第181話 熾天使

「まさか、人間がモンスターに変化した!?」


 ガブリエルの変貌した姿に、驚きの声を上げるコルネリア女王。

 三対六枚の翼に、頭上で白い輝きを放つ光輪。

 見た目は人間と変わらないが、そのような特徴を持つ種族は存在しない。

 なにも知らない者であれば、モンスターと勘違いするのも無理はなかった。

 しかし、


「あれは天使・・だ」


 アルカはコルネリアの間違いを正す。

 この特徴的な姿を忘れるはずがない。

 十年前、白き国を襲ったモンスターの群れを率いていたのが天使だ。

 なかでも『神の遣い』を名乗った三対六枚の翼を保つ天使のことは忘れていなかった。


「まあ、モンスターみたいなものと言うのは否定しないけど」


 とはいえ、人間の敵という意味ではモンスターと違いはないとアルカは話す。

 言葉が通じるからと言って、話が通じる訳ではないからだ。

 話し合いで済む相手であれば、十年前の〈大災厄〉は起きていない。

 白き国がモンスターに滅ぼされることもなかっただろう。

 目の前の存在は明確に人類の敵であると、アルカは認識していた。


「不愉快だな。私をモンスターなどと一緒にするとは……」

「だって、キミたち話が通じないだろう? なら獣と一緒だよ」

「フンッ、どうして真なる神に遣える我々が人間などと話し合わねばならん? それに貴様とて我々のことは言えぬはずだ」

「……どういうことだい?」

「やはり覚えてはいないか。貴様にとっては、どうでもいいことだったのだろう。だから、私はに願った。神を騙る愚かな王ではなく、真なる神に祈りを捧げたのだ。そして、この力を授けられた」


 まるで力を解放したセレスティアのような絶大な力を身に纏うガブリエル。

 その威圧感に〈三賢者〉以外の人間たちは顔を青ざめ、思わず膝をつく。

 圧倒的なまでの力の差を、本能で感じ取ったからだ。


「アルカ……」

「ああ、人間がモンスターに変異する報告がここ最近増えていたから、もしかしてと思ってはいたけど間違いない。天使は人間・・が変異した姿だ」


 人の言葉を話すモンスターなど、普通に考えて存在するはずがない。

 だから可能性の一つとして、人間が変異した姿が天使なのではないかという考えが以前からアルカのなかにはあった。

 人間がモンスターへと変異するという事件の報告が、ここ最近は特に増えていたからだ。いま思えば、そんな事件が起きるようになったのは、ダンジョンの最深部を攻略してからだった。

 もしかすると、あれが切っ掛けなのかもしれないとアルカは考える。


「これは変異ではない。進化・・だ。神に選ばれし者のあかし


 更に魔力を増大させるガブリエル。

 いや、魔力ではない。ガブリエルの瞳が黄金・・に輝き、まるでホムンクルスのように髪が白銀の輝きを放つ。

 身に纏う金色の光は、紛れもなく星霊力だった。


「ぐは――ッ!?」


 一瞬で間合いを詰められ、ガブリエルの放った掌底を腹部で受けるアルカ。

 そのままミスリルの合金で出来た壁をぶち破り、建物の外へと弾き飛ばされるアルカを見て、


「よくも、アルカを!」


 セレスティアは怒りを顕わにし、ガブリエルに殴りかかる。

 しかし、並のモンスターであれば消し飛ぶような一撃を、ガブリエルは指一本・・・で受け止める。


「な――」

「これが神人か? この程度の力で、貴様等は神を騙っていたのか?」


 身体を半回転させ、回し蹴りをセレスティアに浴びせるガブリエル。

 その勢いで床に叩き付けられ、バウンドするようにセレスティアは床を転がる。


「セレスティア! こうなったら――」

「ダメです! 力を使っては――」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?」


 セレスティアの制止を無視して、魔力を解放するカルディア。

 力を使えば寿命が縮むと言うことは分かっているが、仲間がやられるのを黙って見ているくらいなら死を選ぶ。それがカルディアの考えだった。

 しかし、


「もう勝った気でいるとか、舐めないでくれるかな?」

「な――ガアッ!?」


 カルディアが魔法を放つよりも先に、ガブリエルの身体が弾け飛ぶ。

 アルカが〈栄光の手ハンズグローリー〉をガブリエルの死角から放ったのだ。


「アルカ、身体は大丈夫なのですか?」

「問題ないよ。さっき攻撃を受けたのは私じゃないしね」

「はい?」


 そう言って心配するセレスティアに、自分そっくりの魔力体・・・を見せるアルカ。


「〈栄光の手ハンズグローリー〉の応用で、魔力で作った偽物だよ。見分けがほとんどつかないだろう? ティアを騙せるくらいなら完璧かな」


 驚いたかと胸を張るアルカに、ワナワナと肩を震わせるセレスティア。

 心配したというのに本人はケロリとしているのだから、沸々と怒りが湧いてくるのも無理はなかった。


「おのれ……神を騙る愚者の分際で……」

「神、神って、五月蠅いな。私たちは自分から神だと名乗ったことは一度もないし、キミが信仰する神だって本物とは限らないだろう?」

「我が神を愚弄するのか!」


 そもそもアルカとセレスティアは自分から神だと名乗ったことは一度もない。

 自然とそんな風に崇められるようになっていたという方が正しかった。

 本音を言えば、煩わしいという気持ちの方が大きいくらいなのだ。なりたいとも思わないものを、自分から率先して名乗るはずもない。どちらかと言うと、自称〈神〉の方が胡散臭いとさえ思っていた。

 神を名乗ってはいるが、少なくとも全知全能の存在でないことは、これまでの経緯を見ていれば分かるからだ。


「やっぱり、話が通じないね……」

「いまのはアルカが煽ったせいだと思うわよ?」

「この人は昔からそうですから……人の神経を逆撫でするのが上手いというか」

「キミたち、こういう時だけ意気投合するのやめてくれないかな?」


 カルディアとセレスティアの息の合ったツッコミに、不満を漏らすアルカ。

 しかし、その表情はどこか楽しげだった。

 アルカだけではない。セレスティアもカルディアも――

 昔に戻ったかのようなやり取りを、懐かしく感じていたからだ。


「アルカ、勝てそうですか?」

「……正直に言うと厳しい。実はまだ本調子じゃなくて」

「私もです。星霊の力を使えれば、どうとでもなるのですが……」

「だから、私が――」

「本調子じゃないのはカルディアも一緒だろ? というか、キミが一番重症だって聞いてるけど?」

「このまま為す術もなく殺されるよりはマシでしょ? このクラスのモンスターが相手だと、並の冒険者や魔法使いじゃ――」


 殺されるだけだと、カルディアは答える。

 その証拠に〈円環の間〉を包囲していた戦力の大半が既に使い物にならなくなっていた。

 ガブリエルの放つ力に身が竦み、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなっているのだ。

 正直ここまでとは、カルディアも予想していなかった。ガブリエルの正体については察しが付いていたのだが、まさか天使系のモンスターの最高位〈熾天使セラフィム〉だとは思ってもいなかったためだ。

 十年前の〈大災厄〉でも〈熾天使セラフィム〉と一度戦ったことがあるが、万全の状態のアルカとセレスティアがいて、どうにか互角に戦うことの出来た相手だ。いまの状態では正直厳しい相手と言わざるを得なかった。

 しかし、以前に対峙した〈熾天使セラフィム〉と比べれば、ガブリエルは力を持て余しているように見える。恐らくは今の力を手に入れて、それほど時間が経っていないのだろうと予想できた。

 そこを上手くつければとカルディアが考えていた、その時だった。


「なら、並でなければ良いと言うことですね」

「がああああああッ!」


 一筋の光が割って入ってきたのは――

 不意を突かれ、肩から腰に駆けて強烈な一撃を受け、絶叫を上げるガブリエル。

 そして、青い髪の少女・・が光輝く聖剣・・を振るった直後――


断罪の光ルクス・イウディカーレ


 光の奔流に呑まれ、建物の外へと弾き飛ばされる。

 魔力ではなく〈星霊〉の力を宿した一撃。

 セレスティアとアルカ以外に、この力を使える人間は一人しかいなかった。

 三賢者を除けば、間違いなく『世界最強』を名乗れる人物。


「……レティシア!」

「お久し振りです。カルディア様」


 楽園を守護する騎士団の団長、レティシアであった。

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