
そんなことをすれば、エミリアに叱られそうだしな。
だから今は目の前のことに集中すると決めていた。
あの二人には土産話でも持って帰ってやればいいだろう。
世界の滅亡という悲劇ではなく
「ん……」
テレジアとオルテシアが追ってくる前に、そろそろ切り上げて帰ろうとしていたところで、
どこか遠くから飛ばされてきたようで、土煙を巻き上げながら地面を転がる
「三対六枚の翼。
たぶん特殊個体だと思うんだよな。
ほら、
「くッ、人間の分際でよくも私に傷を……」
こいつら喋るし。
先代に神のことを告げたという天使も、きっと特殊個体だったのだろう。
しかし、どこかで見たことのあるような顔だな。
どこだっけ……天使にしては冴えない風貌をしているが思い出せない。
「き、貴様は……どうしてここに!? まさか、先回りしていたのか!」
なんのことか分からないが、驚いているようだ。
しかし、丁度いい。まさか、こんなところに〈
先代やセレスティアからは〈奈落〉の素材を使うのを禁止されたが、ここは地上だしな。
地上のモンスターを狩って素材にするのは禁止されていない。
こいつの素材を使えば、きっと満足のいく魔導具が作れると思うのだ。
「なんだ、貴様その顔は……なにを考えて……」
恐怖に引き攣った顔を浮かべ、
いかんいかん。ついレアな素材が手に入ると思って、顔がにやけていたようだ。
しかし、
「ククッ……いや、すまない。これで目的を遂げられると思ったら、つい嬉しくなってな」
「そうか……やはり、最初から貴様の手の平の上だったと言う訳か……」
思わず顔がにやけてしまうのは許して欲しい。
レアなモンスターが素材に見えるのは、錬金術師のさがのようなものだ。
しかし、ノリのよいモンスターだな。殺すのは惜しいくらいだ。
だけど、モンスターは所詮モンスターだ。生かしておいても、碌なことにはならない。人に近い姿をしていて言葉を喋れるからと言って、こいつらとは分かり合えると思わない方がいい。
「だが、簡単に
ポカンと呆気に取られた様子を見せる特殊個体。
突然、自分の右腕がなくなったのだから、こういう反応になるのも無理はないか。
「な、なぜだ! なにをした!? どうして、私の腕が――」
相性の問題だ。こいつらは力だけならユミルやレミルに匹敵する。
しかし、俺との相性が物凄く悪い。
なにせ、こいつらの身体はホムンクルスと構造がよく似ている。
例えるなら劣化版のホムンクルスと言ったところだ。
それだけに――
「
「がああああ――! こ、今度は足が……」
構造を把握し、干渉するのも容易い。
以前にも言ったと思うが、ホムンクルスは人間ではない。錬金術によって造られた人造の生命体だ。
だから俺は、ホムンクルスの構造を隅々まで理解している。
ようするに、こいつらの弱点も手に取るように分かると言うことだ。
「や、やめろ。なんなんだ。貴様は!?」
しかし、こいつはダメだな。力はそれなりにあるが、力の使い方がまったくなっていない。前に遭遇した個体は圧倒的に不利な状況なのに、もう少し粘ってみせたからな。
俺の〈分解〉も万能なスキルではない。防ごうと思えば、簡単に防げるスキルだからだ。
こいつは、それに気付いていないみたいだけど。
「ご主人様!」
「げ……」
黙って〈精霊殿〉を抜け出したことに気付き、テレジアが追ってきたようだ。
顔が必死だ。これはきっと物凄く怒っているに違いない。
「あれは……まさか、そんな……」
なにか言っているみたいだが、そろそろ退場を願おう。
余り時間をかけると、説教の時間が長くなりそうだしな。
「万策尽きたみたいだな。終わりだ」
「終わるものか。私には、まだやるべきことが残っている……こんなところで終われるものか!」
トドメを刺そうとした直後、特殊個体の身体が膨張し、風船のように膨らみ始める。
凄い勢いで周囲の魔力を取り込み、身体の大きさに比例して力が増していく。
まさか、意図的に魔力暴走を起こしたのか?
あ、これはちょっとまずいかも……。
「ご主人様!?」
「俺の後ろに下がっていろ。――
そう言って庇うようにテレジアの前に立ち、俺は魔力を解放するのだった。
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